第8話 駆くんと異世界お嬢様1

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 それから数日が経ち、三人は久々の幼馴染ライフに精を出していた。

 今日も今日とて喫茶店『鹿島』でやいやいとしている。

 バイトでも無いのに自前のメイド服を着てきたつくしが、食後のコーヒーをテーブルに持ってくる。なぜかドヤ顔で。


「さながら初めてのおつかいだな」

「誰が五歳児並の知能だコラァ!」

「誰も言ってねぇ!」

「そういやつくしちゃん、今日は何でメイド服なの?」

「へへん、この前ダンジョンでメイド服になってから、気に入っちゃってね! 自分で作ったんだー」

「自分でこのフリフリを?! さすがつくしちゃん、何でもできるねぇ。いつでも僕のこと養えそ~」

「いつでも任せて!!!!!」

「よっしゃ~!」

「まあつくしのサイズはどこにも売ってね―だろ」

「殺すよ?」

「目こわ!? 扱い違いすぎんだろ」

「ってか売ってたし!? 子供用メイド服って売ってたし! オイ誰が子供だコラァ!」

「意味不明なキレ方すんな!」


 そんな三人が囲むテーブルの上には、一枚の依頼書が置いてある。

 依頼者はもちろん例の美土代実香、フェロモンだけが取り柄のスットコ公務員だ。

 依頼書と言っても公的な書類ではなく、実香が駆にメッセージしてきたものを印刷しただけに過ぎない。

 友也がその紙に目を落とし、再度さらっと読む。


「にしてもコレさぁ、ふんわりしすぎじゃねぇか?」

「ふんわり? ん~そうだね、このメイド服のスカートって意外とふんわりしてるよね」

「そこはね、生地や折り方にこだわりがあるんだー」

「なるほど。じゃあ中のパンツもこだわりある系? 見せて見せて~」

「なななななな何言ってんの見せるわけないでしょバカァ!」

「オイめちゃめちゃたくし上げてんぞ下げろアホ女!!」

「し、しまった条件反射で!」

「うおおお! 黒の紐パンだ~! 栄養ある~~~!!」

「見ないでええええ!!」

「顔赤らめながら更に見せてんじゃねェーッ!!」


 そこからつくしがなぜか十数秒を掛けてスカートを下げ、一人でぜぇぜぇとしている。


「酷い目にあった……ぐすん……」

「何もかも自業自得なんだが?」

「そ~いや今日はこの依頼をやろうって話だったよね」

「お前は切り替えがあっさり過ぎるだろ」

「いや、長引かせても蛇足だし」

「メタ発言はやめろ」


 つくしが紙をひょいと取って駆の隣に座る。


「依頼って何だっけ? 異世界の女の子を探してほしい、だっけ?」

「夢あるな~~~! 異世界の美少女ってやっぱ言語通じないのかな?!」

「言語通じないなら夢ねーだろ。あとさらっと美少女にすり替えんな」

「いやいや、異世界転生と言えばさ? 冴えない男子が異世界に行く時はなぜか神様にイケメンにしてもらうじゃん? つまり異世界に行く時は整形が通過儀礼ってワケ」

「異世界転生で外見変えることを整形って言う奴初めて見たわ」

「まぁいくら美少女って言ってもわたしより美少女ってことは無いと思う! えへん!」

「無い胸を張るな」

「殺す」

「竜◯レナみたいな表情の変化やめろ!」


 とは言え、依頼内容は確かにふんわりとしたものだった。

 要約すると、異世界から来たと思われる金髪の少女がダンジョン内で暴れ回っているから、正体を突き止めて欲しい。とのこと。

 しかもその少女は世界中のダンジョンで確認されており――ダンジョン間を移動できるのは現状ダンジョン内の物質か魔物かに限定されていることから――少女は現実世界の人間ではなく、どこかの異世界から紛れ込んだものと推測されていた。


