第13話 仲間


 皇帝や妃たちにとっては、毒見役の命など『虫けら同然』気にもとめないもののようである。ただ私は思う。毒見役にわざわざ毒と分かっているものを食べさせるなんて絶対におかしい。


 この状況、どうすれば変えることができるんだ?


 

<呆。めんどくさいのはお前のほうです>

 

 ちょっと話しかけないでよ。今、忙しいんだから。

 

<願。体、ちょっと借りますよっ>

 

 ちょっと、ちょっとちょっと。

 

 

 私でない私は、大猩猩ごりらから手帕ハンカチを奪い取る。


「行。我に着いてきなさい」

 

 言われた通り、ぞろぞろと私の後を着いてくる皇帝と妃たち。普段、人を引き連れて歩くことなど絶対にないので、恥ずかしかったし、これからなにが起こるかわからない不安でいっぱいだった。でも、ほんの少しだけ『気持ちいいかも』と思う自分もいた。


「教。毒を確認するのにわざわざ人を使う必要はないのですよ」


 そう言って、大猩猩から奪い取った手帕を、茶梅サザンカの咲きこぼれる庭の小さな池に放り投げた。


 手帕はひらひらと舞いながら、静かに水面に落ちゆっくりと沈んでいった。


「あんた馬鹿なの? この池には、陛下からいただいた貴重な魚がたくさん泳いでいるのよ」


「返。馬鹿なのはお前です」


 むすっとした顔になる貴妃だった。


 ちょっと大丈夫? 貴妃と言えば、四夫人の中でも最も位の高い方。そんな貴妃に対して、馬鹿って言い返したぞ――。

 


 しばらくすると、魚が腹を上に向け浮かんできた。



「ほらっ。やっぱり死んじゃったじゃない」


「証。これで毒の効果がちゃんと証明されました」


 顔を紅潮させ、プカプカと浮かぶ魚を指さし、語気を強める貴妃。


「陛下の所有物であるを殺しておいて、あんたよくもまあそんな平気な顔をしていられるわねー」


「疑。龍厳皇帝の所有物であるを平気な顔をして、見殺しにするというのはどうなのですか? 我を咎めるなら、自分もちゃんと咎めてください」


「それとこれとは……」


 言葉を詰まらせる貴妃。


「愚。それにお前、いったい誰のおかげでこうしてのうのうと話ができていると思っているのですか? 命の恩人に対する敬意が足りてませんよ。せっかく助けてやったのに、毒見役が死んでしまってはまったく意味がなくなってしまいます。この魚たちには、かわいそうなことをしてしまいました……」


 死んだ魚に手を合わせる、わたしの体。


「麗鳳殿の言う通りだな。どうやら間違えていたのは朕たちの方だった……それにしてもこの毒、凄い毒性を持っておるようだ」


(よかった。怒られなくて……)


<説。思っているだけではなにも変わりませんし、解決しませんよ>

 

 確かにそうだけど――っておい、どさくさに紛れて、軽く説教を挟むなっ。


 体の自由がいつの間にか戻っていた私は、ツッコミを入れるかたちで隣にいた景陽に手の甲を当てていた。


「ご、ごめ、んっ」


「謝らなくていい。なんたって師匠は俺たちを救ってくれた命の恩人なんだから……」


「し、師匠?」


 頬を指先で掻く景陽。

 なぜか、恥ずかしそうな顔をしている。


「師匠は昨夜、寝たフリをしていた俺の牢獄の鍵を開けてくれた。差し入れらしき箱の中にはぐちゃぐちゃになってはいたけど美味しい食料も入っていた。それで、分かったんだ。わざと俺を犯人に仕立てあげ、真犯人を油断させた上で、罠にかけようとしていたんだろっ」


<嬉。やはりバレてしまいましたか>


 嘘つけ。スッキリしましたとか言っていただろっ。ちゃんと覚えているぞ。


「そこでお願いがあるんだけど、俺を弟子にしてくれないか」


「は、はい?」


「無理を承知で言っている。せめてここに滞在している期間中だけでもいいから、俺に師匠の技と知恵を教えてほしいんだ」


「わ、私も……」


「は、はい?」


 華鈴が指をいじりながらそっと近づいてきた。


「どうやら将来有望なわらべたちに懐かれてしまったようだな麗鳳殿。朕からもひとつ頼む。ここに滞在している期間中だけでも、ふたりの面倒を見てやってはくれないか」


(ここで、嫌と言えるはずもない)


 こうして月華宮に、若い宦官の景陽と毒見役で天鷹の妹の華鈴が加わった。

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