第33話 見届人たち・2
執事が上がってからしばらくして、ラディも来た。
「失礼致します」
カオルが出て行く。
「ラディさんをお連れしました」
ローブ姿だ。
持っている箱は、おそらく医療器具だろう。
目も気合が入っている。
「失礼し・・・」
ラディが部屋を見て足を止める。
縁側に座るマツ。
マサヒデに貼り付く銀髪の娘。これは試合で戦っていた娘か。
部屋の隅で、だらだらと涙を流して泣きながら、真っ直ぐに正座する執事。
下を向いて、震えているシズク・・・
「・・・」
「どうしました?」
「い、いえ」
ごん!
「た!」
「ふふふ。気を付けて下さいよ」
「は、はい」
ズレた眼鏡をくい、と直す。
マツと銀髪の娘がくすくす笑っている。
入る前は気を付けていたが、部屋を見て驚いてしまった。
「さ、ラディさん。一緒に座りましょう」
マツが笑顔でラディに声を掛ける。
「はい」
マツの隣に座ると、カオルが茶を出してくれた。
「どうも」
マサヒデは座ったラディに向いた。
「ラディさんは初めてですよね。こちらが、私の妻になるクレールさんです」
マサヒデにぺったり張り付いている、銀髪の少女。
真っ赤な瞳を見て、ぴんときた。
随分と年若く見えるが、おそらく人族ではない。この少女は魔族だ。
少女に見えるが、年齢は遥かに上だろう。
「マサヒデ様の第二夫人、クレールです!」
クレールが手を付いて頭を下げ、元気よく挨拶する。
仕草はしっかりしているが、喋り方は人族の少女のようだ。
湯呑を横に置き、ラディも手を付いて頭を下げる。
「ラディスラヴァ=ホルニコヴァです。ラディと・・・」
妻になる? 第二夫人?
そうだ。たしかマサヒデさんは師匠と・・・
「・・・ラディと、お呼び下さい」
「はい! ラディさん! よろしくお願いします!」
第二夫人・・・多妻に慣れた家の出。
部屋の隅で正座して泣いている執事らしき男は、彼女の家の者か。
ちらりと見える綺麗な仕草。姿は軽い冒険者だが、彼女は間違いなく貴族。
ラディの鑑定眼が光る。きらりと眼鏡が輝く。
執事の服装。
生地、ボタン、縫い目など、全てがハイレベル。
服には詳しくはないが、おそらくものすごい値段のものだ。
これはただの田舎貴族の執事が着る服ではない。
クレールの服装。
一見、ただの年若い冒険者。
しかし、やはり生地が違う。安物に見せかけた、高級品だ。
少し汚れているように見えるが、あれはわざと汚したもの。自然な汚れではない。
仕立ても丁寧すぎる。町の子供や冒険者が着る服ではない。
この少女は、貴族。上級貴族だ。
「クレールさん」
「はい!」
「魔族の方と、お見受けしましたが」
「はい! 私はレイシクランです! えへへ、今はトミヤスです・・・」
頬を赤く染めるクレール。
レイシクラン。
はて。どこかで聞いたような。
「レイシクラン・・・
詮索する気はありませんので、お答えする必要はありませんが・・・」
「何でも聞いて下さい!」
「貴族の?」
「はい! うちはワインが売りなんですよ!」
レイシクラン。ワイン。魔族。貴族。
「あっ!」
「?」
「あのレイシクラン? ワインの・・・レイシクラン・・・」
「あ、ご存知でしたか? うちのワイン」
「は、はい」
魔の国で1、2を争う大貴族ではないか!
マサヒデさんは、そんな方を、第二夫人に!?
正妻ではなく!?
つー・・・とラディの額から汗が流れ落ちる。
ズレた眼鏡をくいっと直し、もう一度頭を下げる。
「お目通りが叶いまして、光栄です」
「お気に召しましたら、うちのワイン、ご贔屓にして下さいね!」
「は。是非とも」
と言っても、庶民に手に入る値段のワインではない・・・
「そうだ! ラディさんはすごい治癒師だって、マサヒデ様の手紙で読みました!」
「そうなんですよ、クレールさん。見たら驚きますよ。
何と言っても、あのマツさんが驚いてしまうくらいの術なんですから」
「うわあ・・・」
クレールがキラキラ光る目でラディを見つめる。
重い。重すぎる。あんなに純粋な瞳なのに。
だが、目を逸してはいけない。
少しでも機嫌を損ねたら、文字通り首が飛ぶ!
