第2話 予想外
私の占いは占いにして占いにあらず。
それは、他言無用の
なので、ときにはまったく予想だにしない客が姿を現すこともある。それはちょうど庶民の味方である甘味『
甘豆羮とは、米のとぎ汁をいちど沸騰させ、すこし冷ましたところに米麴を投入し、半日ほど寝かせ、それに煮た小豆を合わせたもの。これの奥深きところは、小豆のあく抜き回数にある。あく抜き回数が少ない場合、風味が強くなる。逆に、あく抜き回数を多くした場合、上品な味に仕上がる。
私は、もっぱらあく抜き二回が好みである。
いかん、いかん。
話がそれてしまった。本題に戻ろう。
予想だにしない客とは、後宮勤めのお役人さまのことだ。
それもふたり一緒に。
私は食していた甘豆羮を慌てて机の下に隠し、肩肘をつき顎を乗せる。おそらくは文官と武官の組み合わせだろう。官服を纏っているので、そこは間違いようがない。
(私、なにかしでかしたか?)
「嬢ちゃんが巷で噂になっている占い師か?」
長身の厳つい男のほうが、馴れ馴れしく話しかけてきた。
よく見れば、体ばかりでなく顔も厳つい。頬には刀傷が残り、長い赤毛は
それよりも、警戒すべきは長年の月日をかけて鍛えあげられたその鎧のような肉体だ。それは官服のうえからでもじゅうぶんに見てとれた。
(かなりの手練れだ)
「…………」
「
こちらの口調の軽い男のほうが身分は上のようだ。
官服の着こなしが洗練されているし、施された刺繍も豪華だ。筋の通った鼻梁に左右均一の整った中性的な顔立ち。肌は陶磁器のように白く、うなじ付近で束ねられた長い銀髪は上質な絹糸のように艶やかだった。なによりも、その澄んだ青い瞳に吸い込まれそうになる。
(私の知る限りでは一番の美男だ)
「ひとつ。占って欲しいことがあるんだ」
馴れ馴れしく話しかけられたが、不思議と悪い気分にはならなかった。
「でっ、では、名前をっ」
鼓動が高鳴るあまり、声が上ずってしまった。死ぬほど恥ずかしい。
――ドカ、ドカ、ガッシャーン――。
急に大きな音が店内に響き、私は咄嗟に身をかがめ状況を確認する。
店の扉が壊され、香炉が地面に落ち割れている。扉が壊されたことで、夕日の光が店内に差し込み、犯人が特定された。
そこにはガラの悪そうな三人組の姿があったのだ。
「ようやく突き止めたぜ!」
なぜか上半身裸でスキンヘッド男が不敵な笑みを浮かべている。その両脇にいる痩せた男たちは、刃物をこちらに向けチラつかせていた。元暗殺部隊の長である私には、そんなものは脅しにすらならない。それよりも、店を派手に壊されたことによる怒りの感情のほうが勝っていた。
「よくもオレたちをコケにしてくれてなぁ」
思いだした。
こいつらの顔に見覚えがある。
先日、銀屋の主人邸から金品を奪った者たちだ。
銀屋の主人が隠し財産をとり戻したことをなんらかの方法で知り、失せ物探しの占いをした私を疑っているというわけだ。
さて困った。
このまま彼ら盗人との会話をお役人さまたちに聞かれてしまっては、わたしの立場が面倒なことになりそうだ――となると方法はひとつ。
「お、お役人さま、み、店の裏手から、お逃げくだ、さい。わ、私は大丈夫です、ので……」
このまま店の外にうまく誘導して――って、あれ、なぜかふたりともまったく動こうとしないぞ。
(どうして?)
「おい、取立は違法だぞ」
美男が、私とスキンヘッドの間に割って入ってきてしまった。それにこいつら盗人を、取立屋と勘違いしている。
「人聞きが悪いですよ、旦那。オレたちゃ、そんな違法な商売なんかしてやしませんぜぇー」
微妙。
違った意味で違法なのでは。
ん?
ふと、疑問が頭をよぎる――半殺しはセーフか? それともアウトか?
う~ん。
ここはひとつ死の接吻の真実性を試しておきたくなった。なんの証拠もなしに店を壊すような輩を、あっさり許すわけにもいかない。だから早く逃げてください。お役人さんたち――うずうず。
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