第10話 駆くんと異世界お嬢様3

「止めた……のか……?」


 友也が困惑する。ダンジョン内のモンスターは駆を無いもの扱いするため、基本的に攻撃など仕掛けてこない。だが今回は四人が固まっているため、この攻撃は駆を狙ったものとは言えない。


「ふっふふ、造作もないことよ! 食らうが良いこれがワンキルパンチだ~!」

「おぉっ、ついに駆があの害悪ワンキルパワーを自由に扱えるように……?!」


 期待の声を上げる友也。その期待を受け、ふんっっっっ、と思いきり踏ん張る駆。

 そしてそのまま、


「ぽひゅ~」

「屁じゃねえかボケ」

「踏ん張りすぎちゃったね」


 テヘペロをして見せる駆だが、巨大ユニコーンの前足はそのまま彼を踏み潰す。


「うむ。悪は滅びた」

「流石にアレはない」

「うおっつくしが蛙化現象?!」

「報いを受けたんですね、カケル。私にセクハラした罰です」

「アレは二割くらいお前の撒いた種だろ」


 なお、三人は当然のように後ずさって避けていた。


「おっかしいな~次はうまくいくはず~!」


 ユニコーンの足と地面の間からモゴモゴとした声が聞こえる。およそ踏み潰されたとは思えない、能天気な声だ。

 よいしょ、とドアでも開けるかのように右拳で足を押し、立ち上がる駆。


「ブオ!?」

「ほいっと」


 そしてそのまま天に向かって突くと、ユニコーンがひっくり返った。


「ねえ、これって駆くんがすごいの? ユニコーンが弱いの?」

「わからん。なあメリエル、試しになんか撃ってみてくれ」

「わかりました! ファイアーボール! えい!」

「詠唱なしでも撃てるのかよ」


 手のひらサイズの火球がひゅ~んと飛んでいき、こつんと駆の後頭部に命中する。


「あ、手が滑りました」

「相変わらずカス魔法だな」

「んぉ?」


 駆が間抜けな声を漏らしたのも束の間、ファイアーボールが手榴弾のごとく炸裂。


「駆くぅううん!?」

「え、何ですかこれ!? 私こんなすごい魔法を!?」

「何でお前は自分の魔法の威力を何も把握してねえんだ」


 土煙が晴れると、変わらずそこには直立した駆がいた。

 そのまま顔だけ後ろに向け、凍てついた目で、しかし威圧感に満ちた声で、告げる。


「その程度で我が死ぬと思うか」

「なるほど。これがシャフ度ですか、つくしさん」

「うん。傲岸不遜モードのシャフ度駆くんだね。ご飯百杯はいける」

「……てことはさっきのファイアーボールで死んだのか……」


 そこにいたのは、一度死んだことで切り替わる傲岸不遜モードの駆だった。


「そこの金髪……」


 妙に低音でテストステロン値の高そうな声で駆がメリエルを睨みつける。


「わ、私ですか? なんでしょう……?」


 その威圧感に押され、ごくりと息を呑むメリエル。


「ファイアーボールはダサい」

「はい?」

「ファイアーボールはダサいから金輪際禁止。魔法ごとこの世から消滅させる」

「え、ちょ、ま、どういうことですか!?」


 メリエルの動揺を無視して駆が手を掲げる。そこから溢れ出した黒い雷撃が閃光弾の如く炸裂し、三人は視界が一瞬真っ白になる。


「なんだ?! ……って、何でもねぇじゃねーか」

「普通に動けるね」

「……」


 友也とつくしは何事もないようだったが、メリエルだけ眉をひそめていた。


「どしたのメリエル?」

「うーんと……」

「?」

「私、さっき何の魔法を使ってましたっけ……?」


 ポカンとするつくし。


「え、そりゃ……ん?」

「何二人ともボケっとしてんだ。決まってんだろ、クソダセぇアレ……え?」


 友也とつくしが顔を見合わせる。


「「思い出せない……」」

「ですよね?!」


 動揺を隠せない三人を、クックックックと駆が嗤う。


「思い出せなくて当然。我が消したのだからな。良いか? 今後■■■■ー■■■などと言うクソダサ魔法は使わんように」

「ピー音で聞こえねーよ」