「でも普通に新種の魔物かもしれなくない?」

「美少女の魔物ってこと? そんなものわたしが絶滅させなきゃ」

「お前の敵愾心はどこから湧いてくるんだ」

「いっぱい出てくるならむしろハーレムじゃん?! 今すぐ行こう二人とも!! いざ! 金髪美少女!」

「全員金髪って多様性が無さすぎるだろ」

「そういうコンセプトなんだよきっと~!」

「ダンジョンは風俗じゃねーんだぞ」

「美少女は敵! 抹殺!」

「満面の笑みで野蛮なこと抜かしてんじゃねえ!」


 その話を横から聞いていたマスターのヒデオこと鹿島秀夫が口を開く。彼もダンジョンの常連として、当の金髪の話は聞き及んでいるようだ。今日も色黒のスキンヘッドが煌めいている。


「そういやよぉ、その金髪はドデカイ魔法を使ってくるって話だ。お前らも気をつけろよ」

「ドデカイってどの辺がドデカイの? おっぱい?」

「それ魔法じゃなくてただの豊胸だろ」

「豊胸?! 良い魔法! 知りたい!」

「いや普通に、俺たちがゲームとかでよく見る系の魔法ってコトよ。メラ◯ーマ的な」


 なるほど、と駆が頷く。


「でもさ~、それじゃ普通すぎない? 大げさな外画の日本版CMみたいなオチだったらヤだよね」

「あのCMだって制作陣は客を呼べると思って作ってんだ、脈絡なく敵を増やすな」

「まぁ行ってみればわかるんじゃない? おっぱいでっかくする魔法だったらわたし弟子入りする!」

「少なくともその魔法である可能性だけはゼロと言える」

「ん~、じゃとりあえず出発ってことで! ヒデオ、飯ありがとね~」

「誰がタダっつった! 金払え金!」

「ツケといて~」


 たらふく平らげた数千円分をしれっとツけ、三人はダンジョンへ向かう。

 金髪はどのダンジョンで発見されるかの法則性が未だ見つかっていないため、場数勝負である。

 近くの公園のすべり台の真下にできた邪魔の極みのようなダンジョンゲートを潜る三人。


「ちわーっす、三河屋でーす」

「だからゲートを暖簾みたいに潜るんじゃねえ」

「毎回誰も居ないんだよね……」


 いつものように呆れたところで、眼前に全裸の金髪美少女がいることに気づいた。

 が、その金髪美少女は身体の節々の解像度が荒く、バグ未修正のキャラのような雰囲気だ。


「ひぁ……っ■?!」

「お~?! 美少女エンカじゃね!? 二人とも! 労力ゼロエンカだ労力ゼロエンカ!!」

「流石に手抜きが過ぎるだろ」

「駆くんを誘惑した罪で死刑、控訴は許可しない」

「あ、■あっち向■いてくだ■さい~~っ■!!!!」

「ふぐぉああああああ!!!!???」


 無詠唱で現れた魔法陣から白い光線が発され、友也の体が爆散。

 少女は光線を出した魔法陣の向こうで、隠れるようにいそいそと服を着始めている。


「まっ■たく……! どう■なってるんで■すかこの世界■は……!」


 カーテン代わりにしているのが魔法陣のため残念ながら普通に丸見えであり、堂々覗き見をする駆の両目をつくしが潰す。


「ねぇ駆くん、あの女の子まだこっちの世界に馴染んでないのかな? 声もちょこちょこバグってるし」

「うんそうだね。目玉を潰されたから何も見えないや」

「おーい駆、店に財布忘れてんぞ。飯代は抜いといたから……って両目ェ!?」

「うん? その声はヒデオ! 財布ありがと~」

「目ん玉普通に治りやがった……」

「あ、鹿島さん。例の金髪少女、そこに居るよ」

「マジか!? 俺が百八回潜っても一度も出会えなかったっつーのに……なんて幸運な奴らなんだ……!」

「煩悩が過ぎる」

「ヒデオは方向オンチだからねぇ」


 鹿島がスキンヘッドを抱えて落ち込んでいると、三人の足元に大きな白い魔法陣が展開される。


「うお~? なんだなんだ」

「わたしたちも爆発しちゃうのかな?! あでも駆くんと一緒ならいっか!」

「待てそんな物騒なもんに俺を巻き込」


『――最終フェーズに移行します』


 鹿島の慌てた声を遮るように白い魔法陣から無機質な声が響く。

 ふと三人が目を向けると、ファンタジーっぽい装飾に身を包んだ金髪美少女が手元に小さな白い魔法陣を展開して静かに目を瞑っていた。


「これ僕たち生贄になる的な奴?! 美少女に食われちゃう的な?!」

「そんなぁ! 食われる前に食べられたかった!!」

「何にだよ?!」


『転生地域を"アジア・日本"に決定。当世界の知識は、ランダムに抽出されたこちらの三人からインポートされます』

「え、ランダム? いや……なんだか、偏ってしまっていませんか? このお三方、知り合いのようですし……」


 魔法陣の不穏な台詞に、少女が思わず目を開けて尋ねる。


『俗世で生きるにおいて必要な知識は、俗人の平均を取っておくくらいがちょうど良いのです。最近の流行りはスローライフですし、世界の暗部などはインターネッツとやらで調べて手に入る程度のものでよろしいかと』

「いえ、私はまだ十五なので、そんな老人の余生みたいなライフを送りたくはないのですが……」

『う~ん、でもこのインポート魔法陣、一回しか出せないんですよね。ドンマイ』

「いやそもそも私が出したわけじゃないんですけど?! 勝手に出てきて何ですかそれ!」


 どうやら攻撃されるわけではないらしい、と判断した三人はアホ面で行く末を見守っている。


『ま、人間の常識なんて誰から抽出しても大差ありませんよ。それでは始めます――対象は各務原駆、星崎つくし、鹿島秀夫』

「ひゃぁっ!? あたたあたあた頭になんか入ってきてる?!」

「異世界脳触手プレイってこと?! やべ~! 整う~!」

「荒らされてんだよ!!」


 傍から見る限り、三人に物理的な何かが侵食している様子はない。ただ足元の魔法陣が脳スキャンのようなものを実行しているため、頭の中を弄られているような気分になっているだけである。

