第3話 これからのこと
鈴森と過ごす時間は、充実したものだった。
こんなにいい幼馴染を持ちながら、横暴に振る舞っていた兄の気が知れない。
もしかしたら、鈴森の優しさに甘えて好き放題していたのかもしれないが。
「他の子からの印象をどうにかしないとな……」
校内全体に、入川翔也の悪評は広まっている。長い間、暴れぶりを発揮しているから、評判を改善するのは前途を極めるだろう。
俺にできることはなにか。
一。大きなトラブルを起こさないこと。
二。翔也=ヤバいやつという印象を変える行動を続けること。
三。以上のことを地道に続けること。
これだけだ。
過去に嫌な思いをさせた人へのケアは怠ってはいけないだろう。俺が兄の尻拭いをしているようでいささか気乗りしない。
が、平穏に生きたいし、嫌悪の視線を向けられるのは懲り懲りだ。これまでのようなモブ生活に近づけることが、したい。
本当のところは、すぐさま元に戻れれば一件落着なのだが。このような異常事態を解決するためのヒントなど、簡単には転がっていまい。
人格転移の改善をはかる行動も、すこしはやっていこう。やるべきことは山積みだが、一個ずつ潰していく。
「さて、鈴森は大丈夫だったかな……」
鈴森とカラオケで熱唱した後。
夜遅くに家について、ようやく布団まで来ることができた。
『きょうはマジ最高って感じだった! サンキュー! また翔也と会いたいって感じ』
好感触だった、といってよいのではないだろうか。
別れるときも、リラックスした様子だった。兄の記憶によれば、最近はぎこちない笑いが多かったらしい。いい時間を過ごせたのではないだろうか。
「次なるターゲットは……」
日々関わりがある人間に信頼を得なければ、始まらない。
長期的に見れば、クラスメイトからの信頼を取り戻すのが先決だ。
特定の相手は誰がいいだろう。
むろん、翔也がつるんでいるグループだ。
いままでのやり方を見てもなお、ついてきた仲間だ。心機一転したのだと大々的に喧伝し、付き合いを改めた方がいい。
自分の価値観や評判は、周りにいる人の存在も加味されるという。
「嵐山かな」
嵐山は、翔也と交流のあった人物らしい。兄貴同等のヤバい奴だ。類は友を呼ぶとはまさにこのことである。
高い背丈と筋肉質の体型は、大きな岩を思わせる。
静かで口数は少ないが、一度牙を剥いたら最期、というような恐ろしさがある。眠れる獅子であり、通り過ぎれば大きな嵐でもある。
彼から、共に悪さをするタマでないと思わせる。そのためにも、一度会って話をする。
なお。
「女の人、なんだよな」
女番長というやつだろうか。男気のある人といえようか。
同性であっても恐ろしいタイプだが、そうでない以上怖さも倍増である。
「とりあえず、会うか」
夜が明けたら、予定を取ろう。
翔也が築いてきた関係性からして、突然会おうといっても、許してくれよう。
過去にはいくつか諍いを起こしている相手のようでもあるのだが。
不安が胸の中に押し寄せてくる。それでも、眠気はしっかりやってくるのだった。
次の日。
朝になって、嵐山に連絡を取った。
答えはオーケーとのこと。淡白な返事がきた。
「放課後に体育館裏、どう考えても締められそうな場所だよな」
そんな思いが、俺の中に生まれる。
嵐山は、テンプレートを重んじるタイプらしいから、あまり大袈裟に捉えることもないだろう。
そのはずが、この翔也の身体はいささかの拒絶反応を示していた。本能というやつか。
いまさら約束を
「よ、私の翔也」
嵐山への連絡を済ませた頃、鈴森が話しかけてきた。
「ああ、おはよう」
「なによ、辛気臭い面しちゃってさ。らしくないよ。もっと堂々としたらいいよ」
「人間、ときには怖気ずくときもある。それも、些細なことに」
「些細なことなら、いっそびびる必要ないって。私は、基本翔也の側につくって決めてるし」
「頼りになる。ありがとう」
そういうと、鈴森は意表を突かれたような素振りを見せた。
「翔也が感謝の言葉を述べるなんて、何年ぶりだろう」
「気分だよ」
「それでもうれしいものはうれしいの」
すべてを当然であるかのように捉え、処理してきた翔也。
またしても、らしくない行動になってしまった。
感謝の意を伝えるのは当たり前だろうけど、鈴森には真新しさを感じさせるものだったらしい。
「じゃあ、応援してるから。恐れてるなにかを、解消できるように」
ニコッとしながら小さく手を振られ、鈴森は去っていった。
やってみせよう、と心に決めて、朝のホームルームを迎えた。
きょうという一日は、放課後まですぐ過ぎた。
この身体に蓄積した疲れが、授業中の快眠を誘ったからにほかならない。
授業が頭のなかでぐちゃぐちゃになる経験は、久しぶりのものだった。
「いよいよか」
鈴森にふたたび背中を押され。
約束の地、体育館裏へと足を運ぶ。
周りからの視線は相変わらずだった。目的地に近づくたびに、強者のオーラが強まっていくのを感じた。違和感だ。
第六感というものがあれば、嵐山から放たれるオーラを具体的に認識できたんじゃなかろうか。
「久しいね、入川翔也」
ハスキーボイスが、低く響いた。
「嵐山……」
「なにを珍しそうな目で見ている? 他人でも見るかのようだ。喧嘩でも、売っているのか?」
ひと言ひと言が重くのしかかる。
強者の圧力を受け、喉が渇く。
「お前、誰だ?」
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