「本当に概念ごと消したってこと……?」

「一体その魔法に何の罪があると言うんですか……」

「我が気に入らぬ。ダサいもん。■■■■ー■■■が許されるのは遊戯王の中だけだ」

「独裁者!」

「思い出せないことは思い出さなくてよい。今後は、そうだな……ブレイズ・スフィアーとか、そういうカッコイイ系の名前にするように」

「あ、はい……わかりました……」

「傲岸不遜モードの駆くん、所詮駆くんだから語彙がちょこちょこバカっぽいんだよね」

「おい駆ー、ユニコーンが忖度して待ってくれてんぞ。早く倒してくれ」

「ふむ」


 駆がユニコーンに向き直る。ユニコーンは先程からブオオブオオと唸っていたのだが、確かに手を出してくる様子はなかった。


「フン、彼我の実力差をよく理解しているな。安易に攻撃しても勝ち目はない、と。流石はダンジョンボスだな。では、さらばだ」


 そう言って適当にパンチを繰り出すと、僅かに発生した衝撃波がコンッとユニコーンの顎に当たる。


「ブオオ~~ン!」


 そして波打つような衝撃がユニコーンを襲い、そのまま爆散した。


「敵は滅した――」

「あっさりすぎて反応に困るわ」

「はっ!? んん? おはよう友ちゃん、どしたの僕を見つめて? 惚れた?」

「万に一つもあり得んわ。てか正気に戻ったのか……?」

「正気とは失礼な! 僕はいつだって本気だよ!」

「何に?」

「女の子に!」

「うん、正気だな」


 しかし、と友也は首を傾げる。これまで、傲岸不遜モードになった駆は正気に戻ることはなく、ただただダンジョンが消滅するまで破壊し尽くしていたからだ。中途半端に目の前の敵だけを倒す、などと言うことはなかった。


「やっぱり害悪ワンキルパワーをある程度モノにしたって事か……? 原理はまるでわからんが……」

「友也くん、それは良いことなの?」

「当然だ、つくしも巻き込まれたから分かるだろう」

「んぇ?」

「理不尽に巻き込まれて俺らが死ぬことが減る」

「なるほど! 良いことだ!」

「二人とも喜んでるね~! うんうん、もっと僕の凱旋を祝ってくれたまえ!」

「相変わらず腹立たしい能天気さだな」


 ところで、とメリエルが疑問を口にする。


「ボス? とやらが死んでしまったらダンジョンはどうなるんですか? その……私にインポートされた知識だと、どれも的を得なくて」

「なるほど。駆、つくし、鹿島のおっさん……どれも要らん知識しかない奴らだな」

「やっぱり偏ってるんですね……キレそう……」

「まぁボスが居なくなったダンジョンは放置してると次のボスが出てきたり、モノによっては消滅したりするな」

「族のようなものですか?」

「なんでヤンキー知識だけあんだよ。まぁ似たようなもんだけど」


 そこでゴゴゴ、とまたもや地鳴りがし、今度は横の壁が勢いよく破壊され、奥から腕組みをした全裸マッチョの巨体が姿を表した。仁王立ちのままスライドしており、首は生えていない。


「なんか見覚えのある全裸マッチョが出てきたな」

「腕組み仁王立ち全裸マッチョドラゴンのザラ~!」

「早口言葉かよ。てかドラゴンの頭生えてねーじゃん。よくわかったな」

「そりゃ胸筋でわかるに決まってんじゃん! やっほ~、元気してた~?」


 駆がひょこひょこと首なしマッチョに向かっていく。すると、どこから声を出しているのか、そのマッチョが喋りだした。


『姫様の気配を感じてやってきたのですが、今回は当たりでしたな』

「本当にザラなのですね……? 随分と姿が違いますが……。頭とかありませんし……」

『ご安心ください。五体満足でございます』

「だから肝心の頭が不満足なんだよ」

「それで、ザラは何の目的で来たのですか?」


 少し尖った口調になるメリエル。相変わらず仁王立ちのままスライドしてメリエルの前まで移動してくるザラだが、顔がないため一切の感情がわからない。しかも腕組みをし続けているため、逆に傲慢にすら見える。