 ひとしきり弄り終えた後、ばつの悪そうな声で魔法陣が呟いた。


『う~ん、しくったな……思ったより偏ってたわ……』

「今なんて言いました?!」

『運悪く不良品に当たっちゃった……的な? しかもなんか変なもん混ざった気がする』

「いやこの世界初心者の私にとっては死活問題なんですけど!? てか口調変わっちゃってません!?」

『んー。ビックリだよね。人ってあまりの驚きを前にすると性格変わるってホントなんだね~』

「あなたは人じゃないんですが?」

『え、ほら。音読みすれば人と陣、ってネ』

「クソつまらないんで消えてもらっていいですか?」

『うおおお消えちゃう!!』


 どことなく馴染みのあるその口調に、つくしがぽんと手を打つ。


「なんか駆くんに似てない?」

「言われてみればそうだな」

「え? 僕? いや~照れちゃうな、やっぱカリスマってのは隠してても出ちゃうもんだね」

「下脱ごうとすんな隠してろ」


 その話を聞いて、少女が自分の体を確かめながら疑問符を浮かべる。身体はきちんと顕現したようだが……。


「むむ、これは……魔力? 何か全体的に力が増しているような感じがします」

「お~! 転生特典じゃね? 試しになんかやってみてよ~」

「えぇっと……何が良いですか?」

「う~ん、人類絶滅魔法?」

「野蛮すぎるよ駆くん!? わたしたちも死んじゃうよ!?」

「え~でも威力ある奴じゃないとわかんなくない?」

「え、逆じゃない……? こういうのって超弱い魔法でも超強くなっちゃってまたオレなんかやっちゃいました系じゃない?」


 駆とつくしが実にくだらない論議を交わしているのを尻目に、少女が目を瞑る。そしてポゥ、と青い光が彼女を包む。


「あ、ほらつくしちゃん見て! なんかぶつぶつ言い始めたよ! 暴れ出し待ったなし!」

「ひゃ~~! ちょっと待って早まらないで!」

「いえ、安心してください。使い慣れている魔法ですから。絶対に暴走したりしませんよ」


 ニコリとしながらそう言う。続いて少女の足元に白い魔法陣が現れ、周囲にバチリと小さく稲妻が走る。


「だってさ! 楽しみ~」

「いや絶対フラグだよコレ! 誰か消し飛んじゃうんだよ!」

「では、行きます! 閃影牢雷シュトゥルム・イレイザーっ!」

「ほごぁあああああああああああああ!?!?!!」

「コレ暴走じゃないの!?」

「かっけえ~!」


 既視感のある悲鳴を上げながら、鹿島が青白い稲妻に包まれて爆散した。


「うおぉ何だ!?」

「やっほ~友ちゃん、今ヒデオが爆散したとこ~」

「都合よく入れ替わった……」


 入れ替わりで戻ってきた友也が稲妻に驚いていると、少女の方も同じように戸惑いを見せていた。


「う、嘘……私の魔法、強すぎ…?!」

「この女、目の前で人一人爆散したはずなのに笑ってやがる」

「きっと良いことあったんだね~」

「駆くんは誰目線なのよ」


 そこで別の白い魔法陣が現れ、ペカペカと明滅する。


『ほーい、では私の出番はこれで終わりって事で。改めて、ここは地球って星の日本、貴女に世界情報を提供した存在は各務原駆、星崎つくし、鹿島秀夫。ま、後は何とかなるよ! 頑張ってねー』

「え、魔法陣さんはこの後どうなるんです?」

『さあ……役割終わったから消えるんじゃない?』

「そんなこと言って、逃げる気ですね」

『ははは。まっさか~』

「では、この世界の情報をもっと他にも――」

『はいお疲れー! 私は消えまーす! じゃっ、元気でね! 貴女の第二の人生、応援してるよっ!』

「あーっコラ待ちなさーいっ! 良い感じのこと言って逃げようったってそうは……う、反応が完全に消えた……」


 げんなりと少女がうなだれる。そんな彼女に向かって、ひょいひょいと近づく駆。


「え~君可愛いね、本当に異世界から来たのガフッ」

「駆くんはすぐそうやってナンパするんだからぷんぷん」

「野蛮極まりない頭蓋骨粉砕キックかましといてぷんぷんとはこれ如何に」

「え、えぇ~っと……」


 ダンジョン奥へすっ飛んでいった駆に引き気味の少女。申し訳なさそうに友也が声をかける。


「あー、いつものことだから気にしないでくれ」

「貴方は……トモヤ、さん?」

「えっ何ついに俺にも生き別れた妹が異世界から帰ってきたとかそういうエロゲ原作系ラブコメアニメ現象の餌食になっちゃったってコトォ!?」

「はいはい妄想妄想。この人、わたしと駆くんと鹿島さんからこの世界の情報をインポート? されたんだって。だから友也くんのこともわかるんじゃない?」

「は? よりによってバカタレ三銃士から? あんた……前世で償いきれない罪でも犯したのか?」

「え、えぇ!? そ、そんな酷い人たちなんですか!?」

「失礼な! わたしはこの三人の中なら一番まともだよ!」

「自分より高身長の女と巨乳の女を殲滅しようとする奴のどこがまともなのか」

「そ、そそそれは……そう! 正当防衛だよ!」

「不当な攻撃なんだが?」


 そこへ何でもない顔をして駆が戻ってくる。その様子を見て驚きを隠せない少女。


「いやはや、つくしちゃんのキックには栄養があるね~」

「だ、大丈夫なんですか……?」

「うん、僕は、と言うかダンジョンはそういうとこだし」

「なるほど……そ、そっか、確かに。うーん、まだインポートされた知識と体感がうまく合っていませんね」

「ま~最初はそんなもんだよ。知識だけの最初はぎこちないけど、段々こなれてくれば声も出るようになるしね」

「スポーツの話ですか?」

「ある意味スポーツだね」

「異世界の人間だからって躊躇なくセクハラすんのはやめろ」

「確かに騎乗位などは知識と実践で大きく違いそうですよね」

「そ~なんだよ~。流石、話分かるね~!」

「あ、違うさてはコイツ駆と同等のヤベー女だな? セッ○○をスポーツだと思ってるタイプだ」


 速攻で落胆する友也だが、つくしは首を傾げる。


「いや、そんな簡単に変態認定は良くないと思うよ? わたしたち三人の知識からインポートされてるわけだし、性に偏ってるのは仕方ないよ」

「お前は何を開き直ってるんだ?」

「二人とも何言ってんのさ。異世界金髪美少女なんて、清楚っぽい見た目のくせに実はエッチに興味津々の淫乱だってエロ同人界隈では相場が決まってんだから」

「そんな界隈の常識を気軽に当てはめんな」


 しかして真偽の程はいかに……と少女の方を見つめる三人。

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