第3話 恋心?


 結論――消化不良。


 そう、私の出番はなかったのだ。つまりは、半殺し計画失敗。


 なぜなら、美男のほうのお役人さまがひとりで、それもあっという間にガラの悪い盗人たちをやっつけてしまったからだ。


(私ならもっと苦しめられたのに残念)


「覚えてやがれ」

「覚えてやがれっ」

「覚えてやがれー」


 気持ちよいくらいの捨てゼリフを吐き捨て、盗人たちはてんでに退散した。


「占い屋。体が震えているようだが、もう大丈夫だぞ」


(なにが大丈夫なものか!)


 壊したものを弁償させないでそのまま逃がしやがって。今の震えは、恐怖ではなく怒りからくる震えだ。


「腕を上げたじゃないか幻龍」

「天鷹だったらもっと早く終わっていたさぁ」


 お役人さまふたりの名前がこれでようやく判明した。文官の幻龍と、武官の天鷹だ。

 よし、名前は忘れずにちゃんと覚えておこう。今後なにかあったときのために。ただ一応、助けてもらったお礼だけは言っておかないといけないなっ。


「た、助けて、いただき、あ、ありがとうございますっ」

 

「感謝は無用!」


 なぜか、なにもしていない天鷹のほうが答えた。


「どうしてなにもしていない天鷹が、そこでどや顔するかなぁ。それに、余が助けたのはのほうだよ」


 驚いた。

 どうやら、私の殺気は周囲にだだ漏れしていたようだ。


「ふふっ、その表情、どうやらきみはただの占い屋さんじゃないみたいだね。そうだ、よかったら余がどうしてそう思ったかを教えてあげるよ」


 興味深いので頷いてみた。


「さっき扉を壊される音がしたとき、占い屋さん、咄嗟にしゃがんだよね。あれって普通の人にはなかなかできない行動なんだよねぇ。過去に、なにか特殊な訓練を受けていたんじゃないのかな?」

 

 なんでもお見通し。そんな眼差しで見つめられた。


「か、勘違いっ……」


「まぁ、そんなに警戒しなさんな。余の名は幻龍。隣にいる厳ついのが、武官の天鷹。それから、占い屋さんと会うのは今日が二回目なんだよねぇ」


「…………」


 こんな美男忘れるはずがない。

 でも、私の記憶にはないぞ。


「正確には『見ただけ』なんだけどねっ。たしか……八咫国で」


 ますます混乱してきた。

 頭を抱え左右に首を振る。

 彼はそんな混乱している私のようすをまるで楽しんでいるかのように微笑む。そして、そのときのことを簡単に説明してくれたのだった。

 


 ――幻龍の話をまとめると二年ほど前、白鴎国との文化交流の目的で、彼を含めた数人が八咫国の西軍側に招かれたことがあったそうだ。その際、西軍城壁から追っ手の暗殺者から華麗に逃げ延びる私の姿を見たのだと言う。――。



 確かにそんなときがあった。

 よりにもよって、任務失敗の現場を目撃されていたとは。それに、不覚にも目撃されていたことにまったく気づけていなかったなんて。私の中で汚点に汚点が追加された。そして、人生最大の汚点へと昇格した。

 

「がっはっはー。人の縁とは実に不思議なものだな」

 

 大声で笑ったあと、無精髭を撫で、しみじみする天鷹。

 人生最大の汚点に気落ちし、肩をすぼめ、うつむく私。

 すっきりした表情を見せ、堂々と、胸を張る幻龍。


 三者三様の反応ののち、しばらく沈黙が続いた。


「う、占いは、嘘。だから、ち、力になれないっ」


 普段なら沈黙を自ら破るようなことは決してしないのに。なにかがおかしい。


「逆、逆。余の真意は、占い屋さんに占ってほしいんじゃなくて、暗殺者としてのその能力を見込んでのことなんだ」


 首を振る。


「そ、それも無理。ひ、人、殺せなくなった」


 まただ。別に言わなくてもよいことを勝手に口走っている。


(なんで? どうして?)


 自分自身がよくわからなくなっていた。わかっているのは、幻龍とは、話していて苦にならないということ。それから、一日でこんなにたくさんの話をしたのが、生まれて初めてだったということ。


「占い屋さんにもなにやら深い事情があるようだね。なら、余の依頼内容だけでも、いちど聞いてくれないかなぁ。もし、話を聞いてくれたらこの店の修理代は全額だすよ」


「取立屋を逃したのは幻龍のミス。それは当たり前のことだ」


「いつも手厳しいなぁ。天鷹は」


 店の修理代をだしてもらえるのは助かる。

 そんなことよりも『彼ともっと話がしたい』と思ってしまう私がいた。


(これって、ひょっとして恋というやつなのか?)

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