元・暗殺者のコミュ障占い師が、夜の後宮を暗躍する! ~溺愛とは無縁の世界と思っていましたが、それは完全に間違いでした~

三夜間円

プロローグ

 淡く揺れるお火焚きの炎が、集まった人々の影を映しだす。これから、この国の未来を占う重要な儀式が執り行われようとしていた。


「貢物はあちらにお納めください。できるだけ高価なものほど、良い結果が得られると麗鳳れいほう様がおっしゃっておりました」


 社の鳥居のほうでは、若い巫女がなにやら必死に群衆を誘導している。

 

 私たちの暮らすここ『八咫やた国』は、東西に細長く広がる国土を持つ。それ故、統治が難しく百年以上も東軍と西軍に分かれ争いが続いていた。それが昨今、ようやくひとつの国としてまとまったのだ。妖艶な美しさを持つ占い師の麗鳳と、剛力無双の東軍総大将、煌翔こうしょう様によって。


 群衆は、百年以上続いたこの争いに終止符を打った、麗鳳と煌翔様の活躍を今後千年語り継ぐことになるだろう。英雄を求め、崇め祀りたがるのはいつの世も同じである。


 しかし、真実は違う。


 真実は、煌翔様の命に従った暗殺部隊が水面下で暗躍していたにすぎない。つまりは、西軍の主要人物を葬りまくっていたのだ。その数は優に百を超える。ただ、そんな真実は公に知らしめたところで、なんの得にもならない。せいぜい、西軍に卑怯者と罵られるか、不要な恨みを買うだけだ。


 占いなど信じる者は馬鹿か阿呆のどちらかだ。貢物など愚の骨頂。そんな占い否定派の私は当然麗鳳と仲良くなれるはずはなかった。私から話しかけることは皆無、たまに向こうから話しかけられることはあったが、私はそれに気づかぬ振りをして逃げ回っていた。


 そんな私が、どうしてこの儀式に呼ばれたのだろうか?


 群衆を掻き分け、指定された最前列へと向かう。


「喜。こんなにも大勢お集まりいただき感謝します。今宵これより、八咫国の未来を占いたいと思います」


 拝殿の扉が開き、奥から占い師の麗鳳がゆっくりと姿を現した。


 長い黒髪は、まるで光を拒むかのような深い墨色で、その鋭い目元には知性が宿り、薄紅の唇は微笑を浮かべていた。ここに集まった群衆など一瞬で魅了されてしまうことだろう。それほどの美貌を持ち合わせていた。それに、先ほどの巫女とは違って、やたらと露出の多い巫女衣装を纏っていた。


(恥ずかしくないのか?)


 歓声とともに、冷たい夜風が、火の粉を舞い上げる。集まった群衆は、まるでなにかに操られたかのように、目を血走らせ興奮している。

 

 麗鳳がお火焚きのそばの石畳に静かに降り、一礼する。次に、蛇がのたうち回ったような文字の書かれた木簡を火に焚べ目を閉じる。なにやら唱え始めると、炎の色が赤から黄緑色に変化し、勢いを増した。


「おおっ」


 この不思議な光景に驚く群衆。


 しかし、私は驚かない。これは木簡とともに砕いた重晶石じゅうしょうせきを燃やしたにすぎないからだ。私たち暗殺部隊でも敵を眩するためによく使う。


 そんな冷めた目で、この光景を眺めていると麗鳳と目が合ってしまった。彼女もまた私と同様に恐ろしく冷徹な表情を浮かべていた。加えて、彼女が視線を逸らすほんの一瞬、口元が上がったようにも見えた。


「神のお告げがでました」


 よく通る声だった。

 群衆は動きを止め、続く言葉を固唾を飲んで待った。

 

「悲。この者が、この国に災いをもたらすとでました。今すぐ取り押さえ、火炙りの刑に処しましょう」


 麗鳳の指先が私に向けられる。

 

(どうして私が……?)


 この一瞬の迷いが命取りとなった。


 どこの誰だかも分からぬ男たちに手足をつかまれ、そのまま押し潰された。いくら私が、暗殺部隊の長であっても、数の暴力にはなす術もなかった。それに相手は一般人。意味なく殺すわけにもいかない。


 八方塞り。


「麗鳳! なにもそこまですることはなかろう。紫霞しかは、我々東軍勝利に大きく貢献したひとりだぞ!」

 

 東軍総大将にして、この国の初代皇帝となった煌翔様が止めに入ってくれた。鍛え上げられた筋肉質の肉体と、手入れの行き届いた威厳ある長い黒髭が、その存在感を際立たせる。齢三十にしてこの貫禄は流石だ。


(ありがとうございます。君主様)

 

「否。これは神のお告げです! 躊躇ってはいけません煌翔様」


 黒髭を摩りながら考え込む煌翔様。

 群衆は「麗鳳様の占いは百発百中ですぞ!」「躊躇う必要がどこにあるのですか?」と騒ぎ立て、麗鳳を後押しをする。


「見立て。この者は、戦場でたくさんの命を奪ってきました。そのことが原因で、怨霊たちに憑りつかれてしまったのでしょう」


(ふんっ。君主様がそんな嘘を信じるとでも……)


「命を奪った数で言えば余のほうが多いぞ麗鳳」


(ほ~らねっ)


「誤。我の見立てが間違えていました。ただし、神のお告げは本当です」


 再びお焚火に木簡を焚べると、炎の色が赤から黒に変化した。それは、静かに音を立てることなく燃える不気味な炎で、その熱量は異常なほど高かった。


 これには流石の私も驚いた。初めて見る炎の色で、決して炎色反応の類でないことがわかる。


「絶。この者が、この国に災いをもたらすのは間違いない事実のようです。それもこれを放置した場合、天変地異級の災いがこの国にもたらされるとでました」


 横目で煌翔様の様子を窺うと、彼は額に手を当て、悲しそうな表情を浮かべていた。


「すまん紫霞。この国の民を守ることこそが帝となった余の役目。それに、あんな不思議な炎を見せられたのだ。麗鳳の占いを疑うわけにはいかぬ」


「感。ご英断です」


「ただし、彼女のこれまでの功績を考慮し、火炙りの刑ではなく島流しの刑とする!」


「く、くく、ん、しゅ……様」


「守ってやることができなくてすまん」

 

 私に覆いかぶさる群衆を押し退け、煌翔様が最期の別れと言わんばかりに、優しく抱きしめてくれた。


(こんなときくらい普通にしゃべれたらよかったのに……)



 煌翔様が去ったあと、麗鳳が近づき耳元で囁く。

 

「良。これで我が計画は達成したも同然です。一番の邪魔者だったお前が消えてくれるのですから」


(この女、なにを言ってるんだ?)


 予測不能な行動はこの後も続く。


 麗鳳が唇を合わせてきたのだ。私はなぜか首筋に軽い痛みを感じると、心臓が「ドクン」と大きく跳ね上がった。次いで体中が燃えるように熱くなり、意識が遠くなる。


「うふふ。これは死の接吻。今後、人をひとりでも殺めた場合、お前は死ぬことになります。ですから、我に復讐しようなどと考えてはいけませんよ」


(やられた)


 祖国を失い、君主様を失い、私の特技まで奪われてしまった。それにふぁーすときすまでも。薄れゆく意識の中で、軽やかな足取りで去る麗鳳の後姿を妬ましく見送ることしかできなかった。




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