全て終わったら
さて、どうするか。
智彦は画面に映る闖入者を見ながら、思案する。
彼らは明らかに、東矢と寿々の復讐対象である来根来北牙の手の者だ。
(…よし、この復讐を見届けよう)
復讐はいけない。
死んだ人は復讐を望んでいない。
復讐は何も生まない。
そんな言葉など、痛みを知らない者の戯言だ。
復讐の為に、文字通り命を懸けた存在がいる。
彼らは自身の為に復讐を望み、ソレは彼らの未来を生み出すはずだ。
「タカモリさん、羅観香さん、俺は二人の復讐の手助けをしようと思います」
非難されるかも知れないし、失望を抱かれるかも知れない。
それでも、智彦は東矢達の想いを汲み取り、タカモリ達へとまっすぐな視線を向ける。
「……仕方ない、か」
「そう、ですね」
意外にも、二人はすんなりと智彦の決意を受け入れる。
隅の方で良心が揺れるが、二人の気持ちも、東矢と寿々寄りであった。
何より相手が相手だ。
心の天秤が東矢へと傾くのは、タカモリの言う様に仕方のない事であろう。
「の、前に。ちょっと待って下さいね。東矢さん、ここ、電波通じるようにできます?」
彼らが《裏》の人間であれば、ここで直接敵対するのはまずい。
智彦は懐からスマフォを取り出し、東矢へと尋ねる。
「外からの干渉を許可すればいいのかな?……ほら、これでどうだろうか?」
東矢が指をパチンと鳴らして数秒後、スマフォの画面にアンテナが立つ。
智彦は礼を言いながら、急ぎ鏡花へと電話をかけた。
一回のコール音の後に、すぐさま、鏡花へと繋がる。
「もしもし?鏡花さん、ちょっと聞きたい事が……」
『八俣君!?よかった、繋がった……!ずっと電話してたんだけど、繋がらなくて』
「何か緊急事態?」
スマフォの向こうから聞こえる、妙に慌てた鏡花の声に、智彦は僅かながら眉を顰めた。
そんな大げさな事じゃないよと、鏡花は言葉を続ける。
『簡潔に言うね。《裏》とHOKUGAは決別したから、この前の件は無かった事になっちゃったの』
「あー…、実は今、件の社内に居て、社の主さんと一緒にいるんだ。探して欲しいって娘も、すぐそこにいるんだけど」
『……はい?え、いや、うん。あぁ、だから電話通じなかったんだね、えっと……、どうしてそんな事に?』
智彦は、東矢に今までの出来事を伝えて良いか尋ねる。
東矢も、智彦経由であれば《裏》も……今いる闖入者以外は邪魔し辛くなるだろうと、快諾した。
『どうしよ。ちょっと待ってて?すぐかけ直すから一旦切るね?』
一方、電話の向こうの鏡花は、言いたい事聞きたい事を全て飲み込んで、何とか平穏を保つ。
昨日の今日で彼岸花の社に紛れ込み。
しかも、彼岸花の社の主と一緒に居て親交を築き。
その彼岸花の社の主がHOKUGAの関係者ってか、主って居たんだ?ってか、え?早速踏破したの?来根来南葉も助けてるの?
あまりの流れに鏡花は、姉である田原坂月花に、助けを求めた。
「おおおおお姉ちゃん!助けて、ちょっと私じゃ無理!」
「なんや喧しいなぁ。何がおました?あとお姉さま言えと」
「それどころじゃないしエセ京都弁も止めて!ねぇ、どうしよう!」
鏡花は智彦からの言葉を何とか脳内でまとめ、姉である月花へと伝えた。
流石の月花もこれには驚き、とりあえずどうするか指示を出す。
「今、彼岸花の社内に居るのは、『はぐれ』の連中か。なら、《裏》とは全く関係ない、むしろ処分しても問題ないって伝えて」
「解った!」
「私達とは無関係だと、ちゃんと伝えてね?あと、来根来南葉を奪還する意思がない事も、お願い」
「うん、じゃあ電話かけるね。あと、行方不明だった横山家の長女も見つかったって」
「そんな事より彼岸花の社は、HOKUGAの連中に復讐すれば沈静化する可能性あり、って事で根回しせなあきまへんなぁ」
「八俣君、本当に何者なのよ、もう」
「彼についてはすべて終わった後で考えまひょ。でも、やっぱり欲しいわね、彼。っと、皆に伝えておかないと」
「……今のHOKUGAに復讐する価値、無いと思うんだけど、ね」
月花が、どたばたと慌ただしく動き出す。
鏡花もすぐさま智彦へと電話をかけ、闖入者が《裏》とは関係ない事を伝えた。
同時に、敵対心は無い事も、念入りに。
一言、アドバイスを添えて。
