第15話 主犯

 昼餉前に始めたおにごっこは、最初にやろうと呼びかけた私の完敗で終わった。


 齢十六の素人相手に、齢二十一の元暗殺部隊の長が負けた結果となる。決して手を抜いていたわけでもなければ、幻龍が皇太子と知って動揺していたわけでもない。


 師匠とか先生とか呼ばれ、なにを教えようかと思い悩んだ結果(隠密行動や瞬殺の方法など教えたところで役には立たないと判断)健康と基礎体力作りのためにと軽い気持ちで始めたおにごっこだったが、とんだ才能を発見することになってしてしまった。


 景陽は素早さにけ、特にその瞬発力は驚異的だった。

 華鈴は、目と耳がよく、私がどこに隠れてもすぐに見つかってしまった。索敵能力に長け、その見た目からは想像もつかないほどの馬鹿力も併せ持っていた。


「ふ、ふたりとも、す、凄いっ」


 息を切らせながら、ふたりの才能を褒めた――すると。


「そんなの普通じゃねー」

「寝る子は育ちます」


 そっけない答えが返ってきた。ふたりの器の大きさを感じずにはいられなかった。




 ◇◇◇




 深夜、ふたりが寝静まるのを待ってから私は聡賢の住まうむねへと侵入した。実のところ私は夜目が利く。なので、暗闇の中でも昼間と同じように行動ができるのだ。天井裏から蜘蛛の巣をかきわけ部屋の中央部を目指した。


「そろそろ来るころだと思っておりましたよ。の紫霞さん」


 正体がバレている。どうして?

 昼間のおにごっこで、すっかり自信をなくしていた私は、あっさり観念して梁の上から飛び降りる。

 

「やはり居ましたか」


(ちっ、騙された)


 机の上に置かれていた客人用のお茶は、すっかり冷めきっていた。きっと、時間を置いて、なんどか同じセリフを繰り返し言っていたのだろう。どうにも食えないご老人のようだ。


「ど、どうして、わ、私の正体……」


「長年培ってきた情報網のおかげとだけ言っておきましょう」


 そう言って、改めて温かいお茶がだされた。


「どうぞ。毒入りですが」


(飲めるかっ)



 完全に主導権を握られてしまった。



 ひとつわざとらしい咳ばらいをしてから聡賢が話を始める。


「念のため用件を確認しますよ。今日は、女官試験を不合格にしたことに不満を覚え、ここに来たのですか?」


 首を横に振る。


「となると清蘭せいらんの件ですか? 昨夜のわたしたちの会話を立ち聞きしていたとか」


 首を縦に振る。


「あれは完全に油断していました。あなたも策士ですね。まったく別の人物が犯人として捕まってしまったのですから、それは、油断のひとつもしますよ」


 ここでも勘違いされてしまった。あれは麗鳳の逆恨みにしかすぎないのだが。それと、わたしが勝手に動物縛りで例えていた毒見役の大猩猩ごりらの名前がついに判明したぞ。


 そして、一番重要なこと。この老宦官こそが今回の連続毒殺事件の主犯だということ。


 清蘭が貴妃を殺したいほど恨んでいたのはきっと事実なのだろう。それでも、それを実行するのは容易くない。それを可能にしたのが、この男の知略だったというわけだ。


「残念ですが、私が彼女に協力したという証拠はあなたの証言を除けばどこにも残っていませんよ。それに彼女からわたしの名前がでましたか?」


 首を再び横に振る。


 そこは、きっと逆らえない理由でもあるのだろう――それよりも今は。


「ど、毒の、種類と、は、配合、知りたい」


「残念ですが、その手には乗りませんよ」


(ケチッ)


 午前中、景陽たちと一緒にいたせいで考え方が移ったようだ。それにしても、さっきから聡賢の舐めるような視線に不快感を覚える。


「気が変わりました。どうでしょう、この場で全裸になってくださいませんか? そうしたら、ですよ」


(この、エロじじい)


「…………」


「どうしました。毒は要らないのですか?」


禿げっ」


 聡賢が頭に手をやり、顔を真っ赤にする。


「わたしに、言ってはならぬ言葉を言ってしまったことを、あの世で後悔するといいでしょう。女官試験すら合格できぬ馬鹿女が、わたしに逆恨みをし、出禁を無視して後宮内に侵入。それをわたしの部下が処分した、といった内容で報告書は仕上げておきますので安心して死んでください」


 そう言って、手を上げ部下に合図を送ったのだった。

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