第16話 秘密

「……安心して死んでください」


 禿げと言われ(普段は潤いのない縮れた白髪を頭の上に乗せている)顔を真っ赤にして激怒する聡賢が、手を上げ部下に合図を送る――しかし、周囲に隠れていたであろう者たちは、一向に姿を現さなかった。


 なんども、手を上げ下げする聡賢が、やたらと滑稽こっけいに見えた。


「そこまでだ!」


 聞きなれた声の、聴きなれない言葉だった。声の主は幻龍。



 ――これはその後に聞かされた話なのだが、私が天井裏で蜘蛛の巣と格闘している間に、幻龍たちが聡賢の屋敷をとり囲み、部下たちをひとり残さず倒してしまっていたそうだ――。



「嬢ちゃん大丈夫だったか?」


 聡賢を捕縛する天鷹と、視線が合う。


(ここって後宮の内廷だよね。男の人って中に入れないんじゃなかったの?)


「師匠もみずくさいなぁ。俺たちに内緒で」

「そうですよ先生。わたしたちに心配をかけないでください」


「ごっ、ごめん」


 私が頭を下げると、口を尖らせる景陽と華鈴。


「そこはありがとうだろっ」

「ですよっ」


「あ、ありが、とっ」


 再び頭を下げると、ふたりは親指を立て笑顔を見せてくれた。


 情報が渋滞し、頭の中がまっ白になってしまった。それに、なにやら立場も逆転しているような――。


 動きを止め、思考も止まりかけた私の背中を、「バンッ」と大きく叩いて、天鷹が状況を説明してくれた。



「寝床に細工をした妹が、夜中、珍しく俺を頼って来たんだ。幻龍のところには景陽が話を伝えに行っていた。聡賢の屋敷で合流した俺たちは、なにやら隠れていた怪しい奴らをこっそりやっつけて、その場で待機してたんだぜ」



 情報は把握できた。でも、ここは男子禁制の後宮内廷。皇帝の子である皇太子ならまだしも、武官である天鷹はどうやって入ってきたんだ?

 

「嬢ちゃん。俺のはこの国で一番強いからいいんだ」


 厳つい顔の口角が上がる。怖い。


 なんだそれっ! 全然理由になってないだろっ――ああっ、きっと皇太子の護衛役とでも言いたかったのかもしれない。それなら納得だ。



「なっ、なんの証拠があって、わたしの屋敷に押し入ったー。この不法侵入者どもめー」



 あきらめの悪い聡賢が、縄で後ろ手に縛られた状態で叫ぶ。


「証拠はこの場にいる全員が聞いているんだよなぁ。聡賢さん確か、『昨晩清蘭に渡したものと同じ毒を一服分差しあげてもよいですよ』って紫霞さんに言ってたよねぇ」


 聡賢は口を開け、目を大きく見開いたあと、ガクッと頭を下げ観念したのだった。




 ◇◇◇



 

 翌日、屋敷内がくまなく捜索され、毒はすべて回収された。また、情状酌量を条件に、毒の入手経路や調合方法など、すべて洗いざらい白状したのだと聞いた。



 ――そしてもうひとつ――。



 これは、私と麗鳳、龍厳皇帝の三人だけの秘密。


 私はだめもとで麗鳳に、清蘭の処刑を取り消すべくを頼んだのだ。今回の件で一番重い処罰を受けるのは聡賢であって、復讐をそそのかされた清蘭の処罰が処刑は重過ぎると感じていたからだ。いちどの過ちで、すべてを失うにはかわいそうすぎる。


 翌日の晩、麗鳳はわたしの体を使って、龍厳皇帝の前で黒い炎を見せた。そして、「清蘭が将来、この国を災いから救う救世主となる」という占いをでっちあげてもらった。


 五穀豊穣の占いで、すでに信頼を勝ち得ていたことが功を奏し、彼女は処分保留となり、その面倒を私が責任を持って見ることで龍厳皇帝の合意が得られたのだ。


 このとき私は、単純に、面倒を見る人数が二人から三人に増えるだけ、と思っていただけだったのだが――話はこのあと、さらに面倒なことになるのだった。

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