「……と言う事で、《裏》の世界は、東矢さんの復讐に干渉しないそうです」
「八俣君、君は本当に一体……」
「いつの間に、『裏の業界』と人脈作ってたの」
畏怖とも呆れともいえるタカモリと羅観香の視線をあえて流して、智彦は東矢に電話の内容を説明した。
それを聞き、東矢と寿々は安堵の息を吐く。
「では、僕達の好きにさせて貰おうか」
東矢の頷きに、寿々が巫女服を正し、能面を付け始めた。
慌てたのが、タカモリだ。
芸能界で生きている分、《裏》の力は知ってはいる。
『はぐれ』であっても、その力は似たようなモノだろうと、東矢を止めた。
「来根来さん無茶だ!相手の数が多い!寿々さんには、荷が重いんじゃあないんですか?」
「そうですよ!迷い込んだ人が多いと、そちらが色々不利になるんじゃないですか?」
タカモリに続き、羅観香も不安を言葉にした。
本来、彼岸花の社の様なゲームは、所謂鬼ごっこだ。
逃げる側の数が多いと、そっちに色々と有利に働くものである。
チカリ、と。
電灯が瞬いた。
柔和だった東矢の眼が、まるで刀剣のように細くなる。
「心配してくれて有難う、だけどね、あの様な無礼な連中には、ルールを当てはめる義理は無いんだ」
そう、東矢と寿々は、人々から恐怖を集める為に、まるでゲームの様に人々を驚かせていた。
そこに人が隠れているのを解っていながら見逃したり。
自身の存在を知らせる為に、わざと鈴を鳴らしたり。
全ては、恐怖を膨らませ、それを吸い取る為に、だ。
「……復讐の前には良い練習台かも知れないね、寿々」
東矢の寒気を伴う言葉に、能面の巫女は頷く。
改めてではあるが、やはり住んでいる世界が違うのだと、タカモリは奥歯を軋ませた。
「さぁ、よっさん、羅観香さん、八俣君。君達は帰った方がいい。今、扉を開こう」
東矢が手を叩くと、再び、別の襖が開いた。
奥は暗くて見えないが、どうやら外へと通じている様だ。
「来根来さん!復讐を終えても、また会えますか?」
なおもタカモリが食い下がるが、東矢は無言で、襖の奥へと手で促す。
しかしながらその眼には、別離への哀愁が揺れていた。
焦っている。
智彦は、東矢が何となくそう見えた。
(負けはしないだろう、けど。つらそうな気がする)
東矢と寿々は、この彼岸花の社を大きくする方向へ、力を使って来た。
本人達はそれでも強いだろうが、あの数には苦戦するかも知れない。
それか、最悪……。
「良ければ、俺の生命力を使って下さい」
自分が代わりに行く事も出来る……が。
それは東矢と寿々の復讐を、穢す事になる。
であるならば、少しでも手助けになるようにと、智彦は協力を申し出た。
「……いいのかい?」
東矢には、智彦の申し出は非常に有難かった。
智彦の憂い通り、東矢はこの状況を危ぶんでいたからだ。
一般人であれば問題無いのだが、闖入者はそうでなく、複数。
寿々だけでは心配だと感じていた。
「代わりと言っては何ですが、タカモリさんの、縁を保ちたいという願いを考え直して頂けませんか」
「僕もそうしたいんだがね、彼は生者で、僕は死者、しかも悪霊だ。交わるべきじゃないんだよ……お、おお!?」
智彦が右手を差し出すと、東矢がそれに答え、握手をする形となる。
瞬間、智彦の生命力が東矢へと流れ込み、体が軋み悲鳴を上げ始めた。
「ぐっ、これは、すごい……っ!」
「……ぁぅ!?」
力を共有しているのか、智彦の生命力に東矢と寿々が、同時に体を震わせる。
時間にして、たった10秒。
されどその10秒で吸い取った生命力に、東矢と寿々の霊力が、周りを歪める程に膨れ上がった。
「人と霊は共存できます。彼女……羅観香さんが、良い例です」
「ん?後ろの彼女は守護霊じゃないのかい?」
「元は彼女と生きる事に執着した霊、でした。ですが、徐々にですが彼女と共に生きる霊へと変化して行っています」
テレビから、大きな悲鳴が聞こえた。
彼岸花の社内が大きな音を立て、その内部が大きく変化しているからだ。
途中、闖入者の一人である女性が動く床の間に挟まれ、断末魔と共に肉片と化す。
目を逸らす羅観香を見ながら、智彦は東矢へと言葉を続けた。
「だから、貴方達もタカモリさんと共存、して良いのでは?【恨み神】はそういう事について、何か言ってましたか?」
