第二章 真剣勝負
第23話 荷物番はどっち
汚い路地を出て、いつもの道に出る。
アルマダが笑顔でマサヒデに振り向いた。
「マサヒデさん、良かったですね」
マサヒデはアルマダの横に並ぶ。
「はい。ちょっとがさつな所もありますけど、頼りになりそうです」
「がさつ・・・ふふふ、素っ裸で構えて立ってたのには、驚きました」
「ははは。しかし、あのドアに開いた穴、見ましたよね。あれには驚きました。完全に円の形してましたね」
「ええ。棒であんな穴を開けるなんて・・・」
「試合の時、ただ力まかせじゃなく、技も磨かれている、とは感じましたけど・・・まさか、あれほどとは。棒術使いであんな人、初めて見ましたよ」
「シズクさん、今までずっと、勝負しながら、旅をしてきたんでしょうね」
「ええ。種族を救う為にって・・・必死になって、強い人を探して。命がけの勝負も、きっと何度もしたでしょう。それでも、妻がいると分かったら、諦めて。さっきのように、ごめんなさい、と頭を下げて」
「ふふふ。引っ越せば済む話だったのに」
「話が簡単すぎて、さすがの魔王様も気付かなかったんでしょうか」
マツがすっと出てきて、
「魔力の異常が起こっている、と、はっきり分かってて、ずっとそこに住んでるなんて・・・父上も鬼族の方々はご存知でしょうけど、さすがにここまでだなんて、思いもしなかったんでしょう」
「ははは! 面白い方々だ。皆、あのように単純で、豪快で、良い人達ばかりなんでしょうね。魔の国に着いたら、シズクさんのご家族にも会ってみたい」
「ええ。私も」
「そうだ。この事、クレールさんにも知らせておかないと。後で文を書きますから、カオルさん、お願い出来ますか」
「いいよ」
「じゃあ、帰りましょうか」
「はい」
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マツの家に着いて、一息ついて茶を飲んでいると。
がらっ! ぱしーん!
勢いよく戸が開く音がした。はっ! と身構えると、あの大きな声。
「シズクだよー! 入るよー!」
「ええ!?」
返事も聞かず、どたどたと歩いてくる。
「や! 待たせたね!」
シズクは大きな荷物を部屋の隅に置くと、どん、とあぐらをかいて座った。
「あの・・・随分と、早かったですね」
「荷物なんか、いつでも立てるようにまとめてあったからね。
服、着替えてから、すぐ来たんだ」
着替えて。
マサヒデの脳裏に、あの素っ裸で構えて立っていた、シズクの姿が浮かぶ。
「ふう、良かった・・・ちゃんと着て来たんですね」
赤い顔をして、シズクは「ふん」と横を向いた。
「も、もう、当たり前だろ! さすがに素っ裸で町を歩いたりしないよ・・・さっきはいきなり来たから、驚いだけだよ!」
カオルがすっと茶を差し出す。
「ありがと」
シズクは湯呑を受け取って、ぐぐっと一気に飲み干した。
「でさ、いつ行くの? さすがに今日はないよね。明日? 明後日?」
「いや。大事な用事がいくつか残っていましてね。それが解決するまでは、ここにいないといけないんです」
「ふーん。そう」
「シズクさんには、もう参加が決定している仲間をご紹介したい」
ラディは家に戻ってしまったが、ここにいるカオルを紹介しておこう。
一応、カオルに確認する。
こくん、とカオルは頷く。
「そうだった。試合じゃ仲間を探すって話だったよね。誰?」
「そこにいるカオルさんです」
シズクがカオルに胡乱な顔を向ける。
「メイド?」
「いや。彼女は忍です。これは、いわゆる仮の姿という奴です」
「へえ・・・忍・・・初めて見た」
「カオルさん。さっきの姿に変われます?」
ばさ! とカオルが服を脱ぎ捨てると、冒険者に変わる。
「おお・・・」
シズクが驚いた顔をして、カオルを見る。
カオルが脱いだメイドの服を拾って、またばさっと音がすると、一瞬でメイド姿に戻る。
「す、すごいね・・・これが、忍ってやつか・・・」
「試合の最終日、私と戦った方です」
「最終日・・・ごめん、私、自分の試合が終わった後、見てないんだ」
「そうでしたか。彼女、腕利きですよ」
「はあー・・・忍ってすごいんだね・・・」
「決定している方は、あと2人います。
私の友人のトモヤと、治癒師のラディさん」
「じゃあ、私で全部揃ったってわけだ! 用事が済んだら、いつでも行けるね!」
「実は、もう1人、候補がいます」
「もう1人? 勇者祭って5人じゃない?
