第8話 奇策前夜

 麗鳳に成り代わって占いを行うための準備諸々はすべて幻龍が取り仕切ってくれている。行動力も高く優秀だ。


 今は明日に向けての、最終打ち合わせを私の店で行っている最中だ。


「し、修理、どうも、あ、ありがとう」


「後日、大工たちに伝えておくよ」


 今まで使っていた扉よりも豪華な仕上がりとなってしまったが、きっとそのうち目も慣れてくれるだろう。

 

 私は巫女衣装に着替えを終え、仕上がり具合を幻龍に確認してもらった。いつも隣に並んでいる天鷹の姿はない。なんでも別の仕事を任せているそうだ。


「あ、あまり、じろじろ、見られると、は、恥ずかしい」


 私の国の巫女衣装とは少し形が違い、全体的に袖や裾が長く、生地自体も柔らかかった。朱色と薄桃色の対比がとても綺麗で、私はこちらの方が断然好みだった。


(麗鳳の衣装は、さすがに恥ずかしすぎて着られない)


「とてもよく似合ってますよ。紫霞さん」


 本当に? 本当か? とは、怖くて聞き返せなかった。


 そして、幻龍の衣装もいつもと違っていた。藍色で染められたそれは、身分の高いお方と会っても、まったく見劣りしない衣装だった。


「余のこの姿に見覚えはある?」


 私は首を横に振り、記憶にないことを伝えた。


「そうなのか」


 少し残念な表情をしているように見えた。


「明日の占いでは、来年の五穀豊穣を占う流れになっているからそのつもりで頼むよっ」


「ご、五穀、豊、穣?」


「農作物が豊かに実ることを願うもので、毎年行なわれている行事のひとつでもあるんだ」


「わ、分かった」


 幻龍がどこからともなく酒の入ったかめを持ってきて机の上に置く。


「この甕に見覚えは?」


 私は再び首を横に振った。


 今日の幻龍は私になにかを思い出させようとしているようにも感じた。でも、私にはそのどれもが記憶にない。だから、きっと、人違いの類なんだろう。


「せっかくだし、明日の成功を祈る意味合いを込めて、軽く飲まないか?」


 私が答えるより前に、隣に座り、酒をついでくれた。白檀の心地よい香りがした。きっと質のよい香を焚いているのだろう。お酒は飲めない体質なのだが、雰囲気に飲まれ、私はひとくち試しに飲んでみることにした――途端に頭がくらくらし、目が回った。


「大丈夫?」


 幻龍の顔が近い。


 きっと、倒れそうになった私を抱き抱えてくれているのだろう。どうしよう。鼻息が彼の顔に届いてしまう。


 私は息を止めた。


 さらに幻龍の整った顔が近づく。もうこれ以上近づいたら唇に――駄目、息が続かない。

 



 ――次に目覚めたときは布団の上だった。



「紫霞さんは、お酒が飲めなかったんだね。無理やり飲ませるような真似をしてごめん」


 首を横に振り、誤らなくてもよいことを伝えようとした。


(頭が……割れる……)


「水を飲むと少し楽になるから」

 

 水の入った器を手渡された。


「ど、どうも……」


 酒が飲めないにもかかわらず、雰囲気に飲まれてしまい、とんだ失態を見せてしまった私。幻龍に嫌われないためにも、明日はちゃんとやらなくちゃ――。

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