第19話 柘榴宮の皇后

「不愉快です」


 柘榴宮を訪れた私が、皇后から授かった最初の一言である。


「時間も守れなければ、貢物みつぎものもない。それにその服装はなんなのですか? どうやらあなたは、


(おっしゃる通りです。はい)


 大遅刻した段階で、こうなることはすでに薄々気づいてはいた。ちゃんと薄布を外して、普段は見せない顔をさらしているというのに、その敬意はまったく伝わっていないようだ。残念。


 皇后の話はその後も続いたが、「ガミガミ、ガミガミ……」後は聞き流た。


 それよりも、ここ柘榴殿は、今まで見てきた何処よりも広大で、そして、珍しいものがたくさん飾ってあった。そのため遅刻してしまったのだ――というのは嘘で、迷子になってもおかしくないほど広いと言いたいだけ。


 私が今いるこの謁見えっけんの間もその例外ではない。柱が無数に立ち並び、その中央には十一段の階段がある。その頂上に玉座とも呼べる豪華な装飾の施された椅子が置かれ、皇后が座っている。そのさらに頭上には、なぜか大きな青銅色の玉が吊るされていた。


(あれが落ちてきたら確実に死ねるぞ!)


 十一段ある階段の両脇には、世話役の宦官と女官が直立不動で並び、視線を合わせないよう下を向く。


 ん!? 見知った顔がある。


 彼はいつもの銀髪ではなく、墨のようなまっ黒な髪を束ねることなく垂らし、周囲と同じ茶色の官服に、鈴付きの朱色の笠帽子を目深に被っていた。


(いったいそこでなにをしているんだ?)


 月華宮で清蘭が「幻龍様なら何処かに用事があるとか言って数刻前にでかけられました」と言っていたのを思い出した。これが、その用事なのか?


「……聞いているのですか?」


(どうやら話が終わったようだ)


「…………」


 沈黙が続く。

 この勝負先に喋った方が負けだ。


「わたくしの、今後を占ってもらいたいと言っているのです!」


 よし、私の勝ち。

 ちなみにこの沈黙勝負、今のところ無敗である。


「皇后さまは最近ひどくお疲れのようすで、夜もなかなか眠れないとおっしゃっておいででした」


 世話役の女官が言葉を補足し、私がここに呼ばれた理由をようやく理解した。


 いつも頼んでばかりで悪いけど、今回もいつしかのようにお願い麗鳳。


<否。人としての常識を持ち合わせていないような奴には協力できません>


 それって――主語は誰なの?

 

 わたし?

 それもと皇后?


<疑。少なくともお前ではないです>


(よかった。一日にふたりから同じことを言われたらさすがにこたえる)


 でもさぁ、困っている人を見かけたら、見捨てたりはできないでしょう。だから――お願いします。


<了。わかりました。では、体を借りますよ>



 はい。よろしく。


 ほんの一瞬だか、意識が飛ぶ感覚があった。すると、わたしでない、わたしの体は、十一段ある階段をゆっくり上り、皇后に近づいたのだった。皇后の頭の上から足の先まで、舐め回すように観察する。


 そして、無言のまま階段を下り、元の地位に戻ると、わたしの予想もしていなかった言葉を発したのだった。



「絶。断る」



 

 皇后の眉が一瞬上がるも、その表情は冷静なものだった。


「五日です」


 周囲がざわつく。

 私には言っている意味すら分からない。



「五日以内にこの後宮からでて行きなさい」



 普通だったら顔色を変えて怒り狂ってもおかしくない状況で、皇后は顔色ひとつ変えることなく、無表情にして淡々と追放命令をくだしたのだった。



 私がなんの疑いもなく麗鳳に体をあずけてしまったせいで、最悪の結果を招いてしまった。



 これまでなんどか助けてもらい、すっかり忘れてしまっていたが、彼女は私を嵌め、八咫国追放のきっかけを作った女だった。そうあの日、小舟の上で私が絶対に殺すと誓った復讐相手。



 私は沈んだ気持ちのまま、重い足どりで、来た道を戻った。そんな、わたしの帰りと同時刻、麗鳳(私)の月華宮、退去命令が書状で届いたのだった。


 期限は五日。




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 次回予告


 次回は、幻龍視点で物語が描かれます。こうご期待。(二回目)

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