第1話 島流し

意識を取り戻したときは、すでに小舟の上だった。


(こんなボロで本当にどこかの島に辿り着けるのか?)


 帆もなければかいもない。

 行き先は完全に運まかせ。

 ゆいいつの救いと言えば、不自然なまでに積まれた藁の中に食料が隠されていたことぐらい。きっと、煌翔様が手配してくれたのだろう。感謝です。


 三百六十度、見渡す限り海しか見えない。

 私は足掻くのを早々にあきらめ、藁の中に体を埋めると体力の温存に徹した。意外なことに藁の中は快適だった。日中は太陽の光を遮り、無駄に汗をかかずに済んだし、夜は寒さで体が冷えるのを防いでくれた。



 ――そうして、いく夜を跨いだことだろう?



 食料はすでに底をつき二日間なにも食べていない。

 温存していた体力も、ついに限界が近づいている。

 今にも心が折れそう。

 ちょうどそんなときだった。


「クゥー、クゥー」


 遥か彼方から海鳥の鳴き声が聞こえてきたのだ。

 それはつまり――。


「助かった~」


 自然と声がでていた。そして、祈った。

 占い同様、神などまったく信じない私だったが、祈りは通じ小舟はうまく陸地へと続く海流に乗ってくれた。

 しばらくすると、陸地はさらに大きくなり、街も見えるようになっていた。安堵の気持ちとともに、私からすべてを奪った麗鳳への怒りが蘇る。


(あいつは絶対に殺す!)


 この街で力を得てから、あの女に復讐することを心に誓ったのだった。




 ◇◇◇




 それから時が流れること二カ月。


 私はこの街でとあるお店を開くことができた。


 昼間にもかかわらず閉めきられた薄暗い店内は、香が焚かれ、怪しい雰囲気が漂う。さらに自身を真っ黒な衣装で統一し、顔を半透明な布で覆うことによって妖艶さまでも演出する。


 そう、あるお店とは、占いの店なのである。


 占い否定派であり、よそ者でもある私が、ここ『白鴎国はくおうこく』の後宮城下、せきの花街に占いの店を開いたのには、いくつかの偶然が重なってのことだった。


 店の扉が開き、日の光が差し込む。

 本日最初のお客だ。

 

「紫霞先生の言われた通りの場所に、なくなったはずの財産が置いてありましたよー。本当に助かりました」


 開口一番で安堵と感謝が伝えられた。


「う、失せ物探しの、う、占いが、役に立ったなっ」


「はい。このことはどうか他言無用でお願いいたしますよ」


 そう言って、机の上に銀貨が積まれる。


 私が静かに頷いて見せると、金貸しで財を築いた豪商『銀屋ぎんや』の主人、景遠けいえんは、気前よく成功報酬をさらに上乗せし、店から出て行った。


(口止め料込みというわけだ。チョロいな)



 これが、この店の日常である。



 私は当初、盗人として生計を立てるつもりでいた。死の接吻を受けたことで、暗殺稼業が続けられなくなったのが最大の要因だが、復讐を早急に実行するためにはてっとり早く稼ぐ方法もまた必要だったからだ。それに職業柄、隠密行動には自信があった。


 そこで、夜な夜な盗みを犯す者たちと、犯行現場で交渉を行った。


「あっ、あのっ」

「しーっ」


 人差し指が立てられ、静かにするよう要求される。


「な、仲間に……な、り、たっ……」

「はぁ? なにいってるんだ。醜女ぶす

 

(殺す!)

 

 交渉決裂である。


 さらに、同じようなことを数回繰り返すことでひとつ気づいた――彼らとは決して打ち解けられないと。そして、別の職業を考えることになったのだ。


 ――考えろ、私――。

 

 盗人になる→生活可→ただし、捕まったら終わり。

 盗人を捕まえる→感謝される→ただし、金にはならない。

 盗人を捕まえずに泳がす→後日、持ち主に事情を話す→仲間割れした犯人と勘違いされ終了。

 ん? 待てよ――持ち主に犯人だと勘違いされずに、事情をちゃんと伝えられ、さらに報酬までも受けとれる方法がひとつあった。それにだ、この国には『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』という言葉もある。まさに今の私にぴったりではないか。



 私の占いは、名ばかりの占いであって、決して占ってなどいない。失せ物探しの占いの正体は、盗人から奪った金品を、こっそり持ち主に返しているにすぎないのだ。


 それから嬉しい発見もあった。


 それは、顔を隠せば他人を前にしても緊張せず普通に話ができるということだ。実のところ、これには私自身が一番驚いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る