『それはもちろん、姫様の門出を祝うためでございます!』

「え、僕たち結婚すんの? いや~照れちゃうな~!」

「能無しは黙ってろ。ほらつくしが脳を破壊されてのたうち回ってんぞ」

「ななななっ、赤ちゃん、だなんて……! もうっ、気が早いですよっ、まずは、その、イチからゆっくりと……」

「メリエルテメーも突然くねくねし始めるんじゃねぇ面倒くせえな! 絶対そういう話じゃねーだろ!」

『まぁ私としては? 推しの幸せが我が幸せですから? ここで子作りされても構わんのですが?』

「興奮すんな、構うわバカタレが」

「え、友ちゃんも混ざる?」

「さ、さささささサンピーと言うやつですか……!? まだツーピーもしたことないのに……っ」

「おい勝手に話進めんな! ツーピーでもサンピーでもねーわ!」

『ふむ。そろそろ宜しいか?』

「いきなりシラフになるな」


 すすすっとザラがメリエルの眼前に移動してくる。


『姫様』

「はい」


 その様子を見て、つくしが小声で言う。


「……なんかぎこちなくない?」

「彼氏のお父さんと初めて会った子みたいだよね~」

『姫様は!!!! 処女である!!!! 婚前交渉などッ、我はッ……! うーん、それは姫様とお相手次第かな』

「デケェ声で何言ってんだこの首なし!? あと最後キャラ崩壊してんぞ」

「わたしも処女だよ!!」

「つくしテメーは意味のわからんところで張り合うな!」

「恥ずかしいです~っ! ばか~っ!」

『ふぬぉっ?!』

「お前は一体何に恥ずかしがってんだ……?」


 メリエルの突きがザラの半身を破壊したため、片足立ちになってしまったザラ。しかしまるで意に介さず、続ける。


『姫様。無事転生を終了したようで、何よりでございます』

「えぇ……ありがとう」

『いかがされましたか?』

「いえ、その……連れ戻そうとするのではないか、と思って」

『何を仰いますか!!!! 姫様の選択が第一!!!! 私めは!!!! それを!!!! 全力応援するのが!!!! 役目でございますッッッッ!!!!』

「圧が強すぎんだ圧が」

「声の反響だけものすっごいね~。耳たぶが八又くらいに破れちゃいそ~」

「破れんなら鼓膜であって耳たぶじゃねーんだよ」

『それにですね、姫様』


 うぉっほん、と仰々しい咳払いをするザラ。


『姫様の二度目の生誕に立ち会えるなど、我が人生最大の幸福でありますぞ!』

「なるほど~、ダンジョンは産道なんだね~」

「世界跨いで産むのかよ。規模がデカすぎる」

「その場合親権はどちらの世界にあるんでしょう?」

「知らねーよ」

『姫様? 聞いてます?』

「え、聞く意味あったんですか?」

「突然の毒舌」

『むぉっ……! Sっ気プレイ……! オプション料金は一体いくらだと言うのだ……ッ』

「お金くれるんですか?」

『無論です。姫様が転生なさると言うことで、仮想敵国を一つ滅ぼし全ての財を奪ってまいりました』

「邪悪の化身じゃねーか」

「仮想ってことは別に今は敵じゃないのかな~?」

『仰せの通りです、カケル殿。我が国の周辺は現在なんとなく平和ですので』

「もはや言い逃れの出来ない邪悪……!」


 空中にすっとザラが一枚の紙切れを出す。


「その腕組みは離れねーのかよ」

「これは何ですか?」

『小切手です。これがあれば国の一つや二つは買収できるでしょう。ご安心ください、ただの紙ではございません。これはあらゆる干渉も許さない、神の加護が付与されたもの。万一紛失しても自動で戻ってくる機能付きです』


 その小切手には果てしないゼロが付いた額の末尾に、アリメカ合体国の通貨単位、アメと記されていた。


「いやどのみち日本じゃただの紙切れじゃねーか」

「頭がないから馬鹿になっちゃったんじゃない?」

「二人とも何言ってんの~、ほら、こうすれば火種になるよ」


 そう言って小切手に手をかざす駆。すると、その手から黒い炎が現れ瞬く間に小切手を飲み込み、次の瞬間には灰にした。


『カケル殿ォオオオ?!』

「紙ゴミには当然の末路だな」

『馬鹿な……これは例え神殺しの刃と言えども防御する、最強の……』

「え、僕なんかやっちゃいました?」

「ワンキルパワーをどうでも良いところで発揮した挙げ句ドヤ顔をするのはやめろ」

『申し訳ございません、姫様……』

「良いんです、気にしないでください」

『勿体ないお言葉……』

「壊せないゴミをもらっても処分に困るだけです」

「言い方冷たっ?!」

『ももももっっ勿体ないっっっお言葉……!』

「オイ失禁してんじゃねえ!」


 そこで、以前にも見た淡い光が再度ザラを包み始める。


『姫様、どうかお元気で……』

「ザラ――」

『我はここまでのようです……お三方、姫様を頼みますぞ……』

「まっかせて~! 赤ちゃん出来たら挨拶に行くよ~!」

『いや、その際は手土産を持って伺おう』

「もう二度と会えない的な雰囲気だったのにどういうこったそりゃ」

「赤ちゃん作るならわたしとが先でしょ~~~!?」

「えぇいお前は黙ってろ!」


 そうこうしているうちにザラは光に包まれて消えてしまった。


「そういうわけでメリちゃん、任されちゃったしウチくる?」

「別れの挨拶妨げといて二の句がそれかよ」

「えっ、そんなっ、まだ知り合って初日ですよっ、そういうのはっ、もうちょっとお互いを知ってから……」

「ノリノリで喋んな、後スカートをたくし上げるな下ろせ!」

「おかしいですね、反射的に上げてしまいました……」

「もうちょっと上げてくれるまで待ってよ友ちゃん~!」

「さてはこれ、つくしの常識がインポートされたせいだな?」

「くそーっ! わたしは自らの手で強敵を生み出してしまったのかー!?」

「生み出したのは公然猥褻罪予備軍だアホ」


 一人分ですら頭を抱えていた友也だが、その脳みそを活かして転生してきてしまった二人目の女子を前に友也の胃が早くも危険信号を出す。

 一方の駆はと言うと、満面の笑みを湛えていた。


「さて、兎にも角にも、メリちゃんにはもっと現代を知ってもらわないとだね」

「いえそれは大丈夫です」

「うんうん、素早い反抗期だね」

「何お前ら? ダブルボケなの?」

「あ、いやその、反抗期でもボケでもなくて……三人から頂いた知識の感じで行くと、普通に街とかを周るよりダンジョンの方が楽しいのかなって思いまして……」

「なるほど、それは一理あるね~。結局体動かすならダンジョンで良くね? ってなって街のレジャー施設的な奴って軒並み壊滅状態なんだよね」

「青空が広がってるダンジョンならキャンプしても楽しいしな」

「どういう原理なんですか……?」

「ダンジョンに原理は無い」

「そんなぁ……私、気になります!」

「んなこと言っても疑問が解消されることはないしお前が納得できる事実は多分出てこねーぞ」

「ぐぬぬ」

「ま~ありのままを受け入れろってコトだね! 悟っていこ~」

「生臭坊主もビックリの俗物が悟りを語るな」


 そして、三人はメリエール・ヨーロリと言う異世界からの転生者を新たな友にし、ダンジョンを後にする。

 なお、当のダンジョンは駆たちが去った後、ダンジョンとしての形を維持できずに自壊し、ゲートも消滅した。

 この時ダンジョン内には他にも人間がいたが、その誰もが状況を理解していない。強制的にダンジョンから出されたことに憤慨している者すらいた。

 ……異次元空間消滅確認書の報告欄を書きにきた美土代実香(の部下)がこの意味不明な突然の崩壊を何と書くべきかで悩み、胃痛に苛まれたことは言うまでもない。

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