第21話 すれ違い


 魏皇后の思惑を知ったオレは、密命である金印探しを中断し、急いで月華宮へと戻った。



 普段から皆の集まる大広間に牛乳のよい匂いが漂う。どうやら夕餉の前に、なにか甘いものでも食しているようだ。


 オレが言うのもなんだか、紫霞さんは、意外にも料理が得意で、特に甘いお菓子を作るが大好きなのだ。皆の好みをすでに熟知している彼女は、個々に微妙に甘さを変える気遣いまでしてくれている。だからだろう。オレだけでなくみんなこの時間帯を特に楽しみにしているのだ。


(今日あんなことがあったのに、オレたちのために料理もしてくれていたんだな)


「ただいま戻った。急ですまないが余の話を聞いてはくれないか?」


 卓上には、蒸籠せいろが置かれ、その中に碗を満たすまっ白なお菓子が目に入った。双皮奶ミルクプリンである。前にいちど食べたことがあり、そのもちっとした食感が癖になるお菓子だ。そして、余の一番好きなお菓子に昇格したものでもある。なんでも、牛乳と卵白となにかを混ぜ、煮込んだ後、蒸すらしい。なにかは企業秘密だそうで、教えてはくれなかった。



「幻龍様? でしょうか?」

「なんだその髪? 似合ってねぇ~」

「失礼よ。景陽♡」

「それよりも大変なことになっちまったぞ、幻龍」

「お、おか、えり」



 清蘭、景陽、華鈴、天鷹、紫雲さんの順番で声をかけられる。


 双皮奶をさじですくい、皆が美味しそうに食べている。紫霞さんが、オレの分を手渡ししてくれた。


「ありがとう」


 なんだか、家族のような温かさを感じた。よし、まずはこの双皮奶を食べ終えてから話の続きをしよう。


 オレがお菓子を堪能していると、深刻な表情をした天鷹から書状が手渡された。その内容は読むまでもない。五日後までに退去せよと書かれていた。


「なんでも嬢ちゃんがやらかしてくれたらしい」


(さすがに今回は笑えない)

 

「それで退去命令の取り消しをしてもらう方法を、菓子を食べながら会議してたんだ」


 やはり、オレの思った通りの流れになっていたようだ。


「幻龍も話に加わってくれ」

 

「ああ。実は……」


「なんだかんだで、貢物が一番に決まってる!」


 オレの話は、景陽によってさえぎられてしまった。


 たった今話に加わったオレとはその『意気込み』と言ったらいいのだろうか、熱量が違いすぎていて話に加われない。


「なにかよいあてでもあるのか?」


「オレの父は仕事でよく八咫国に行くんだ。そのとき超高額の反物たんものという生地を買いつけているのを見たことがある」


「よし、それにしよう!」


 掲揚と天鷹で話が進む。


(オレが柘榴宮で潜入調査をしていることは口が裂けても言えない。では、これがすでに詰んでいるということをどう伝えればよいのやら……)


「天鷹様、皇后様はすでに贅沢を知り尽くしていらっしゃる方なので、珍しい花というのはどうでしょうか?」


「アタイの祖国には、数年にいちどしか咲かない地湧金蓮ちゆうきんれんという花があります。地面から直接生える珍しい蓮で、金色の花びらを持つ豪華な花です」


「そんな珍しい花が都合よく手に入るのか?」


「はい。最近母から手紙が届き、その花がもうすぐ咲きそうだと知らせてきたのです。それも双頭蓮そうとうれんですよ」


「それは本当か? 一茎に二輪咲く蓮は俺もまだ見たことがないぞ。華鈴ちゃんはどう思う?」


「わたしは、肩たたき券がいいと思う♡」


 掲揚と清蘭がお互いの顔を見合わせる。本気で言っているのか? といった表情だ。


「決まったぞ幻龍。反物も地湧金蓮も捨てがたいが肩たたき券になった」


(妹が絡むとこうなるのが本当に残念でならない)


 オレが頭を抱え落胆すると、おもむろに袖を引っ張られた。


 振り向くと紫霞さんと視線が合った。めずらしい。


「は、話が、あるっ」



 オレたちは皆の声が届かぬところまで距離をとった。



「こ、皇后の、と、ところに、いた、だろっ」


(金印のことは口が裂けても言えない。ここは、うまくごまかすしかない)


「たまにああやって宦官に成りすまして、後宮内を観察するのが余の趣味なんだっ」


「う、嘘っ。なにか隠してる」


(鋭い)


「なにも隠してなんかいないさっ。それより紫霞さんはどうしてあのとき、占いを拒否したの?」


「…………」


 無言。

 

「ズルいな……そうやって黙るのは。でも、隠しごとをしているって点では紫霞さんだって同じでしょ」


「えっ! わ、私、なにも、隠して、いないっ」


 いつにも増して挙動不審になっている。

 身振り手振りまで追加した。


「本当にそう? 本当は二重人格なんじゃないの?」


 紫霞さんは、目を大きく見開き、しだいに涙目になるのだった。


(違ったのか? それとも……)



 それはまるで心臓を締めつけられているようだった。あんな悲しそうな顔を見たのは初めてだった。彼女はオレから背を向けると、急に走りだし広間からでて行ってしまった。



(やってしまった)

 


 普段のオレだったら絶対に彼女を追いかけていた。


 でも、今回は違う。

 時間がないのだ。


 退去命令の書状が発行され、すでに詰んでいるこの状況を打破できる策など本当はもうないのかもしれない。それでも、金印を探しだし皇帝の手元に戻せば――紫霞さんとのわだかまりを残したままここを去るのは辛いが時間がないので仕方がない。


 皆には、無理だけはしないことを伝え、オレは金印捜索を再開するため柘榴宮に戻った。


 


 追放まであと4日。

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