第24話 見届人
マサヒデが執務室に入ってから数刻後。
ホテル、ブリ=サンク、クレールの部屋。
隣の部屋では、クレールの引っ越しの用意で、メイドが走り回る。
「お嬢様。マサヒデ様からお手紙が届いております」
「え! 見せなさい!」
「ふふふ。マサヒデ様も、こんなに早くご連絡をお寄越し下さいますとは。
よほど、お嬢様が恋しいのでしょうな」
にこにこしながら、執事が手紙を渡す。
「えへへ・・・」
簡素な封書。
封筒に『トミヤス=マサヒデ』と書いてある。
ぺりっと封を剥がし、中の手紙を取り出すクレール。
「んふふ・・・」
うきうきした顔で、手紙を読むクレール。
「へえー! すごい!」
「どのようなお知らせで」
「新しく、旅の仲間が加わったそうです。治癒師の方と、鬼族の方」
「ほう」
「治癒師の方、何でも、切り落とした腕もぴったりくっつけちゃうんですって!
それだけじゃなくて、流れ出た血まで戻すって・・・すごい治癒師ですね!」
「なんと、流れ出た血まで? そのような治癒の術、聞いたこともありませんな!
怖ろしい腕利き・・・おっと、治癒師の方に怖ろしいなどと、失礼でしたな」
「家は鍛冶屋さんで、マサヒデ様の刀の鑑定もしてくれたんですって。
鑑定してる時、部屋の空気が詰まりそうになって、みんな声も出なかったって」
「ほう。目利きも出来るとは。面白い方ですな」
「それと、鬼族の方は・・・わあ! あの試合で戦った人ですって!
あの人もすごかったですよね! マサヒデ様が、天井まで飛んでいって・・・」
あの試合を思い出したのか、クレールの目が輝く。
目にも見えない女の突きを躱し、棒の上に跳び乗ったマサヒデ。
天井から駆け下りて来たマサヒデ。
「あはは! 鬼族の方、お誘いを受けたこと忘れちゃってて、マサヒデ様達が訪ねたら、いきなりドアの向こうから棒を突き出してきたんですって!」
「はは、これはまた」
少し読み進めて、クレールは思わず吹き出してしまった。
「ぷーっ! あはははは!」
「ふふふ、まだありますか」
「恐る恐るドアを開けたら、鬼族の方、裸で棒を構えてたんですって! あはははは!」
「ははは! それは驚かれたでしょうな!」
「思わず謝って、ドアを閉めちゃったそうですよ。うふふ」
「ふふふ。マサヒデ様の周りは、面白い方が多うございますな」
「それから・・・」
手紙を読み進めると、クレールの顔が厳しくなった。
「・・・」
「どうなさいました」
「あの忍の方と、鬼の方・・・勝負して、勝った方がパーティーに入ると・・・」
「ほう」
「勝負は、真剣で行うそうです」
「真剣で・・・ですか・・・」
「私に、その立ち会いに、見届人として来てほしい、と。場所はあのギルドの訓練場です」
「ふむ」
執事の目が鋭く光る。
(お嬢様がお断りしやすくする為、マサヒデ様は真剣の場をお作り下さったのだ)
一応、かすってはいる。
真剣での実戦を見てもらいたい、という考えは確かにある。
だが、断ってほしいなどとは全く思っていない。
「来るなら、服装は、あの試合の時の服で、と」
「まあ、さすがにギルドにドレスは・・・これは仕方ありませんな」
「・・・」
「お嬢様、参りますか?」
「はい」
「では、準備を整えておきましょう。試合はいつ?」
「まだ、決まってないみたいです。
明日、ギルドに訓練場を借りる交渉をするそうです。
日時が決まったら、また連絡を送ります、と」
「分かりました。では、使いの方に、見届人に参加するとお伝えします」
「お願いします」
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同じ時刻。
郊外、寺の近くのあばら家の庭。
「うーむ・・・この手が悪かったか。ここで飛車を引いておくと・・・」
「トモヤさん。それでは、ここに香を置かれます。すると、攻めが続きません」
「それにはこう銀を上げる」
「ふむ」
「すると、坊様はどうしてもこう引かないとならんから・・・それで・・・」
焚き火の前、アルマダと騎士達が頭を突き合わせ、トモヤの感想戦を行っている。
最初こそ住職には全く歯が立たなかったトモヤだが、少しづつ勝負になってきている。
そこに、ぱさり、と小さな物音。
「何者だ!」
とアルマダが剣を抜いて立ち上がり、騎士達も立ち上がる。
遅れて、トモヤも振り返る。
「・・・」
気配はない。
音のした方を見ると、石が乗った封筒が置かれている。
「・・・」
「アルマダ殿・・・あれは? 手紙のようじゃが・・・」
「・・・カオルさんですかね・・・」
ゆっくり近付いて、慎重に手紙を拾い上げる。
マサヒデ=トミヤス、と署名がある。
手紙を持って、アルマダが戻ってきた。
「なんじゃ、マサヒデのやつ・・・
何のつもりかの。話せば済むことじゃろうに、なんで手紙なんじゃ?
