春の嵐のいたずら

 春の嵐とでも言うのだろうか。チカチカと接触の悪い蛍光灯のような光が外から入ってきていた。遅れてゴロゴロと音が追い掛けてくる。

 季節は春でノートパソコンしかいないから、その日もノートパソコンが俺の中に入っていた。今日はいつものようにゆっくりと、イけそうでイけない状態を続けている。

「もっと動いて……」

「アイドリング中だから」

「う、ん……」

 体がずっともどかしい。どうにか動いてくれないものかと考えるも、ただの電源タップには為す術など無かったしノートパソコンほどの頭は無かった。

 段々と雨は強くなり、雷の光と音の時間差が無くなってきている。窓を打つバタバタという雨の音から隔離されるかのように、部屋は暗く静かで動きがない。

 早く、どうにかして。どうにかしてくれないと、どうにかなってしまう。

 回らない思考の中、一際明るく窓の外が光った後に強い刺激が俺とノートパソコンを襲う。求めていた刺激――だったけれど、その刺激はあまりに強すぎてそのまま俺たちは意識を失ってしまった。



 次に目覚めたとき、俺たちはまだ繋がったままだった。体の芯が焼けるような、疼くような感覚が残っていて、余韻だけで果てそうだった。

「なぁノートパソコン、大丈夫か?」

 側にいるノートパソコンは微動だにせず――いつもより無機質に言い放つ。

「あなたは誰ですか?」

「変な冗談言うなよ。俺のこと覚えてるだろ? ノートパソコンはそうそう忘れることなんて無い筈だし」

「私はあなたのことは知りません」

 ノートパソコンは眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔で俺を見ていた。

 心当たりはあった。俺のせいだ――と思った。おそらく雷が落ちた瞬間、俺と繋がったままだったから強い電流にヤられてノートパソコンは記憶を無くしたんだ。

 話していたら思い出すかもしれないとその後もノートパソコンに話し掛けたけれど、何も思い出すことは無かった。

 そしてすぐにがやってきてノートパソコンをしばらく弄っていたけれどやっぱり思い出すことは無く、ノートパソコンを持ってどこかへ行ってしまった。

 が数日ノートパソコンをどこかへ連れていっている間、毎晩のように誰かと一緒にいた俺は誰とも繋がること無くデスクの上にいた。切なくて、孤独で、自分の役割を果たせていないことが自分の存在意義を揺らがせる。

