隙間録:裏の世界
横山愛は、裏の世界の住人だ。
霊力を込めた糸により霊を捕縛する技術を代々受け継ぎ、裏の世界の中堅として名を馳せている家である。
愛はそんな横山家の長女として生を受け、幼い頃より血の滲むような訓練を受けて来た。
愛には元々才能が有り、高校生ではあるモノの大人顔負けの霊力と技術を携える事が出来た。
だが、常に死が隣り合わせだったため、刹那的に精神が歪んでしまう。
金遣いが荒く、他人が苦しむ姿を見るのを好み、性に奔放となってしまったのだ。
それ故、金と性の両方を満たす藤堂は都合の良い存在であり、智彦と直海の愛憎劇をほくそ笑みながら見ていた。
『Song Infern☆!』のライブから帰り、愛は冷房を付けた自室で午前の事を思い出す。
ずっと見下してきた智彦が、自分を上回る霊力を持っていた事。
そして、自分の数百倍をも死地を潜り抜けた、気配。
もしやとんでもない化け物を敵に回したのではと、体を震わせている。
(富田村の調査ついでに軽く誘っただけなんだけど、とんでもない事、しちゃったのか、な)
あの時、愛達は『智彦がすぐに脱出できた』と思い込んでいた。
実際は約一年、智彦は地獄の中で生き抜いていたのだが、富田村への入り口が無くなり、それを確認すべき手段はもはや無い。
これ以上は敵対しないでおこう。
愛が裏サイトの書き込みを消そうと考えた瞬間、家中にボーン……と時計の音が響く。
「あぁ、今日の定期集会は私、だったっけ」
親が仕事で居ない為、集会に代わりに出るよう言われていた事を思い出した愛は、地下室へと降りた。
臙脂色の布で覆われた、6畳程の部屋。
中央に鎮座する六角柱の石の前に愛が座ると、室内が黒く染め上げられる。
周囲が無限に広り、赤く光る玉を中心に、ボゥっと多数人影が浮かんだ。
「横山家が長女、横山愛。遅れて申し訳御座いません」
この場に浮かぶ人影は、すべて裏の世界の人間だ。
中堅以上の家に参加が許された、裏世界の住人の集会が始まろうとしている。
が、そこで愛は違和感を覚えた。
いつもであれば偉そうに踏ん反り返っている老害が、居ないのだ。
『さて、始める前に皆に伝えたい事があります。お気付きの人もいるでしょうが、逢魔崎、南部、吉祥寺が欠席となっています』
中央の赤い球から、物腰の柔らかそうな男性の声が響いた。
ザワッと参加者が騒めく。
名を呼ばれた三家は、いつもであれば真っ先に、自分達の利になる事を勝手に決め、場を荒らす厚顔無恥な連中。
だが実力がある故に、誰も逆らえない存在だからだ。
『逢魔崎は式を失い、無力となりました。南部は、死亡。吉祥寺は霊力を失い、ただの老人と成り果ててます』
先程以上の騒めき。
それほど、今名前を言われた三家の末路が信じられないからだ。
愛も同じく、騒ぎはしないが唖然としていた。
逢魔崎はハイエナではあるが、所持する式が異様に強い。
また、式が敗れたとしても魂までは消えない為、依代があれば再度、式を呼び戻せる。
その為、戦闘の持続性に定評のある人物。
南部は、霊を縛り使役するという、横山家の上位互換だ。
強い魂を集め、南部家が代々使役する霊に、吸収させていく。
また、霊を使役することもでき、汎用性の面に強みがあった。
吉祥寺は、所有する即身仏に特級祭具を纏わせ、呪術兵器として使う。
即身仏から放たれる呪いは、妖を含むいかなる生物も命を蝕まれる程だ。
単純な戦闘力で言うと、この中では3本の指に入る名家。
金に汚く、自身の領分を犯す輩には容赦がない。
……以上が、愛の、裏世界の住人が、3人へと抱く評価だ。
『しかもです、彼らはたった一人の、同じ若者に敗れました。資料を出しますね』
更に、更に大きな声でどよめきが起こった。
皆、今の言葉が信じられぬと、声を上げる。
愛も同じ気持であったが、手元に浮かんだ資料を見て、悲鳴を抑え込みながらも納得してしまう。
『八俣智彦、現在高校二年生の若者です。なぜ今頃になり、彼のような者が出てきたか……それは解りません』
そこから先の話は、愛の中に恐怖心の棘を多数残すには、十分な内容だった。
まずは、逢魔崎の式神を、存在ごと消し去った。
次に、南部の使う封魂縄を解除し、囚われた霊を開放した。
最後に、吉祥寺の即身仏を消し、本人の霊力をも消し去った。
皆、信じられないと言葉を無くしている。
愛自身も、信じられないくらいだ。
愛から見て智彦は、周りの顔色ばかり窺う軟弱物で、弱い存在だ。
だから、遠慮なく心無い事をできたし、喜劇を眺める事が出来たのだ。
『その、式神を消した、とはどういう?』
『言葉の通りです。式神の魂ごと消え、二度と権現できなくなりました』
『南部は、その男に殺されたのですか?』
『いえ、解放され、南部家に恨みを持つ霊に、黄泉路へと連れていかれたようです』
『霊力を消す、とは』
『詳細は解りません、ですが吉祥寺自身には、塵ほどの霊力も残っていませんでした』
各家から、様々な怒号が響きだす。
おそらく、智彦の情報を集め始めるように指示を出しているのだろう。
『あの富田村と関係している可能性も高く、彼は危険です。しかし偶然、幸いにも、彼と同じ学校で、同じクラスの人間がここにいます』
ビクリ、と。
周りからの視線が集中するのを感じ、愛の体が震える。
『横山家が長女、愛。どうでしょう、彼の懐柔、もしくは手綱を握る事が出来ますか?』
まとめ役からの、柔和な声。
だが、これは質問というより、強制に近い。
それでも、愛は無知を装い、答えた。
『か、彼とは、その、決別しており、今は、その、敵対、しております。むず、かしい、かと』
静寂。
愛はもはや汗まみれで、座布団が湿り始めた事への嫌悪感を、必死に隠す。
『……つまり、できない、と?』
『い、いえ、いええ!早急に、謝罪し!和解、わ、和解を、させて、頂きます!』
できるできないは関係なく、やらなければいけない。
そうしなければ、自身どころか家族にまで不幸が訪れる。
愛は身を低くし、土下座に近いほど頭を下げた。
『あとは、田原坂家。そちらの次女は、彼と交流があると、分家から情報が来ております』
『はっ!先程愚女に確認しました!逢魔崎の件でこちらに戻った後、学園にて遭遇したそうです。後ほど詳細をお渡しします』
『それもですが、富田村でも関わっていたと聞きましたが?』
『は……はっ!件の人物より物品を貰い、分家を使って富田村の被害者への救済にあてた、と。こちらも後ほど詳細を!』
『お願いします。……富田村に人員を派遣する必要もありますね。あぁ、彼女は責めず、むしろこの人物と積極的に接点を作るよう言って下さい』
本日の議題はすでに忘れ去られ、皆、裏の世界に生まれた新星の話題に夢中だ。
ある者は、智彦をどう取り込むか。
ある者は、智彦をどううまく利用するか。
ある者は、智彦を消せばこの場に台頭できると目論む。
『皆さん、どうか、彼に対しては様子見でお願いします。彼は三家が襲い掛かったから対応した、との事!下手な事をして敵対しないように!あと、いないとは思いますが、三家の復讐を成す、なんて考えも捨ててください!いいですね!』
まとめ役が、珍しく焦りだす。
今回の件が如何に厄介な問題なのか、出席している者は肌で感じ取った。
(どうしよう……!やばいよ、謝っても、今のあいつは絶対に許さないと思う……、なんで、なんでこんな事に!)
富田村では、あの化け物に全く歯が立たなかった。
というか、愛の使う糸が通らなかった。
もし智彦がああいう存在を倒し、成長したというのなら……?
喧々諤々とする闇の中。
愛だけは、ただただ、答えの無い問答を繰り返していた。
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