第12話 罠

 翌朝、案の定事件が起こった。

 

 上級妃、つまり四夫人(貴妃・淑妃・徳妃・賢妃)たちの集まる朝餉あさげの席で、主菜を口にした貴妃が倒れたのだ。


 世話役の女官が慌てて近づき介抱する。

 

「この症状。毒で間違いありません」

「でも、毒見役はなんともないですよ」


 周囲が騒然とする。


 私は毒見役の大猩猩ごりら(毒見役は動物縛りで私が勝手に例えている)をそれとなく観察していた。先ほど貴妃が倒れたとき、ほんの僅かだが口角が上がった。やはり、彼女が犯人で間違いないようだ。


「その者を捕えよ」


 突然現れた龍厳皇帝が刑部に指示をだす。相変わらず低く威厳のある声だ。刑部の者はその指示に従い大猩猩を取り押さえた。


「陛下、聞いてください。わたしは犯人ではありません。その証拠にあの主菜には触れていません。毒見をしたのはあの女、華鈴です」

 

「この後に及んで、そんな戯言を抜かすのか?」


「信じてください。嘘ではありません」


「それにしても、よく考えついたな。湯菜スープを飲んだ後、口をつけた場所を手帕ハンカチで拭きとる際、手帕に染み込ませていた毒が付着するといった手口なのだろう。まさか毒見をした後に毒がつくとは盲点だった。しかも、その毒は即効性の毒ではなく、遅効性の毒。どうりで今まで真犯人が捕まらなかったわけだ」


「どうして、そんな詳細に……」

 

「実はだな、そこにいる麗鳳がちんに教えてくれたのだ。貴妃が毒殺されると」


 龍厳皇帝が私を指さす。


「すべてお見通しだったと言うわけだ」


 ついに観念したようで、大きく息を吸うと天井を見上げ話し始めた。


「これはわたしの復讐。わたしの姉は貴妃に使える女官のひとりだった。そんな姉を知る者から訃報の連絡を聞かされたのは今からちょうど一年前のこと」


 大猩猩の目からは涙がこぼれていた。


「ある晩、貴妃に急いで来るよう呼びだされ、不思議に思いながらも床の間へ行くと、そこで強引に服を剥ぎとられてしまったそうだ。抵抗むなしく一線を越えてしまった真面目な姉は、思い悩んで自ら命を絶った。そんな姉の苦悩などつゆ知らず、あの女は世話役の女官をとっかえひっかえもてあそぶ始末。だから殺した」

 

 復讐したいと思う気持ちはよく分かるが、他人を平気で巻き込むのはいただけない。


「そろそろ起き上がってよいぞ」


 龍厳皇帝の合図とともに起きあがる貴妃。そう、これは、全員で仕組んだ罠。知らなかったのは毒見役の三人だけ。


「騙したなっ!」


 歯ぎしりを立て、悔しがる大猩猩だった。



 どうやら私の占いが役にたったようだ。


<否。お前のそれは八百長というのです!>


 あんたに言われたくない。嘘つき。力を使ってしばらく云々言っていたじゃないか。それなのにまた私の頭の中で話かけてくるなんて――めんどくさい。


<はい、はい。それじゃ退散しますわ>


 呆れたようすの麗鳳だった。



「では、この度の騒動の最終確認だ。毒見役のどちらでもよい。この毒を食せ!」

 

 毒を盛った張本人が罪を自白しているにもかかわらず、その確認が本当に必要なのか? それだけのために命を落とすなんてどう考えてもおかしいだろう。


 誰も声を上げる者がいない。

 

 皇帝や妃たちにとっては、毒見役の命など虫けら同然で、心を痛める必要などないというわけか。


「わたしが試します」


 美少女びしょうじょ(毒見役は動物縛りで私が勝手に例えている)が凛とした声で答えた。その堂々たる立ち姿は、まさに天鷹そのものだった。確信した。美少女の方が華鈴で間違いない。私の予想は大外れ。まさか大穴の方だったとは――となると、護衛の依頼を受けている以上、なんとかして止めなくてはならない。


「ダメだ!」


 この声は私ではない。

 そもそも、こんな大きな声はだせない。

 入り口の扉を勢いよく開き、中に入ってきたのは景陽だった。


(ちゃんと逃げられていたようだな)


 昨晩私は、景陽が閉じ込められていた牢獄の鍵をちゃんと開けてから、月華宮に戻ったのだ。深夜遅くだったため、すでに寝ていた彼を起こすことはしなかったが、忘れずにちゃんと救出したのだ。


「俺が華鈴の代わりを務めます」

「それはダメ。景陽」


 若いふたりの指が、ほんの僅かだが触れ合う。見つめ合うふたり。


(ははーん)


 私はピンときてしまった。


 このふたりは互いに惹かれ合っている。自身の恋愛はさて置き、他人の恋愛は見ていてとても楽しい。妄想――否、想像力が搔き立てられるからだ。


 是非、ふたりを応援したい。


 でも、この状況下で、どう対応するのが正解なんだ? 困ったぞ!

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