第5話 試験
出来レースとたかをくくった結果が、後宮女官試験の不合格だった。では、どうしてこうなったのかを今いちど詳しく思い返してみた。
寝坊して約束の時間を遅れること二刻。
後宮へ入るためのゆいいつの門である南洋門に辿り着いた私は、そこで待つ、老いた宦官を見つけ近づく。しかし、私からは決して声をかけない。
間違えていたら恥ずかしいから。
「なにか言うことはありませんか?」
老宦官と目が合う。
よし、向こうから声をかけてもらえた。
この人が試験官で間違いないようだ。
「お、遅れて、すみま、せんっ」
後宮の内廷で働くためには、必ず試験官と呼ばれる宦官の試験を受けなければならない。ただし、そのハードルは限りなく低い。なぜなら、文字が読める必要もなければ、よっぽどのことがない限り不合格とはならないと、巷でも噂にはなっていたからだ。
「試験官の
齢はすでに五十を超えているだろう。
潤いのない縮れた白髪を頭の上に乗せたような髪型をしている。
そんな聡賢に連れられ、内廷の中央部にある応接室へと私は案内された。
応接室の中は、とても豪華な造りで、瑠璃色の柱には龍の彫り物が施され、壁には羽を広げる
「希望の役職などはありますか?」
「さ、三食、ひ、昼寝付きっ」
「そのような職はございません」
一応念のために聞いてみただけだ。
私だって本気でそんな職があるとは思っていない。天鷹の妹が本当のことを言っている可能性も考慮して答えたまでだ。
「では、質問を変えましょう。特技などはなにかありますか?」
「瞬殺!」
私は自信を持って答えた。
「そうですか。ただの冷やかしなら、この辺でお引取り願いたいところなのですが……」
決して、冷やかしなどではないし、ちゃんと素直に答えているつもりだ。そんな私の思いとは裏腹に、聡賢のこめかみには青筋が浮きでていた。
「次は実技試験に移りたいと思います。紫霞さん、調理と洗濯とではどちらがお好きですか?」
「調理!」
特に甘味作りが好きだ。
「わかりました」
聡賢がそう答えると、椅子から立ち上がり、外へと向かう。私もそれに着いて行くが、向かう先はなぜか水の流れる音がする方向だった。
案の定、洗濯場に到着すると、こちらを振り向く。
「すみません。調理場は人手が足りていたのを忘れていました。でも、さすがの紫霞さんとて洗濯くらいはできるでしょう」
「せ、洗濯は、手が、荒れる」
私の答えを聞き、聡賢の青筋の数がさらに増す。
それに気づいた私は、慌てて聡賢のこめかみ部分を撫で摩ってあげた。
「まったく誰のせいでわたしがこうなったと思っているのですか」
「す、すみ……」
ちょうどそんなタイミングで冬特有の乾いた突風が吹いたのだった。
突風は聡賢の頭の上に乗せてあった潤いのない縮れた白髪を飛ばし、地面を転がり続けると川に落ち、そのまま川の中へと消えていった。
洗濯場で仕事をする女官たちの指先が、一斉に聡賢の頭に向けられる。
顔を真っ赤にする聡賢。
「紫霞! お前は出禁だ~」
先ほどまで丁寧な口調で話していたのが一変。こうして私は運にも見放され、後宮女官試験を不合格となったのだった。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
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よろしくお願いします!
次回予告
次は幻龍視点で物語が描かれます。こうご期待。
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