一人の幽霊
数年ぶりに思い出したな、私の死に際。
今思うと、あまりにも必死で笑ってしまう。人生初の懇願が人生最後の日だなんて。
まぁ、きっとそのおかげで私は幽霊として現世に残ることを許されたのだから、結果オーライってところだろう。右腕は幽霊の身になっても返ってこなかったが。
幽霊は幽霊が視えるらしい。
この五年間、現世をフラフラと彷徨っている私だが、ときたま他の幽霊とすれ違うことがあった。とはいえ、私くらいの若い人は自殺でもしない限りそうそう死なないし、自殺は現世に不満を持った人たちの行動なのだから、わざわざ幽霊になって辛い思い出がある現世に戻る、なんてことはしないのだろう。
だいたいは若くして病気か事故で亡くなって、家族が心配で放っておけなかったであろう中年の人たちだ。
すれ違ったって会話をするわけでもなく、目が合えば会釈するくらい。所詮は他人同士だった。
私が幽霊になった理由は冴絵を見守ることだから、基本的に冴絵が通う高校に入り浸っていた。座学は聞いていても退屈で仕方がないが、体育や化学の実験を見るのは楽しかった。休み時間に、冴絵が友達と楽しそうに話しているのを見ると安心した。
冴絵は友達に私のことを話していないようだった。
無理もないだろう。突然、姉が交通事故で死んでしまったなんて言えば、この子は可哀想で不幸な子なのだというレッテルを貼られかねない。冴絵は差別をとても嫌う子なのだと、この五年間で気付いた。
それでも、冴絵が幸せに生きていることが分かったなら、もう自分は成仏してもいいのではないか。
何度か考えたことがあるが、その度に私は現世に残ることを選び続けてきた。
冴絵は危なっかしいのだ。身も心も。
冴絵は誰に似たのか、つい人目を引くような美人に育った。
肩まで切り揃えられた艶のある黒髪、猫のようにすっきりとした目鼻立ち、透けそうに白い肌。
外を歩けば、すれ違う人に振り向かれる。友達に誘われて都会に出向けばナンパやスカウトが絶えなかった。本人は大変不愉快そうだったが。
そして心の面だ。
私が死んで五年経った今でも、毎晩のように「お姉ちゃん・・・・・・」と布団の中で呟く。時折すすり泣く声も聞こえた。
まだ私のことを忘れないでいてくれるのは嬉しいが、まだ幼かった冴絵に辛い経験をさせてしまったとあの日を後悔する。
そんなこんなで、まだ成仏の予定はない。
私がまだ冴絵を見守っていたいという自分勝手な気持ちも理由のひとつである。シスコンと言われれば、否定したいところではある。家族愛なんてそんなものではないのか。
・・・
今日の学校は座学ばかりで面白くなかったので、試しに上級生の校舎を覗いてみることにした。
今まで覗きに行ったことがないわけではない。二年ほど前に校舎を徘徊していたらどうやら霊感持ちの子がいたようで、右腕のない私の霊体を見て怖がらせてしまった。それから何となく行きづらくなってしまい、今日は久しぶりの校内徘徊である。
校舎は二年前と変わっていなかった。上履きの踏み跡が壁の至る所にあるが、暴君でもいたのだろうか。
長い廊下を進みながら教室をちらっと覗いてみると、大学受験を控えてピリついた空気の中、生徒たちが座って静かに授業を受けていた。
ここは見ていても面白くない。通り過ぎて次の教室を覗く。
二組、座学。
三組、座学。
四組、座学。
どこを覗いても座学。座学。
「つまんなーい!」誰にも聞こえないのを良いことに腹から叫んだ。もちろん反響なんてしない。
「いいや、冴絵の教室戻ろ」
小さくぼやいて踵を返した。その時だった。
「誰ですか?」
誰もいないと思っていた廊下の先に、暗い、憂いをまとったような少女が、まっすぐに私を見据えて、ぼんやりと立っていた。
両足がない。透けたこの子は生きた人間ではない。
そして、はっきりと感じた。
私も理由は分からない。
だが分かるのだ。
この少女は悪霊であると。
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