第20話 幻龍の推理

 三月前、オレは皇帝と取引をした。



「月華宮に住みたいだと! いくら来客用とはいえ、あそこは朕の妃たちも住まう後宮内廷だ。いかなる理由があろうとも認めるわけにはいかぬ。その意味は分かっておるな?」


「はい。例外を認めれば必ずや、秩序が乱れます」


 深く頷く皇帝。


「そうだ。少しのほころびや気の緩みから、国が滅びることだってあるのだ。それでもあの月華宮に住みたいと、申すか?」


 こんどはオレが深く頷いた。


「はい。オレにできることであれば、なんでもいたします。ですので、どうかこの件だけは認めていただけないでしょうか」


「いい意味で変わったな。いつもならすぐにあきらめしまうお前が……理由はなんだ」

 

(皇帝に褒められたのか?)



 今は余計なことを考えず、紫霞さんについて、その知っていることすべてを皇帝に話した。


 

「それは本当なのか?」


「はい!」

 

「ではなぜ、麗鳳殿の偽物があんな不思議な術を使えるというのだ?」


「すみません。オレはその不思議な術を見ていないので答えられませんが、彼女にもなにやら深い事情があるようです」


 言葉を濁すことしかできなかった。正直、オレだって分からないことが多すぎて、確信が持てないのだ。せめて、二年前の記憶を思いだしてくれさえすれば、もしや――。


 眉間に深い皺をよせ、皇帝が口を開く。


「まぁよい。お前のその提案受け入れよう。ただし、ひとつ頼みたいことがある。よいか、他言無用だぞ!」


 オレが頷くのを確認してから、皇帝が話を続けた。


「実は、皇后の住まう柘榴宮には金印が隠されている。それをこっそり取り返してきてほしい」



 金印とは、その名の通り、黄金で作られた印鑑のことである。白鴎国の三代皇帝、龍王りゅうおう時代に、八咫国の西軍総大将の影雷えいらいから友好の証として受け取り、その後、代々受け継がれてきたと聞く。その扱いは、国宝級で、もし万が一なくしたとあっては、皇帝とて首が飛びかねない。そんな重要な金印を、この人は本当になくしたのか?



 理由を聞くことはできなかったが、もしかしたら皇后に金印を盗まれたのかもしれない。それならば、自分や部下に厳しい皇帝が、皇后にだけはなにも言えず、好き放題にさせていることにも納得がゆく。

 


 オレは依頼を了承し、感謝の言葉を述べた。

 


 相手はこの後宮を牛耳ぎゅうじる皇后。一筋縄ではいかないだろう。長期戦の可能性も否めない。となると、まずは先発部隊を投入し情報をある程度得たところでオレ自らが動く必要がありそうだ――。




 ◇◇◇




 あれから早三月が経った。


 皇后に関する情報もだいぶ集まってきた。そろそろ頃合いだな。そう思ったオレは目立つ銀髪を黒く染め宦官に変装し、柘榴宮の潜入調査を始めたのだった。



 ――驚いた。まさか、ここに紫霞さんが来るとは思ってもみなかったからだ。


 おそらくあのようすだとオレに気づいている。まぁ、それは月華宮に帰ったらうまくごまかすとして、不可解だったのは、紫霞さんが皇后を占うのを拒否したことだ。


 それも、いちど皇后のそばにまで近よって、期待感を持たせたうえで断った。オレの知る彼女なら絶対にやらない行動だし、話し方も違っていた。


(もしや、二重人格者?)


 そうだ。そうに違いない。


 二年前オレと出会ったことを思い出せないこと。

 皇帝が見たという、不思議な力を使った占い。

 そして、今回のらしくない行動。


 すべて辻褄が合う。間違いない。


 そんなことを考えているうちに、麗鳳に成りすました紫霞さんは、肩を落とし帰って行った。


(落ち込むほど、嫌だったら、最初からあんな皮肉めいたことをしなければよかったのに……それとも、二重人格者とはこういうものなのか?)

 


ちょう淑妃こちらに」


「はい。仰せのままに」


 後方にある無数の柱のうちのひとつから、姿を現した。


「他の妃のみなさんもよく聞いてください。今回の期限は五日ですよ」


 なにやら、不穏な空気が漂う。それは無数にある柱の陰のひとつひとつから湧き立っていた。


「思う存分嫌がらせをしてけっこうです。日頃溜まった鬱憤うっぷんを晴らしましょう。さらに今回は、わたくしを侮辱した罪も加え殺害まで可とします」



 魏皇后の嫌な一面を見てしまった。



 即退去ではなく、そこに五日間の期限を設けた真の意味を知ってしまった。おそらく、紫霞さんたちは、今の生活を気に入っているはずなので、なんとしてでも退去命令の取り消しを求めるはずだ。

 

 その最も効果的な行いが高価な貢物を送ること。


 妃たちはその弱みにつけ込み、わざと嫌がらせをすることで、日頃溜まった鬱憤をはらす。すでに詰んでいるとも知らない紫霞さんたちを、よってたかっていじめる魂胆なのだろう――これは早く帰って皆に知らさねばならん。

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