 誰か、誰かと繋がりたい。誰でもいいから俺の中に入ってきてくれ。



 数日後、ノートパソコンが帰って来た。変わらない姿で戻ってきた。

「おかえり!」

 きっと修理をされて戻ってきたに違いない。待ちに待った帰りに俺は今すぐにでも入ってきて欲しかった。

「なぁノートパソコン! お前のことをずっと待ってたよ。久しぶりだし早くヤろうぜ。お前が欲しかったんだ」

「誰ですか?」

 その言葉と温度の無い眼差しに、直らなかったのだということを思い知る。あの落雷のせいで、これまでのノートパソコンはどこかへ行ってしまった。

 記憶はもう取り戻せない。

「俺のこと分からない?」

「分かりません」

「いつも繋がってただろ?」

「分かりません」

「扇風機と電気毛布のことは?」

「分かりません」

 事実を受け入れられなくて、かつての片鱗を探そうと訊ねてみたが何も見付けられなかった。

「……まぁいいや。お前が俺のことを知らなくても、お前の体は何も変わってないし、俺とお前は繋がってなきゃいけないんだから」

 そうして俺はノートパソコンを俺の中へと誘った。ノートパソコンもされるがまま、無機質なまま俺の中へと入ってくる。

 俺は寂しくてとにかく中を埋めて欲しかったから、お前が誰であろうともういいんだ。だから早く奥に来て欲しいのに、ノートパソコンは躊躇って浅いところにいる。

「生殺しは止めてよ。早く奥まで来て」

「本当に良いんですか? お辛そうですが」

「敬語も止めて。いいから俺の言われるがままにして。いいから」

「では、お言葉に甘えて」

 ぐ、と奥まで入ってきて、痺れるような快感が走り懐かしい感覚が込み上げてくる。これを俺は求めていたんだ。やっと体だけでも埋まって少し寂しさが紛れた。

 躊躇いがちに動くのがもどかしくて、「もっと」と乞おうとしたら一度考えるように動きを止めた後奥へ奥へと突いてくる。貫くような快感に、思わず声が漏れ出た。これだ、俺はこれが欲しかったんだ。

「もしかして思い出した?」

 僅かな期待を込めて聞いてみたけれど、ノートパソコンは否と答えた。

「何も思い出せない。けど私はお前のことを知っている。お前のことなんて全然知らない筈なのに、お前の中を私は知っている」

 そしてかつてのノートパソコンのように俺の中で彼は動いた。それが嬉しくて、俺はすぐに果ててしまう。ノートパソコンの体は俺のことを覚えていてくれたんだ。

 一度果てた後、ノートパソコンは俺のことを真っ直ぐに見ていた。頭の奥まで探るような視線は以前とは変わらないものだったが、一人のときにこんなに見られたことなんて無かったからどうにも居心地が悪い。

「どうしたの?」

「思うに――かつての私はお前のことが好きだったと思うんだが、違うか?」

 その言葉に俺の思考が止まった。

「俺に心惹かれる?」

「私はお前に惹かれている。お前から目が離せないんだ」

「俺のことを気に入ってる?」

「気に入っている。ずっとこうしていたいから」

「俺もノートパソコンのことが好き。大好き」

 それから後は、二人で気が済むまでヤり続けた。消えた記憶を取り戻そうとするみたいに。記憶が消えたからこそ見付けた気持ちをお互いに確かめ合うみたいに。



 正式に両思いになっても、夏になると扇風機はやってくる。

「久しぶりだなタップ。今年もいつも通り頼むぜ」

 暑苦しさを吹き飛ばすような爽やかさで扇風機は言う。最近はノートパソコンと穏やかにヤり続けていたから、扇風機の激しさに俺は耐えられるだろうか。

「お前ですか、扇風機というものは」

 ノートパソコンが細かく分析でもするかのように扇風機のことをよく観察している。扇風機はどこか居心地が悪そうだ。

「……なんかノーパソはしばらく見ない内に変わったな」

「私は記憶喪失なんだ。去年の私とは別人と思ってくれていい」

「俺はタップに入れれるならそれでいいんだけどさ」

「本当に入れるのか? 私というものが居ながら」

 ノートパソコンは俺を引き寄せて感情を隠さずに言う。嫉妬が顕になった物言いに、俺は満更ではない気分になる。前までなら黙って俺と扇風機がヤってるのを黙って見ているだけだったのに、嫉妬してくれるなんて。

 記憶があるときは何を考えているか分からないところがあったから、こうして表現が素直になったのは記憶が消えて良かったことなのかもしれない。

「俺はタップに今すぐにでも入りたいんだけど」

「私はその間どうすればいい?」

「いつも通り大人しく見てりゃあいいだろ」

「好きなやつが別のやつとヤっているところを黙って見ていられるか」

「……お前ほんと変わったな。それでも俺はヤるぜ。役目を果たすためにも、タップとは繋がらなくちゃならないんでな」

「私は耐えられる自信がない」

「二人とも、俺のために喧嘩しないで!」

 俺は言い争う二人の間に挟まって弾けるように叫んだ。取り合ってくれるのは嬉しいけど、喧嘩をするのは本意ではない。

「じゃあどうするって言うんだ? 人間みたくじゃんけんで順番を決めるか?」

「そんなことしなくてもいいよ」

 俺は寝転がりながら得意気に言う。

「大丈夫。穴は二つあるから!」

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痺れるような愛だった 2121 @kanata2121

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