第32話 見届人たち・1


 翌日。

 昼餉を食べながら、マサヒデは見届人の安全の為、マツに防護の魔術を頼むことにした。


「マツさん。今日の立ち会いに際してですが」


 ぴり、と皆の空気が固まる。


「はい」


「見届人に、あの防護の魔術をかけてもらえますか」


「お任せ下さい」


「それと、マツさんは、防護の魔術をかけたら、訓練場から出てもらいたい」


「え! なぜです!?」


「あなたは、心根が優しすぎる。

 どんなに止めても、きっと、あなたは2人の勝負の際中、止めに入る。

 そうなったら、私達に、マツさんを止めることは出来ません。

 だから、決着が着くまで、あなたは外にいて下さい。

 魔術で覗くのも、やめて下さい。お願いします」


「・・・」


「お願いします」


「・・・どうしても、いけませんか」


「はい」


「・・・」


 マサヒデはマツをじっと見つめる。

 カオルも、シズクも、マツを見つめる。

 マツは下を向いて、諦めたように、ぽつん、と呟いた。


「分かりました」


「ありがとうございます」


 マサヒデは箸を進めた。

 


----------



 昼食からしばらくして、クレールが来た。

 

「こ・・・こんにちは~・・・」


 小さな声であったが、マツ以外の3人には聞こえている。


「お客様ですね」


 カオルがすっと立って出迎えに行く。


「クレールさん、ですね」


「クレールさん・・・誰だっけ?」


 片肘で寝転がりながら、シズクが尋ねる。


「もうひとりの、候補の方です。見届人のひとりです。

 まだ返事は頂いておりませんけど、まず入ってくれるかと」

 

「ふーん・・・絶対に入れないと、て人ね」


 廊下を歩く音。

 クレールが、試合の時のような、軽い冒険者の姿で入ってきた。


「あ! マサヒデ様!」


 マサヒデの姿を見て、目を輝かせるクレール。

 ば! とマサヒデの前に、正座する。

 

「ご足労、ありがとうございます」


「そんな! マサヒデ様のお呼びでしたら!」


「あんたがクレールさんて人? ふふーん。随分と小さいね」


 む、とクレールはシズクに顔を向ける。


「そうですけど! 小さくて悪かったですね!」


「ん・・・?」


 シズクはクレールの顔をじっと見つめる。

 この髪の色。この瞳の色。透けるような白い肌。格好は軽い冒険者だが・・・

 まさか。まさか、ね。にやにやしていた顔が、少しだけ引き締まった。


「あのさ、念の為に聞くけど・・・」


「なんですか!?」


「もしかして、もしかしてー! ・・・だけど・・・レイシクランの人?」


「そうですけど! それが何か!?」


「うぇ! まじで!? レイシクランが見届人なの!?」


 シズクが寝転がった状態から、怖ろしい速さで、ぴしっと正座になる。


「いけませんか!?」


「ま、まーさかあ・・・あは、あははは! 好きなだけご覧に・・・

 その・・・小さいとか言って、すみませんでした・・・」


「ふん!」


 くす、とマツが笑う。


「カオルさん、お茶をお出しして下さいますか」


「はい」


「クレールさん。今回の勝負は、あの鬼の方と、今のメイドの方です。

 こちらがシズクさん。

 メイドの方がカオルさん」


「へえ・・・あなたが・・・ですか」


 すう、とクレールが正座したシズクを見つめる。

 シズクを見つめる目には、何の光もない。

 

