第2話 幼馴染の本心

 兄貴の体で過ごす生活は、違和感の連続だった。


 翔也の体は、かなり筋力が強い。力加減の調節が難しかった。食欲もふだんの倍近くは湧いただろうか。


 人と話すことは、ときどきあった。が、脳内に残された記憶を頼りに、なんとかコミュニケーションをとっていた。


 ようやく迎えた放課後。


「やっほー、翔也!」


 鈴森だ。


「相変わらず元気そうにやっているな」

「私のアイデンティティだし? テンション上げてこーよ」

「それもそうだな」


 翔也というクソ兄貴は、さまざまな不祥事やトラブルを起こしている。それでもなお、見捨てずについてきている鈴森という女。


 長年の付き合いから、惰性で関係を続けているのか。鈴森という人物の優しさなのか、それら両方か。


 情報として、彼女のことはわかっている。が、実際の肌感覚で知ることのできるものだってある。今回は、対話を重ねて真意を探る方針でいこう。


「手繋いでいい?」

「ああ」


 ボディタッチ多めの様子は平常運行らしく、慣れないが手を差し伸べる。


「やった! このごっつくて強い手がいいんだよね」

「周りに見せびらかすのも程々にしておこう」


 記憶によれば、ふだんかけている言葉らしいが、これは俺の本心でもあった。


 廊下を歩いているだけでも、周りの人からの拒否反応が伝わってくる。獣を恐れる捕食者たちの態度といったところだろうか。


 これぞ歩く不発弾である。


 入れ替わる前と、あまりに反応が違う。慣れる気が一生しない。


 周りから距離を置かれる空気を感じながら、カラオケ店へと直行していった。


「なにを歌う?」


 そう確かめる。


「いつものアゲアゲな曲たちと……まぁ、あんま変わらない!」


 何度もいっているようで、歌う曲もある程度ルーチンと化している。


「そんなことよりもさ」

「ん?」

「歌うのが本題じゃないんでしょ? 私のことが欲しくて誘ったんでしょ?」


 嫌な情報だから、スルーはしていたが。


 翔也は、この鈴森と何度も関係を持っている。行為に至らずとも、鈴森自体をモノとして扱うような、乱雑な態度を繰り返していた。


 初めから一方的だったが、次第に鈴森はすべてを受け入れるようになったらしい。本人がすすんでおこなっていたかは、議論の余地があるところだ。


 この体の本能としては、鈴森を痛めつけろ、と叫んでいる。


 だが、そんなことができるはずもない。


 平和に過ごすことを決め込んでいるし、初対面の相手を痛めつける趣味もない。


 そして、一方的になされるがままの相手を黙って見過ごせるほどの薄情さは、持ち合わせていなかった。


「そういうのはナシだ」

「……え? どういうこと?」

「愛のない感情の押し付けは、ただの暴力だ」

「らしくないじゃない。まぁ、そんな日だってあるでしょうけど」


 気丈に振舞っていたが、どこか安心した様子を見せていた。


「そしたら、きょうは本当にカラオケだけなの?」

「当然だ。そのつもりで、きょうはきている。だめだろうか?」


 状況を飲み込めないという感じを、鈴森は見せた。


 それからすこしして、現実であると飲み込んだようだ。


「わかったわ。じゃ、歌いましょう?」


 この段階で、もはや翔也の完全な真似なんて不可能だと再確認した。暴力も横暴な態度も不可能だ。演技だからといって、自分の信念に反することもないのだから。


 自分のあまり聞かない曲ばかりだったが、体が覚えているので、一緒にハモって歌うことができた。


 そうやって歌っていると、鈴森の表情も緩んできた。いつもは見せないらしい、少女の微笑みをしていた。


「はぁ……いつもはクールさんな翔也も、こんだけノリノリで歌えるんだ」

「いろいろとむしゃくしゃしたからな」

「ふだんなら、拳に転じるところだろうに」

「考えなくてはならない問題に直面した。詳しくはいえないが」


 鈴森は、このことに追及する様子は見せなかった。


「事情はどうであれ、あんな楽しそうにハモる翔也は久しぶりだったなぁ。なんだか、昔に戻った気分」

「昔?」

「なんのしがらみもなくて、無邪気に遊んでた昔の話。あの頃、結構気に入ってたから」


 ここ最近の翔也の振る舞いには、思うところがあったのだろう。


「最近の俺は、嫌だったか」

「どうなんだろう? わかんない。私が付き合いを辞めなかったって事実だけがあるだけ」

「変な悪名が広まった状態の方がいい?」

「……あんまり。他の子との関係性もあるし。こんなこと、絶対ふだんはいわないんだけど」


 鈴森が求めているのは、いままでの翔也でないことは明らかだった。


 変革を望んで、長い期間待っていた。おそらく、歪んだ姿でも、なにをされようとも付き合いを続けようという覚悟を持っていた。


 そんな無理をさせるようなことを、させたくはない。


「傷つけるようなことはしない。やっぱり、平穏な日々を過ごすことが大事だと、ようやくきづいただけだ。改めて、よろしく」

「もちろん。どんな翔也だって、翔也だから」


 それからカラオケは延長になった。夜遅くまでハイテンションな曲をぶっ通しで歌うのだった。

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