第14話 龍の彫刻

 月華宮は『客人をもてなす宮』と手伝い役の宦官が言っていたが、それは嘘ではなかったようだ。昼間こうしてよく見ると、美しさと気品の調和がとてもよくとれていることに気づく。緩やかな曲線を描く柱には梅の花の彫刻が施され、内部の天井には、まるで夜空を思わせるような藍色の塗装と、金箔が星のように散りばめられていた。


 庭園に目を向ければ、椿つばきつぼみが大きく膨らみ、今にも咲きそうだ。月をした丸い池にはところどころはすの葉が浮いているのが見える。派手さがない分、この景色は私好みだと言えた。



 私はふたりの童をあずかると、逃げるように月華宮へと戻ってきたのだった。



 部屋で着替えを終え、いつもの真っ黒な衣装に身を包むと、庭の見える軒下に移動した。


 顔を覆う薄布を取り除く。


「へぇー。師匠の顔ってこんなだったんだ。昔の記憶と全然変わってないじゃん!」


(こんな顔で悪かったな)


「真っ黒な異国の衣装も素敵ですし、その整った顔立ちや、うしろでひとつに纏められた長い墨色の髪も綺麗です」


(褒めすぎだ)


 すかさず華鈴がフォローする。まさに阿吽の呼吸。


 私もふたりについて少し分かったことがある。齢はどちらも十六。同じ村の出身で、実家も近く、昔からよく遊んでいたそうだ。要は仲のよい幼馴染なのである。話を聞けば聞くほど、羨ましく思えてくる。


「なぁ師匠! なんてもいいからド派手でかっこいいやつを俺に教えてくれっ」

 

 景陽が目を輝かせながら手を合わせる。


「む、無理っ」


「わたしは昼寝ができればなんの問題もありません」


(その昼寝が、立場上問題だとは思わないのか?)


 半眼となった華鈴が、欠伸あくびをする。まだ昼前だというのにすでに眠そうだ。

 

 私は首を横に振って昼寝は駄目だと伝えた。


「だったらさぁ、昨日やった占いの仕組みを教えてくれよっ」


「わたし、それ見てない」


 ふくれっ面になった華鈴に、占いのようすを身振り手振りで細かく説明する景陽。話を聞く彼女はしだいに半眼からぱっちり目に戻ったのだった。


「わたしも興味が湧いてきました♡」


 ふたりが並んで迫ってきた。

 ただ、なんと説明すればよいのやら――えーい面倒だ。


「わ、私にも、分から、ないっ」


「ケチッ!」

「えぇ~!」

 

 そうだ! 麗鳳だったら――。


<否。絶対に教えない>


(だろうなっ)


 ここは逆転の発想といこう。私の得意分野で人に教えられることを考える――だとすると、隠密行動か瞬殺のどちらか。ただ、この後宮で役に立つとは到底思えない。


 私が思い悩んでいる間に、華鈴の頭が揺れ始めてきた。このままでは本当に昼寝をされてしまう。


 う~ん。そうだ――いいことを思いついた。


「お、鬼ごっこっ」


「えー! 子供じゃないんだからさー」

「…………」


 ふたりとも乗り気でないようだ。ならば――。


「わ、私に、か、勝ったら、これ、あげるっ」


 幻龍から、念のためにと渡された銀色に輝く短剣が、ついに役に立つときがきた。


「こ、これって……」


 目を丸くする景陽。


「師匠っていったい何者なんだ?」


(偽物だよ! とは言えない)


「あははっ」


 笑ってごまかす。


「実はこの短剣、前に見たことがあるんだ。確か、幻龍皇太子様の持ちものだったような……」


 景陽が龍の装飾が施された柄の部分を指さす。


「い、今、なんて?」


「その短剣の装飾を前にも見たこ……」


「そ、そこじゃ、ないっ」


「幻龍皇太子様の持ちもので間違いないと思う」



 えっと、――幻龍って文官じゃなかったの?



 冷静になって考えてみる。


 豪華な刺繍の施された官服。

 私のお店の修理代を気前よく払ってくれた。

 龍の装飾が施された銀色に輝く短剣。

 白檀の上品な香り。

 名前にある龍の文字。

 極めつけは、龍厳皇帝と同じ銀の髪色と髪質。


 困った、どうしよう! 今度、どんな顔をして会えばよいのだ?

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