「いや、何も。ただ一言。霊に対してこの様な言い方は可笑しいが、好きに生きて、と最後に言っていたね」
「でしたら、言葉通り、好きにしてはどうでしょう?」
智彦は鏡花から聞いたHOKUGAについての話を、東矢へと伝えた。
合理化という項目で、以前から会社を支えてきた社員を解雇した事。
それを発端とし、《裏》との良好な関係がなくなった事。
もはやHOKUGAを経営する北牙とその一族には未来はなく、彼らに恨みを持つ霊達に人生を蝕まれるだけと、言う事を。
「復讐は必要でしょう。ですが彼らが落ちぶれていく様を眺めるのも良い気晴らしになると思います」
タカモリと羅美香はドン引きしているが、智彦の正直な思いだ。
復讐を成せば、東矢と寿々は報われる。
だが、今言ったように、復讐対象が延々と苦しむ様を愉しむのも一興だろう、と。
店で1,000円出してラーメンを食べるより、袋麺を2パックほど買って、回数味わった方がお得だろうと提案するように。
「そうして楽しみながら、タカモリさんの番組に出演するのも良いのでは?」
「あ、それ!それですよ!毎週、この迷宮にゲストが挑戦する!絶対話題になりますよ!」
「来根来さんが有名になれば、その人達もさらに悔しがるかもしれませんね!」
智彦のひらめきに飛びついたのが、タカモリと羅観香だ。
二人の頭の中には、瞬時に番組の内容が浮かび、多くのゲストが阿鼻叫喚を奏でるホラー番組が描かれていく。
視聴率云々では無い。
本物の怪奇に人が恐怖を抱く展開。
その様相に、思わず二人は甘美な想いを馳せてしまう。
二人を見ながら、東矢はハハハと笑った。
隣では寿々が肩に手を置き、浅く頷く。
「……そう、だね。考えておこう。……さて、ココはじきに騒がしくなる。戻りなさい」
タカモリは東矢の促しに、今度はすんなりと頷いた。
先程までに東矢の眼に浮かんでいた憂いが、すっかり無くなっていたからだ。
「来根来さん!終わったら連絡下さいよ!?じゃないと僕、毎日神社の境内歩きますからね!」
「あの、部外者ですが、是非、タカモリさんの願い通りにして欲しいです。私からしたら、羨ましい、ですので」
タカモリと羅美香が、出口へと消えていく。
智彦は最後に、二人へと頭を下げた。
「俺は執着により身動きできない霊を、多く見てきました。ですけど貴方達は違う」
【恨み神】がどのような存在かは解らない。
だが、彼女が居なければ、東矢と寿々は延々と怨嗟を零す地縛霊として、この地へ執着していた可能性が高い。
目の前の悪霊は、まるで生きている人間の様に意思を持ち、自由に行動する事が出来る。
羅観香さんには眩しく見えているだろうな、と智彦は苦笑を浮かべ、頭を上げた。
「貴方より人生経験の少ないガキの戯言ですが、第二の人生と考えてはどうですか?……では、
襖の向こうに消える
何の悪戯か。
やっと復讐が出来るようになり、その後は二人で静かに消えるはずが、旧友と再び縁が出来てしまった。
しかも、共に生きようと誘われてもしまう。
「どうしようか、寿々」
「…… …… ……」
「うん、そうだね。……そうしヨウカ」
智彦の力を基に、今なら制約なしで復讐対象を社内へと召喚できるだろう。
兄である、北牙。
元妻である、砂緒。
その家族。
当時、裏切った社員達。
東矢と寿々の顔が歪み、異形へと化す。
本来の姿を晒したまま、二人は楽しそうに手を繋……。
「すみません、女性一人がまだ迷い込んだままなんですが、回収して行っていいですか?」
異形化した二人の姿に特に反応せず、智彦が戻り尋ねて来た。
それがただただ愉快で、東矢と寿々は笑みを零し、別の襖を指さす。
『繋ゲタヨ。近クノ葛籠ニ入リ、寝込ンデイル様ダ』
「有難う御座います」
『帰リハ、壁ヲ壊シ、外ニ出テイイヨ、君ノオ陰デ、スグニ修復デキルカラネ』
覗き見していた社内での言動から、あの女は彼を裏切った人間、なのだろう。
裏切った人間に窮地を助けられた後、二人はどのような関係に進んでいくのか。
(アァ、見続ケル必要ガ、アルナ)
智彦の後姿を一瞥し、東矢は指を鳴らす。
テレビの向こうで数々の罠が作動し、闖入者達がその命を散らして行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます