第11話 駆くんと引きこもりニートのカス1

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 ある晴れた日。駆、友也、つくし、メリエルの四人はとある一軒家の前に来ていた。

 その表札には『日藻ひも』と書かれている。


「ところでカケル、これは一体どういう状況なんですか?」

「うん。僕と友ちゃんの五年来の友達ことカスを二人にも紹介しようと思ってね」

「いや実際の要件はカスが開発したゴミを受け取りにきただけだが」

「それは友達なの……? カスなの……?」

「カスだな」

「断言した?!」


 では行こ~、と、インターホンも押さずに駆が門を開け入っていく。


「ねぇメリエル、これはこの世界の常識じゃないから忘れてね?」

「え、はい。わかりました」

「と言うかメリエルは駆くんからもインポートされてるし、そのカスさん? のことも知ってるんじゃないの?」

「あー……」


 暗いと言うべきか苦いと言うべきか、ともかくそれらが混ざったような表情をするメリエルに、つくしは疑問符を浮かべる。


「なんかインポートされた記憶にキモい人がいたんで、忘却したんですよね」

「それがまさか、カスさん……」

「顔を見れば分かると思います。私が知らない人だったら多分そうでしょう」

「メリエルの記憶はどうなってんの」

「何言ってるんですか。元カレの事を綺麗さっぱり忘れるとかそういう都合のいい忘却シリーズの一端ですよ」

「突然女子の現実ぶち込んでくるのやめて?! と言うかメリエル元カレとか居たの?」

「居るわけないじゃないですか! 私は元王妃候補なんですから! 箱庭のような家で外界との接触は最低限で育てられたんです」

「なのにこんな子に育っちゃったのか……」

「まぁこちらの世界で言うスマホみたいなものがあってですね。イライラした時はムラムラするもので、履歴はもうエッチな動画まみれです。基本的なプレイは舐め尽くしましたよ」

「そんな異世界事情知りたくなかった」


 一方、日藻家のドアノブをガチャガチャと引いていた駆はようやく鍵が掛かっていると言う事に気づいたようで、隣の友也に声を掛ける。


「これもしかして鍵掛かってる?」

「他にどういう理屈で開かないと思ったんだオメーは」

「思いが通じれば開くかなって」

「メルヘンかよ。ったく……ドアはな、こうすりゃ開くんだよ」


 でぇい! とドアノブを勢いよく引く友也。すると、バキョッと言う情けない音とともにドアノブが粉砕される。


「これでヨシ」


 ドアノブを見てうんうん頷いた友也が次はドアに蹴りを浴びせる。


「開けゴマァ!」


 ドガァンと工事現場のような音が響き、ドアが外れ奥の廊下へと飛んでいく。


「ほれ、開いたぞ」

「ナイス友ちゃん! 押してダメなら引いてみろってやつだね~」

「違うが?」


 さも当然のように破壊していった二人を前に、メリエルがあんぐりとする。


「つくし……この世界にはまだ私の知らない常識が山ほどあるのでしょうか……?」

「うん、わかんないけどそうなんだと思う。普通にわたしもドン引きしてる」


 言いつつ、男たちの背中を追う二人。その家はどんよりと暗く、奥に進むことが何となく躊躇われる。

 二階まで上がり、『竹中』と書かれたルームプレートが掛かっている部屋の前に来る四人。


「来たよ~竹中~」


 ガチャガチャとドアノブを引く駆だが、またも開かない。


「テメーコラそれが友人に対する扱いか非モテェ!」


 突然ブチギレ出した友也が先程よりも激しい蹴りをかまし、ドアは粉砕された。すると、部屋の中には暗がりに展開された大量のモニターと、チビのデブがいた。前髪で目は完全に隠れており、唇は異様に大きい。


「ぶひぃ!? ぬぁぬぁぬぁ、かーちゃんドアは壊すなっていつも言ってんだろぶひ! ……ってなんだ駆と友也か。で、その後ろは……ぶひぃ?!?! ももももももっもももももしやちんちんの付いてない方?!?!?!」

「は? キモ」

「初対面でセクハラとはいい度胸ですね。殺しましょうか」

「いいぞ~やっちゃえメリちゃん!」

「まままま待つでござるぶひ待つでござるぶひ!」

「ござるなのかぶひなのかどっちなのよ……」

「竹中はね~、むかーしむかしダンジョンで謎の美魔女に奴隷調教されて以降、語尾にぶひが付くようになったのさ」


 駆がキメ顔で説明をしてくるので、ついでの疑問も解消しておこうとつくしが聞く。


「ござるは?」

「他の変な語尾は元から」

「由来は知らないの?」

「知らない」

「最初からおかしな奴なんじゃん」


 当の部屋の主は、女性が至近距離に来るのが久々なのか、後退りしながら過呼吸になっている。少し黙らせとくか、と友也が踵落としを食らわせると、呼吸が止まった。


「さて、一応この肉塊の紹介をするか」

「死体みたいになってる?!」

「動いてても死体みたいなもんだぞ。社会悪だ」

「なるほど、これが屠殺と言うものなんですね。初めて見ました」

「多分違うよ?!」


 ずいっと肉塊の頭蓋を友也が持ち上げてビンタを二十発ほど食らわせる。


「ぶひ……?! おっと危なかったでござるぶほねぇぶほ。拙者としたことが女神を前に気絶してしまうとはぶひ。敬虔過ぎると言うのも考えものだぶひねぇ。ぶほほほほ」

「ボソボソ喋んな豚。先に自己紹介だろ」

「うンむ。任せたまえ。こういう時のために毎朝自己紹介文を誦読している拙者の実力、今ここで披露してしんぜよう!」


 ……。

 …………。

 …………。


 口が等間隔でパクパクしているだけで、一切の声が発せられない。

 緊張のあまり気絶してしまったようだ。


「へ~! 死んでも体って動き続けるんだね~! ゾンビみたいだ~! もうちょいで死後硬直も見れるかな?!」

「いや気絶だろ。コラァ起きろ! ほれ、頭にゲンコツで目覚めた」

「ぶひひん!?」


 女子二人はと言うと、いたたまれなさすぎる現状をどうすべきか迷い続け、目から光を失っていた。


「この豚は使い物にならねぇから駆が適当に紹介しとけ」

「りょうか~い! えっとね、彼の名は日藻・テッツォ・竹中」


 過去一意味不明な名前を前にして、困惑するつくし。


「非モテ……っす……竹中……?」

「合ってはいるな」

「美少女から非モテって言われると興奮するぶひねぇ」

「反応した?!」

「気絶してろコラァ!」


 再度首を殴られ、豚の意識が飛ぶ。


「前も後ろも苗字なんですか?」

「違うよ~。竹中が名前」

「え、待って待ってそんなバカな……いや確かに表札は日藻なのにドアに竹中って掛かってるのおかしいって思ったけど……!」

「珍しい名前なんですか?」

「多分この国で一例しかない案件だからメリエルは覚えなくていい」

「なるほど、ではミドルネームは?」

「それもあんま日本だと一般的じゃないかな……」


 無駄な情報量にくらくらしつつ、メリエルにこれ以上変な偏見を与えないようフォローするつくし。

 そんなつくしを見て、友也が更に情報を浴びせる。


「ちなみにテッツォかツェペリで迷った挙げ句役所の人にテッツォにしろと言われたからテッツォにしたらしい」

「意志が弱すぎない?」

「泥酔して役所に行ったから記憶がないそうだ」

「親! ちゃんとして!」

「あとマレーシアとユーラシアのハーフらしい」

「うん…………?」


 早くもつくしの脳がオーバーヒートしかける。


「普通に非モテとかテッツォとか竹中とか呼ばれてるから、まぁ適当に呼んであげて~」

「豚とかカスとかも多いがな」

「半数以上が酷すぎない?! いじめの現場だよ今?! 体型バカにするのは良くないんじゃない?!」

「いや、コイツは豚って呼ばれたいから太ったんだよ」

「本末転倒だよね~」

「意味ちげーよ」

「え、どゆこと……?」


 処理の限界を迎えたつくしの頭からぽひゅーと煙が上がる。


「なるほど、私にはわかります。己の望むプレイを忠実に再現するために体型管理を徹底していると言うことですね!」

「捉え方がポジティブすぎるだろ」

「わかるでぶひか金髪美少女殿!!!! そうなのでござるぶひ、女王様から豚野郎と罵られるためにはまず己自身が豚になること! これが必要条件なのでありましすなぁ、ぶほほほ! そう、ここを怠る豚は豚に非ずなのであるぶひ!」

「これが怠惰の正当化なら叩けたんだが、コイツは元々ヒョロガリだからなぁ」

「友也くんがツッコミきれてない……!?」


 珍しい現象を前にしてつくしが若干理性を取り戻す。メリエルはと言うと、なるほど! と目を輝かせていた。

 そんな二人を見て駆が何かに気づく。


「つまり……エッチな処女は実在するってことか~!」

「お前今の発言のどこからそういう発想になったんだよ」

「ちょっとカケル?! 突然私のこと紹介するのはやめてください!」

「一文字もお前の紹介はしてねーんだよ」

「はっしまった墓穴を掘りました……!」


 赤面するメリエルを見て、竹中がニチャアと涎の糸の引いた笑みを浮かべ、じりじりと詰め寄ろうとする。


「ぶひ~? 金髪美少女殿は、えええええ、エッツィなのでぶひか~? ででででは、試しにこここここの器具を……」

「黙りなさい豚。跪け」

「ブヒ!!」


 メリエルの冷徹な目で射抜かれ、反射的に全裸になって土下座する竹中。その土下座の圧倒的なコンパクトさが、歴戦のドMだと雄弁に語っている。


「突然のキャラ変?!」

「うぅっ……つくし、これは何かに目覚めそうです……」

「いやいや、そんなワケ」

「私は自分のことをくっ殺系ドMだと思ってたんですが、案外女王様系ドSも悪くないなって思いました」

「ねぇエッチなお店みたいになってない?! 清々しい顔しないで?!」

「ほら、試しにやってみてください」

「いやわたしは駆くん以外にそういうことしないし……」

「本命の前に練習するのは大事ですよ? 男に気を持たせるだけ持たせておいてその気持ちを蹂躙してくる、スクールカースト二軍の心地よさを味わいましょう!」

「二軍って立ち位置が妙にリアルでヤだなぁ!」


 ずいっと土下座をしている豚の前に出される。つくしが戸惑っていると、土下座で硬直していた豚がその顔を僅かに上げる。


「誰が動いていいって言った?」

「ブヒィィン!」

「……」


 自分から恐ろしく冷たい声が出たことに信じられず、唖然とするつくし。しばらくして脳が理解に追いつくと、その気持ちよさに思わず笑みが漏れた。


「ふふっ、確かにこれは、何かに目覚めそう……!」

「そうでしょう?!」

「うお~! 竹中が興奮で沸騰してる~!」


 美少女二人から罵倒を浴びせられると言う前代未聞の興奮事例に竹中の心身は追いつくことができず、自らの熱を持ってその場で沸騰し始めた。体表がどんどんと赤くなっていく。


「こんな豚が溶けたら臭そうだからやだ!」

「これは環境基本法違反です! 極刑!」

「竹中が爆発しそうだ~! どうしよ友ちゃん!」

「うーん。あ、パソコン一台くらいぶっ壊すか。肝っ玉が冷えれば温度も下がんだろ」


 そう言って手近なデスクトップにデスクトップをぶつける友也。互いにぶっ壊れ、モニターが四つほどノーシグナルになる。


「オイイイィ! 拙者のエロ動画ファイル群その百六と百七に何してくれてるぶひかーッ!」

「ほれ冷えた」


 飛びかかってくる豚をアウトサイドで蹴り飛ばすと、そのまま壁を突き破ってどこかへ飛んでいった。


「友ちゃんのツッコミはリアルでも冴えてるね~」

「ツッコミと言うより暴力では……?」

「ちっちっちっ、メリちゃん、これが男同士のスキンシップってやつなのだよ」

「な、なるほど……! 勉強になります!」

「騙されないでメリエル」

「ところで竹中~、例のモノってどこ?」

「どっか飛んでっちゃったから聞こえないでしょ」

「そこら辺の床とかぶち抜けば出てくるんじゃねえの?」

「そんな畳返しみたいな……」

「そい!」

「駆くん?!」


 駆が半壊したデスクトップを床に叩き込むと、畳返しの原理で床下から薬のケースが飛び出してきた。


「本当に出てきた……」

「あぁ、それだぶひ」


 竹中が風呂上がりのような表情で額の汗を拭いながら戻ってくる。そして、


「拙者の研究の成果でござる。これは通称――ダンジョン内の女子を皆エッチにしてしまう薬品、さっ」

「通称長すぎだろ」

「言い方キモ」


 前髪をさらっと払い、本人の中で精一杯のイケボで囁く竹中。

 普通に真顔で引いたつくしだったが、新境地に目覚めつつある竹中にとっては最早ご褒美でしかなく、ぶぅぶぅと興奮した吐息を漏らし始める。

 前髪で目は完全に隠れているにも関わらず、ぼぅーと髪の奥から目が浮かび上がってくる。


「ぶほほほ、ダンジョンを形成している素粒子と反応する現実世界の原子には――あぁ、現実世界と言うのは便宜上の仮称ぶひ。拙者の観測だとこの時空は――おっと話が逸れたぶひね。まぁともかく、ダンジョン内で効果を発揮しやすい物質の組み合わせと言うものを拙者は研究しているんだぶひが、今回はその仮説の一つを駆たちに実証して欲しいと思って呼んだのでござる」

「ちっとも意味分かんないんだけど、女の敵ってことで良いのかな?」

「この場で処分すべきですね」

「ぶひぃ! ご褒美は早いぶひ!」

「誰も与えてねーんだボケ」

「がふっ! うーん。友也に殴られても嬉しくないぶひねぇ~。どうせなら美少女にムチでシバいてもらわんと……ぶひひィン」

「偉そうに注文つけてねーで続けろ。多分全員意味分かってねーが」

「失礼な~! 僕は分かってるよ!」

「ほう」

「ヤリたい放題ってコトでしょ!」

「正解ブヒッッッッッッ」

「よっしゃ~!」


 ガッツポーズをし合う駆と竹中。


「うーん、結局そこだけで良いのか。このデブ低能なのか頭いいのかどっちなんだよ」

「ぶひひひ。真の天才とは凡人には理解の及ばぬものなのぶひよ」

「じゃあ試しにつくしの目を見てみろ」

「ぶひ?! そんなことしたら妊娠してしまうぶひよ!? 拙者ハーレムになってしまうブヒィ~~!」


 竹中はなぜか一人で興奮して沸騰し、その場で赤熱して気絶した。


「キモ」

「これは賠償金がいくらでも取れますね」

「うん。やっぱ低能だな」


 一ミリも心配する様子を見せない三人。残る駆はと言うと、こちらも心配する様子は全くなく、研究成果らしい薬品をポケットに入れて満足げな表情をしている。


「よ~し、目的のものも手に入れたし、早速ダンジョンへ行こ~!」

「え、駆くんその怪しいやつ使うの?」

「もちろん! ダンジョン内での実験ってどの国もずっと続けてて、なんか報告書書くと謝礼金がもらえるんだよ~! 美土代ちゃんからのお小遣い~!」

「パパ活の逆みたいになってる……」

「つまりママ活、ですか……? やだ、いやらしいです! カケルの馬鹿!」

「何なんだこの一人走り淫乱異世界人。……まぁ、ダンジョンを利用するみたいな名目でアレコレやってるみてーだが、これまで現実世界に何の成果も持って帰れてねーからただの道楽だな」

「そっか、ダンジョン内の効果とかも現実に戻ったら消えちゃうんだっけ?」

「あぁ。だからやべー薬とかはダンジョン内でキメるのが主流だ。ゲートから出たら効果は消えるし、なぜか依存症とかにもならない」

「やっぱり都合のいい場所だなあ……」

「まぁそのお陰で世界の治安の良さは過去最高なんだから、問題ねーだろ」

「これが結果論ってやつか……」


 そうして四人は、赤熱した豚を放置して当の変な薬を実験すべくダンジョンへ向かう。

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