第34話 真剣勝負 カオル対シズク・1


 そろそろ、時間だ。

 

「では、皆さん」


 マサヒデの小さな声で、部屋の空気ががらっと変わる。

 

 震えていたシズクの顔が変わり、きりっとした顔になる。

 廊下に座っていたカオルの空気が冷たくなる。


 笑顔だったマツの顔が、真剣になる。

 マサヒデに張り付いて、にやにやしていたクレールの顔が、無表情になる。

 マツの隣で、トモヤの冗談で肩を落としていたラディの目に、気合が入る。

 トモヤの顔から、笑顔が消える。

 涙を流していた執事の顔が引き締まり、涙が止まる。


 これから、真剣勝負。

 殺し合いが始まる。


「・・・行きましょうか」


 静かに全員が立ち上がる。

 執事は能面のような顔であったが、目に火が入ってる。


「シズク様。カオル様」


 2人の顔を、ゆっくりと順に見る。


「どうか、ご武運を!」


 綺麗に頭を下げた執事の声は、正に戦場へ向かう者を送る声であった。


「は!」「おう!」


 ぞろぞろと皆が出て行き、最後にマツが残る。


「私は、見届人として立ち会うことを、許されておりませんから・・・

 すぐ、戻りますね・・・」


 悲しげな声であった。



----------



 ギルドへ向かうと、入り口にマツモトが待っていた。


「・・・トミヤス様。お待ちしておりました」


「ありがとうございます」


 マツモトは後ろにいるカオルとシズクに顔を向ける。

 長年、冒険者として活躍してきたマツモトには、2人の『顔』がよく分かる。


「・・・」


 しばらく、2人の顔を見つめて、こくり、と小さく頷いた。


「ご武運を」


「おう!」「ありがとうございます」


 廊下に向かうと、訓練場の設備が運び出され、置いてある。

 試合の時のように、倉庫などへ全部しまう余裕はなかったようだ。

 それでも、扉を開けると、訓練場の設備は全て運び出されていた。

 マツモトの計らいだ。


「トモヤ。廊下にあった、長椅子を持ってきてくれんか」


「うむ」


 見届人の席だ。

 扉のすぐ隣に置いてもらい、クレール、ラディ、トモヤの3人が座る。


 訓練場の真ん中に3人立つ。

 マサヒデ、カオル、シズク。


「では、準備を」


 すっとシズクが棒を構える。

 カオルがぐっと腰を落とし、小太刀を抜く。


「私が長椅子に戻ったら、私達、見届人に、マツさんが防護の魔術をかけます。

 この魔術は、我々の周りに壁のようなものを作ってくれます。

 絶対に破れないものですから、我々見届人を一切気にせずに、戦って下さい」


「おう」「はい」


「マツさんが、この術をかけ、扉を閉めたら、開始です」


「おう」「はい」


「それでは」


 くるりとマサヒデは踵を返し、長椅子まで戻ってきた。


「マツさん。お願いします」


 マツが防護の魔術をかける。

 皆の周りに、うっすらと膜のようなものが置かれる。


「この魔術は、何があっても破れません。皆を安全に守ってくれます。

 皆さん、危険ですから、絶対にここから出ないように。

 ラディさん、どんなに危険だと思っても、絶対に自分の判断で出ないで下さい。 私が言うまでは、決して出ないように」


「はい」


「・・・マツさんが扉を閉めたら、開始されます」


 マツが泣きそうな目でマサヒデを見る。


「マツさん。ありがとうございました。家で待っていて下さい」


「・・・」


 マツは少ししてから、ばっと音を立てて振り向いて、扉を開けた。

 ぎいい・・・ばたん。

 勝負が始まった。



----------



「へっへっへ、始まったね」


「・・・」


「お供の座は、私が頂く!」


 ものすごい速さで突きが繰り出される。

 カオルはそれを左右に最小限の動きで避けながら、じっと攻撃を見る。


「どうした!」


 ぶんっ! と棒が振られ、身を伏せて、頭の上を棒が走った瞬間、後ろに飛び退く。


(やはり! これは受け流せない!)


「ふふふ・・・速いね」


「・・・」


「速い。マサちゃんが強いっていう訳だ」


 じりじりと、シズクが近寄る。


「さて・・・と!」


 どん! とすごい音がして、シズクがカオルに向かって飛ぶ。砂煙が舞う。

 速い。そして、重量。


(あっ!)


 思い切り横に飛ぶが、また、どん! と音がして、カオルの方に跳んでくる。

 マサヒデとの試合のように、思い切り大きく、という風に跳んでいない。

 まるでカオルが飛び跳ねるような動き。

 だが、重量がすごい。


「どうだ!」


 あの重量で、カオルの速さに着いていく。

 例え鉄棒を避けられても、あの勢いで飛び込んでくるのだ。

 身体に触れただけで、カオルは吹き飛ぶだろう。


(ここまで速いとは!?)


 マサヒデも驚く。


(なるほど。小さく細かく跳ぶ。単純だが、上手い。これがシズクさんの策)


「く・・・」


「どうしたーッ!」


 ぶんっ、と鉄棒が振られ、ぎりぎりでカオルは避ける。


(このままではやられる!)


 逃げてばかりではだめだ!

 どこかに隙を・・・


(隙!)