「・・・」


 シズクはがちがちになって、下を向いてちらちらとクレールを見る。

 クレールがばっとマサヒデを向く。目が輝いている。


「マサヒデ様! 私、メイドを応援します!」


「ふふ。お好きな方を」


「・・・」


 クレールがまた、ゆっくりシズクの方を向く。

 道の上で干からびたミミズを見るような目。


「先程の態度もそうですけど・・・あなた、恥じらいの欠片もない方だ、とお聞きしました」


「は・・・田舎者ゆえ・・・」


「ふっ。服一つない姿で、マサヒデ様をお迎えしたとか」


「あの時はまことに・・・」


「私の夫を、そのような淫らな姿で誘惑でもしようとでも?」


「ま、まさか、そ・・・? お、夫!?」


 シズクが驚いて顔を上げる。

 にやり、とクレールが口の端を上げる。笑顔が黒い。

 クレールは、ぱっとマサヒデに明るい笑顔を向ける。


「もう、マサヒデ様。私のこと、お話してくれてなかったんですか?」


「今日、クレールさんが来てから、ご紹介がてらにお話しようと思ってたんです」


「私ったら軽率に・・・申し訳ありません」


「いや、今クレールさんがここに来てるんですから。ちょうど良かったですよ」


 だらだらとシズクの額から汗が流れる。

 まさか、マサヒデが魔の国で1、2を争うような貴族と結婚していたとは。

 さて、彼女がマツの事を知ったら、一体どうなることか・・・


「クレール様。お茶をお持ち致しました」


 カオルがクレールに茶を差し出す。


「粗茶ですが」


 マツが頭を下げる。


「わあ! ありがとうございます!」


 茶菓子をもりもり食べるクレールは、全く子供と変わりない。

 くす、とマツが笑みを漏らす。

 

「あ、そういえば、今日はあの執事の方は?」


「? 外に立たせてますけど」


「まだ時間がありますよ。入れてあげないと」


「え? 何故です?」


「ずっと待たせるなんて、疲れちゃいますよ。入れてあげましょう。

 マツさん、いいですよね?」

 

「ええ、もちろん」


 カオルはその会話を聞きながら「食事を一緒に」と言われた事を思い出した。

 この人を主人に選んで良かった、と・・・

 たとえ試験が終わるまでの短い期間でも、マサヒデに仕えていたい。

 だから、必ず、勝つ。


 彼にも、この事を話しておこう。

 きっと、彼ならこの私の気持ちを理解してくれるはず。

 

「では、お呼びして参ります」


「お願いします」


 何やら玄関で問答をしている声がして、少ししてから、執事が入ってきた。

 

「マサヒデ様。マツ様。上げて頂きまして、感謝致します」


 ぴしっと礼をする執事。

 

「今日はご足労、ありがとうございます」


「は」


 何やら、目が潤んでいる。


「・・・? どうかしましたか?」


「いえ・・・その、上げて頂けるとは思いもしませんでしたので」


「マサヒデ様とマツ様に感謝なさい」


「クレールさん、何を言ってるんです。外で立って待ってるなんて、疲れちゃうじゃないですか。さ、座って下さい」


「マサヒデ様?」


 クレールが不思議そうな顔でマサヒデを見る。


「そ、そんな! 座るなど! とんでもない!」


 執事が慌てて手を振る。


「クレールさん。これは私の家の決まりです。

 と言っても、ここはマツさんの家ですけど・・・

 お仕事ですから、お客さんの前とか、外では仕方ないです。

 でも、周りにそういう人が居ないなら、執事さんも一緒に扱います。

 なんと言うか・・・部下じゃなくて・・・お手伝いさん? みたいな感じで」


「一緒に? ですか?」


「クレールさんは、もう私の家族。ですから、この人もここでは部下じゃなくて、家族・・・とはちょっと違うか・・・ええと、友達とか、仲間みたいな感じの・・・うーん、上手く言えないですけど。ほら、お仕事なだけですから」


「仕事・・・友達・・・仲間・・・」


「マ・・・マサヒデ様・・・」


 執事がだらだらと涙を流し始めた。


「クレールさんも、この決まり、飲んでくれませんか。彼は私の部下ではありませんけど、お願いします。

 あなたも、慣れないと思いますけど・・・慣れないなら、カオルさんみたいに、動いてもらって構いませんから。

 ここに来た時だけは、私と一緒の座に座って、一緒に食べて、話しましょう。お願いです」

 

 マサヒデが2人に頭を下げた。

 

「マ、マサヒデ様! そんな! 頭をお上げ下さい!」


「マサヒデ様! 貴方様は・・・! うっ! うう! 良かった・・・!」


 クレールが執事の方に「きりっ!」と振り向いた。

 クレールの目も潤んでいる。


「さあ! お座りなさい!」


「は!」


 ぴし! と正座して涙を流す執事に、カオルが茶を差し出した。

 カオルが小さく頷くと、執事も小さく頷いた。

 玄関で、カオルは話しておいたのだ。

 茶を差し出したカオルの目も、潤んでいた。


 必ず、勝つ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る