「私も、少しだけ魔術が使えるんです。良かったら教えて下さい!」
「お恥ずかしいものですが、お望みとあらば」
「わあ! ありがとうございます!」
「ふふ、良かったですね」
マサヒデが少女の頭を抱く。
「えへへ。やりましたー!」
心臓が破裂しそうだ。
マサヒデさんは、この少女と普通に喋っている。
この少女を、第二夫人としている。
やはりこの男、只者ではない。
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「こんにちはー! おりますかのー!」
す、とカオルが立ち上がり、玄関に向かう。
「お! あんたカオルさんじゃの!」
という声がして、どすどすとトモヤが上がってきた。
「おうマサ・・・」
部屋の面々を見て、トモヤが黙ってしまった。
縁側に座るマツ。
隣に、明らかに緊張でがちがちになっている、ローブの大きな女。
マサヒデに貼り付く銀髪の少女。
部屋の隅で、泣きながら真っ直ぐに正座する執事。
下を向いて、正座で震えている鬼娘。
「おう、トモヤ。さあ、座れ」
「お、おう・・・」
トモヤは居心地悪そうに、入り口近くに座る。
「お茶でございます」
カオルがトモヤに茶を差し出した。
「あ、すまんの・・・」
ずずー・・・と、トモヤは茶をすする。
「・・・」
「トモヤ。紹介しておこう。こちら、クレールさん。俺の新しい妻だ」
ぶっ! とトモヤが茶を吹いた。
「げほっ! ぐふぐふっ! な、何!? もう一度・・・けっほけほっ!」
「クレールさん。俺の新しい妻だ」
「何じゃと!?」
マサヒデは、つい先日マツ殿を娶ったばかりでは・・・
「妻ぁ!? 冗談じゃろう!? 先日、マツ殿を娶ったばかりではないか!?」
「む? どうかしたか?」
「阿呆! 節操がなさすぎるわ!」
「ああ・・・うむ・・・俺自身もそう思うが・・・しかし、どうしても、な」
どうしても、如何ともしがたい理由があったのだ。
マサヒデの言葉の綾、という理由が。
カオルがトモヤに手拭いを差し出す。
「どうしてもだなんて・・・えへへ・・・マツ様がいるっていうのに・・・
マサヒデ様! 私、そこまでマサヒデ様に好いてもらって、幸せです!」
「・・・」
吹いた茶を拭きながら、マツの顔を覗くと、2人を見てにこにこしている。
「ふう・・・まあ、マツ殿もご了承であるのじゃな。ならば良いわ・・・ワシから言う事は、何もない。お主の妻じゃからの・・・」
「驚かせてしまって、すまん」
「本当に驚いたわ! 全く・・・」
トモヤはクレールに目を向け、ぐっと頭を下げた。
「ワシはトモヤ=マツイといいましての。マサヒデと同じ村の出じゃ。
新しい奥方が来ておるとは知らず、ちゃんとした祝いの言葉も考えておらんで、まっこと申し訳ないが、許して下され。
クレール殿、どうぞマサヒデをよろしゅう頼みます。
此度はご結婚、おめでとうございます」
「はい! ありがとうございます!」
元気に答えるクレールを見て、トモヤもにっこり笑う。
「おう、これはめんこいのう! ふふふ、マサヒデが嫁にしたがる訳じゃ!」
「めんこいだなんて・・・えへへ」
クレールは頬を赤く染める。
トモヤは震えている鬼の女に目を向ける。
「あんたが、今日、立ち会いをするというシズクさんとやらか。
ワシはトモヤ=マツイじゃ」
鬼の女は正座して、下を向いたまま震えている。
「? これ、どうなされた? お主、シズクさんではないのか?」
女がゆっくりと顔を上げる。
目がちらちらとクレールの方を見ている。
クレールがこちらを向いている。
無表情だ・・・
「はい。私がシズクです・・・」
「む・・・やはり真剣勝負となると、緊張もするじゃろうな・・・すまぬ・・・」
トモヤはこれまた緊張しているラディの方を向いて、
「そこな眼鏡の方。その格好・・・お主が治癒師の、ラディ殿ですな」
「はい」
「うむ・・・」
トモヤは鋭い目つきでラディを見つめる。
何だろう。ラディも緊張して、トモヤを見返す。
「・・・」
「・・・ぷっ! 聞いておった通り、ラディ殿はほんとにでかいのう! ワシよりでかいかの!」
緊張していたラディの気が抜け、かくっ、と肩を落とす。
「おう、おなごにでかいなどと、これまた失礼千万であったの! わはははは!」
「トモヤ・・・お主、もう少し言葉を選べんのか」
「わはははは! 見ての通りの田舎者ゆえ、許して下され! ははは!」
トモヤのおかげで、少しだけ場の空気が変わった。
もうすぐ夕刻。
立ち会いが始まる。
真剣の、立ち会いが。
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