 焦るな。十分、隙が出来るまで。


「・・・」


 さっと体勢を戻し、ぐっと腰を落とす。

 見えないように、懐から取り出す・・・

 と、跳びはねていたシズクが、ぴたっと止まる。


 シズクの鋭い勘が、おっと危ないぞ、と警鐘を鳴らす。

 右手は小太刀。左手は後ろ。動きは見えなかったが、これは左手だ。


「・・・何か狙ってるなぁ? ・・・左手だ。どうだ?」


(!?)


 気付かれた。完全に見えていなかったはず。

 驚いたが、顔にも目にも出てはいない。


「ふふーん」


 全く顔にも目にも出ていない。身体にも出ていない。

 しかし、シズクはカオルをじっと見て、これは当たってるかな、と感じる。

 何かしてくるな、と分かれば、そう怖くはない。

 余裕を見せるようにして、ちゃんと身体は警戒をする。


「当たったな。さあ、出してこい」


 カオルもシズクの勘は鋭いとは思っていたが、まさかここまで鋭いとは。

 余裕ぶっているが、あの身体はしっかり警戒している。


「ちっ!」


 カオルはシズクの足元を狙い、小さな袋を投げつけた。

 煙が上がる。

 思わずシズクは笑みを浮かべてしまった。


(毒でも入れてあるかな? 一応、飛ばしておくか?)


 ぶん! と鉄棒を回す。風で煙が散る。


「ははは! こんなんじゃ! 目潰しにも! ならんっ・・・ぞぉー!」


 シズクが鉄棒を振り上げ、思い切り地面に叩きつける。

 どおん! とものすごい音がして、壁が震える。

 叩きつけた勢いで、砂煙がと巻き上がり、シズクとカオルが見えなくなる。


「ははははは! 煙出すなら、このぐらいやってこいよ!」


 と、声を上げて、ひょいと後ろに跳んでおく。

 余裕を持って挑発しながら、しかし、ちゃんと警戒は怠らず、派手に音を出さないよう、静かに・・・


(あ! なんかまずい!?)


 と感じて、静かに横に飛ぶ。

 すぐ横を、何かがすっと通り抜ける。

 ぴっと腕を何かが掠める。深くはないが、切れた。

 カオルだ。まずい。なにか仕掛けてくる。さっきのは見せるだけの囮だったのだ。

 しまった。調子に乗りすぎた。自分で視界を遮ってしまうとは・・・


(ふふふ。自ら視界を奪うとは)


 こういう所でこそ、カオルの真骨頂だ。

 今こそ攻めるしかない!

 と思って、ぐっと踏み止まる。


(見極めろ。隙を見極める。完全にとどめを刺せる隙!)


 もうもうと立ち込める砂煙の中、シズクの位置を慎重に見極め、静かに走り抜けながら、関節を狙う。

 しかし、これは外れても良い。思い切り狙うのではなく、余裕を持って。

 外しても、隙を作らないように。小太刀の斬りは囮にするくらいで・・・

 もう一度!


「あいてっ!」


 シズクの声が聞こえる。

 斬った。

 が、やはり浅い。軽く肌の上を刃が走ったくらいだ。


 狙っているのに、微妙に外されている。

 やはり、シズクは視界がなくても、あの勘で動くことが出来る。

 だが、位置までは掴まれていない。


(よし!)


 また走り抜ける。今度は切りつけない。

 用意した壺を、背中に投げつける。

 かしゃん! 当たった!


「う?」


 背中に何かを投げつけられた。

 だが、痛くも痒くもない。

 液体だ。たらあっと、ねっとり垂れていく感じ。


(これまずいかも? 毒?)


 量は少ない。だが、しっかり背中についている。

 何か、危ない物が、背中についている。


「ちくしょう!」


 どん、と思い切り地を蹴って、今度は思い切り跳ぶ。

 こっちからは見えないが、相手にはしっかり位置を把握されている。

 なら、静かに跳ぶ、なんて必要ない。


「うわああーーーッ!」


 思い切り跳んだ先で、思い切り声を上げて、思い切り片手で先を掴んだ鉄棒を振り回す。

 風が巻き上がり、シズクの周りの砂が飛ぶ。


「あああーーーッ!」


 ぶんぶん振り回す。勢いをつけて! 限界の速度で!

 何かが太ももの後ろに刺さる。また刺さる。

 だが、構わず回す!


「はあー、はあー・・・すーっ・・・」


 思い切り吸い込む。

 口に、砂は入ってこない。

 息を整えると、砂煙は散っている。


「ふふふ・・・どうだ・・・」


 視界は戻った。

 見回すが、カオルは見えない。

 そう近くはない。離れている。


 太ももを見ると、2本、棒手裏剣が刺さっている。

 大した深さではない。


「ふん」


 抜こうとして手を伸ばした時、かちゃん、と頭に何かが当たった。


「あて」


 大して痛くもない。

 手裏剣の当たり損ないか、と思って、足に刺さった手裏剣を抜き、ひょいと放る。


「ん?」


 額を触ると、シズクの髪を伝って、なにかが垂れてくる。

 垂れていく液体を見て、足元に細かな破片があるのに気付く。

 これは、毒?

 シズクの勘がものすごい警鐘を鳴らし、心臓が早鐘を打つ。

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