今度はワシを口説くつもりかの? ははは!」
「ははは、そうかもしれませんよ。さて、読みますか」
ぱらりと封を開け、手紙を取り出す。
「ふーむ・・・」
アルマダの顔が険しくなる。
「・・・何か、マサヒデ様の身に?」
「いや。そうではありませんが・・・」
アルマダが顔を上げた。
「トモヤさん。旅の仲間になる方、1人余ってしまうかも、というのはご存知ですよね」
「ああ、そういえばそうじゃったの。
マサヒデと、ワシと、魔術師、治癒師、忍、鬼娘。で1人余る。
じゃが、忍は荷物番で連れて行く、という話じゃったの」
「そのカオルさん・・・忍の方と、鬼の方、シズクさんと言います。この2人、どちらも旅慣れていて、マサヒデさんの見た所、どちらも実力が拮抗している」
「ほう。鬼娘どのも、それほどの腕か」
「そこで、勝負して勝った方がパーティーに。負けた方が荷物番として、と」
「ふむ。マサヒデは、それだけの事で、文を寄越したのか?」
「トモヤさん。勝負は・・・真剣で行う、と」
「なに? 真剣?」
空気がぴりっとしたものに変わる。
「トモヤさんには、その勝負に見届人として立ち会って頂きたい、と・・・」
「真剣じゃと? 仲間となるのに、マサヒデの奴、一体何を考えておるんじゃ?」
「・・・」
「大怪我でもしたら一体どうするんじゃ? というか、してしまうわ。木刀で良かろうが・・・なぜ真剣なんじゃ」
「トモヤさん、この勇者祭では真剣は当たり前。
実際に、真剣で戦う時の腕を確認しておきたい。そういうことでしょう。
魔術師ならば、あの試合でも、ある程度の腕は分かりますが・・・
直接、得物を持って戦うとなれば、やはり真剣の腕を見ておきたい。
私も、そう思います」
「うーむ・・・」
「私ではなく、トモヤさんを呼ぶのは、同じパーティーで戦う仲間として見てもらおう。そういう理由でしょう。至極当然のことです」
「確かに、な・・・そうじゃの。これから一緒に旅をするんじゃ。仲間の腕は見ておきたいの。しかし、真剣勝負の見届人か・・・」
「治癒師の方も立ち会い、即死してしまうような事は禁止、という決まりをつけての勝負。死ぬような事はないと思いますが・・・それでも、事故はありえます」
「・・・事故・・・死ぬ、ということじゃな・・・」
「はい」
「そこに、見届人として立ち会え、と、マサヒデは伝えてきたわけじゃ」
「はい」
「うーむ・・・」
トモヤは唸って考え込んだ。
「トモヤさん。行った方が良い。あなたは、一度、真剣勝負を見ておくべきです。
本物の殺し合いというものを、見なければなりません。
この先に進むなら、血が流れる所を、見ておくべきだ」
「殺し合い、か・・・」
「この先、殺し合いになることは、必ずある。
今のうちに、命を奪い合う勝負とはどういうものか、見ておきなさい。
あなたも、いずれそうやって戦うことになる」
トモヤは真剣な顔を上げた。
ぱん! と手を膝に叩きつける。
「うむ、そうじゃの! アルマダ殿の言う通りじゃ!
腹を据えておるつもりじゃが、ワシはまだ真剣勝負はしておらん。
じゃが、せめて一度は見るだけでも、と言いたいのじゃろうな。
そうせねば、本当に腹も据わらんというものじゃ。
きっと、マサヒデはそれを伝えたかったはずじゃ」
「そうです」
「で、勝負はどこで、いつかの。また坊様に許しを得ねば」
「まだ日取りは決まっていないそうです。
場所は冒険者ギルドの訓練場。
これから、借りに行く交渉をして、日時が決まったら、改めて連絡すると」
「ううむ、ギルドには、この町に来てから、何度も世話になりますのう。
ワシも一度、ちゃんと礼を伝えに行かねば」
「ふふふ。町で将棋の勝負を申し込まれるかもしれませんよ?」
「それは面倒じゃの! じゃが、稼ぐには良いかもしれんの! ははは!」
場の空気が急に明るくなる。
ぶんぶん腕を振り回し「町中から巻き上げてやるわ」と言って大笑いするトモヤ。
そのトモヤを見て、笑いを上げる騎士達。
アルマダはそのトモヤを見て思う。
腕こそ皆に遥かに劣るが、やはりトモヤは必要だ。
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