何者
思わず後ずさりする。が、元々もう十分すぎるくらいに離れていたので、二歩ほどで制止する。
そして動向を探るようにじっと見つめると、彼女は首を傾げた。
「幽霊が怖いんですか?自分も幽霊なのに?」
黒くてぼんやりとしたオーラをまとったまま、ゆっくりとこちらに向かってくる。
あ。これ、殺される?後ずさりが癇に障っちゃった?私ここで死ぬの?
まだ、というかまた死にたくないから、とりあえず謝ってみる。
「ご、ごめんなさい……?」
「何がです?というかまだ怖いですか?わたしのこと。あなたと同じ、ただの幽霊なんですけど」
あっけらかんとした表情。嘘はついていないようだった。
ふと考える。
彼女は、自身が悪霊であることに気付いていない?
「……本当にただの幽霊?」
「そんなに疑いますか?ちょっと悲しい」
眉を八の字に下げて歩みを止める。
「何も、悪霊と対面した!みたいな反応しなくても」
会話をしてみて抱いた彼女の第一印象は、「繊細そうな子」だった。
彼女にしてみれば、私は単なるビビり。それでも、この悲しそうな表情。
その上「あなたは悪霊だ」なんて伝えるのは、彼女にとって酷な気がした。
ぐっと口を噤んで
「ごめん、急に現れたから驚いちゃった」
私がそう言うと、彼女は安堵したように息をついた。
「ならよかったです。安心しました。……というか、初対面でタメ口ですか?距離を詰めるのが早いって、生前によく言われませんでした?」
この一言で、己がタメ口を使っていたことに気付く。確かに、言われてみれば。
「ごめん。年下の子に見えたから、つい。あと言われたことはある」
あるんですか、とふっと笑う。笑顔が愛らしい。
「わたしは同い年に見えるんですけど。今おいくつなんですか?」
「十六歳だよ。体はね。幽霊になって五年くらい経ったから、中身は二十歳過ぎ」
「じゃあ年上だ。わたしは体も中身も十六歳なので」
「体が同い年なんだから同い年。タメ口でいいよ」
私がそう言うと「そうですね。じゃあタメ口で」と笑った。
そして、少し申し訳なさそうな表情になった。
「嫌な気持ちにさせたらごめんなさい。……どうして右腕がないの?」
あぁ。さっきからやけにチラチラと私の右半身を見ていると思ったら、そういうことか。気を遣わなくていいのに。
「事故に遭ったんだよ。凄いスピードの車にはねられて、その衝撃でぽーんと。主な死因は、それによる失血みたい」
淡々と説明すると、彼女は「そうだったんだ……」想像するだけでも痛い、と顔を歪ませた。
―― 両足がない君も、私には十分痛々しく見えるが。
ひんやりとした廊下の中、ここにだけ流れる、ぬるくて柔らかい空気。
話し相手もいない。退屈だった五年間の幽霊生活に、彼女という光が差した気がした。
「そうだ、名前を聞いてなかった。私は
彼女はハッとしたように顔をこちらに向けた。
「そうだった、ごめんなさい」
手を前に組んで、まるで面接のような立ち姿。
「わたしは
一命なんて柄じゃない 公下煌璃 @KugeOuri
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