第9話 麗鳳

 八咫国から訪れた占い師の麗鳳れいほうとして、白鴎国の後宮に招待された私は、輿こしに乗せられ後宮内廷の何処だかも分からぬ広場へと運ばれたのだった。


 広場の中央には、すでに、お火焚きの炎が激しく舞い上がっていた。その周囲を取り囲む形で、妃たちや宦官たちが集まっていた。

 

(再現度が凄すぎるぞ幻龍)


 私は輿から静かに降り、お火焚きのそばまで近づき一礼する。


「は、白鴎国の、五穀、豊穣を、これより、う、占いたいと思い、ます」


(顔が隠れてさえいれば、私だってちゃんと話せるのだ)


 挨拶を済ませ、木簡とともに砕いた重晶石を火に焚べ目を閉じ、適当な言葉を並べる。


 炎の色が赤から黄緑色に変化し、さらに勢いを増した。よしっ。


「…………」


 ん? 反応がない。

 私の計画では、ここで「おおー」と歓声が上がるはずだったのだが――。


「どうかなさいましたか? 今のは単に重晶石の粉を燃やしただけですよね」


 何処の誰だかも分からぬ宦官の声だった。


 どうやらこの国では、重晶石の粉を燃やせば、炎の色が赤から黄緑色に変わることを皆が知っているようだ。だから驚かない。今となって思い返せば、幻龍と天鷹もあのとき、どうして重晶石なんて所望するんだ? って顔をしていたような――。


(私の奥の手が早々にして不発に終わった……どうしよう)


 木簡を一枚、また一枚と火に焚べ時間を稼ぐ。皆を納得させるだけの『なにか』をしなければならないぞ。


(困った!)


 宦官たちに続き、妃たちもざわつき始める始末。


「八咫国の英雄が、わざわざ海を越えて、この国を訪れるものなのかしら?」

「わたしも同感です」

「ひょっとして、金品狙いの偽物なんじゃないの?」

「素晴らしい推理です。貴妃様」

「彼女が本物だという証拠はなにかあるのかしら?」

「素顔を隠していますし怪しいですね」


 しびれを切らせた、少年のような若い宦官が、私に詰め寄る。


「俺の名は景陽けいよう。父の仕事の手伝いでよく八咫国に行っていた。そのときに、麗鳳の顔はちゃんと拝んでいるぜ。もし偽物でないと言うのなら、顔の前にあるその薄布を取って、俺にあんたの顔を拝ませてくれないか? 偽物さん」



 完全に私が偽物と分かって言っている。困った。この場には、幻龍も天鷹もいない――なんとか誤魔化さないと――。



<迷。お前はいったいこの国でなにをやっているのですか>


 私の頭の中でなにかが話しかけてきた。


<困。我の評判まで下がってしまうのは宜しくないですね>


 その声は麗鳳そのものだった。


<憑。少しお前の体を借りますよ>



「頼。筆をお願いします」


 私の声で、私でない者が話す。不思議な感覚だ。

 

 手伝い役である宦官から今しがた頼んだ筆を受け取ると、木簡に蛇がのたうち回ったような文字を描き、再びお焚火に木簡を焚べる。


「おい。俺を無視するな」


 景陽と名乗った宦官が両手を上げ怒っている。


 炎の色が赤から虹色に変わる。

 さらにその炎は激しく燃え広がり、火柱へとその姿を変えた。


「おおー」

「キャー」


 歓声が上がる。


「これで来年の五穀豊穣は約束されました。史上稀に見る豊作となるでしょう」


「おおー!」

「キャー!」

「ワァー!」


 更なる歓声が上がる。


「史上稀に見る豊作か! それはめでたい!」


 その場にいる全員が跪く。


 突然姿を現したこの男、存在感が凄すぎる。整えられた銀髪に、鋭い眼光。口元には力強さが宿り、僅かな笑みすら威厳に満ちている。目元や額にある深く刻まれた皺が、その立場の重さを物語っていた。


 隣にいた手伝い役の宦官が「白鷗国皇帝の龍厳様です」と教えてくれた。


「そなたのその力を信じて、ひとつ占ってほしいことがある」


「良。ただし、我の占いは高いですよ」


「かまわぬ」


「嬉。なにを占いましょう?」


「ここ最近、後宮内で毒殺が流行りだした。怪しい者はすべて処刑しているのだが一向に収束せぬのだ。どうすれば犯人の足取りをつかむことができるかを、是非、占ってほしい」


「答。それでしたら占う必要もありません。犯人はこの宦官ですよ」


 私でない私が指さした宦官は、意外な人物だった。

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