マサちゃん、友達、治癒師、忍者、私・・・」
指を折りながら、シズクが人数を数える。
「そう。もう1人の候補が入るとなると、1人余る。
こちらは、まだ参加するかのお返事を頂いていませんが、まず来てくれるかと」
マサヒデは帰りながら考えていた事を話しだした。
荷物番などの雑用をする係。
「シズクさん。あなたは随分と旅慣れているようですね」
「まあ・・・それなりかな? 結構回ったし」
「そこで、私は考えました。余った1人は、道案内とか、荷物を預ったり、調達とかをしてもらう、戦いには加わらない・・・そういった雑用みたいな係として、祭の参加者としてではなく、ついて来てもらおうと」
「えー? 私ー? 雑用なのおー? うーん、まあついて行けるなら良いかな。戦えないのはちょっと残念だけど・・・」
「カオルさん。シズクさん。一度、手合わせをしてもらえませんか。
私の見た所、お二人の腕は拮抗している。そして、どちらも旅慣れている。
ならば、より強い方を、参加者として入れたい。負けた方は雑用として。
いかがですか」
「・・・」
シズクがカオルを見つめる。
カオルはマサヒデの方を向いて、
「ご主人様。私は雑用係で結構ですが」
「戦うことがある。ならば、より強い方を入れたい。
至極当然だと思いますが」
「私はいいよ。やろうよ。あんた、強いんだろ? 楽しみだ」
にやにやしながら、シズクはカオルを見る。
マサヒデはず、と茶をすすり、ことん、と湯呑を置いた。
「今回は、お二方に真剣で戦ってもらいます」
ぴく、とカオルの眉が動く。
シズクの顔も引き締まる。
「真剣で・・・ふーん・・・」
「マサヒデ様!」
慌てて声を掛けるマツを無視して、マサヒデは話を続ける。
「勝負の場には、治癒師の方を連れて来ます。
即死するような怪我でなければ、傷跡もなく治してもらえます。
真剣とはいえ、頭を叩き割る、首を落とす、心の臓を一突き・・・
そういった、即死するような事は控えてもらいます。
さすがに死んだ者は生き返りませんので。面倒かと思いますが」
マサヒデは湯呑を取り、一口すする。
「お二方。この勝負、いかがでしょう。
もう1人の方、クレールさんといいますが、まだ返事は聞いておりません。
クレールさんにお断りされたら、お二人共メンバーに入りますから、無駄な勝負になりますが」
「構いません」
「んーと、待ってくれ。その人、返事はまだだけど、まず入るって言ってたよな。
で、入るなら絶対に入れなきゃいけないってわけだ。だから、私ら2人のうち1人が余る。そうだよな?」
「そうです」
「じゃ、やろう。ま! 私ら2人が入れるってなっても、やりたいけどさ!」
「それでは、明日、ギルドに訓練場をお借り出来るよう、話を通してきます。
さすがに即日とは参りませんが、まあ、1週間以内にはお借り出来るかと。
訓練場が借りられる日時が決まりましたら、お伝えします。
その時、立ち会いを願います」
「マサヒデ様・・・」
「見届人は、私、トモヤ、ラディさん。もう1人の候補、クレールさん。
クレールさんは来られるか分かりませんが・・・
仲間となる皆で、あなた方の腕をしかと見せてもらいます」
「は」
「楽しみだね」
「では、私、いくつか手紙を書かねばなりません。
マツさん。執務室をお借り出来ますか」
「はい・・・」
「カオルさんも、少し待ってて頂けますか。
トモヤとクレールさんにも、ラディさんとシズクさんが加わった事と・・・
この勝負の見届人の願い、知らせねば」
「お待ちしております」
マサヒデはすっと立ち上がり、執務室に入って行った。
マツが不安そうな顔で、執務室の襖を見つめる。
へへへ、とシズクは笑いながら、カオルの顔を見ている。
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