第22話 鬼女・2


 3人はぎしぎしと鳴る階段を登り、廊下をゆっくり歩く。

 右側、3番目の部屋。

 とんとん。ノックをする。


「んー・・・何い?」


「マサヒデです」


「マサヒデえ? 誰え?」


「トミヤスです」


 ばさっ! と音がして、しーん・・・と音が静まった。

 マサヒデが一歩下がり、マツを手で下げる。アルマダも下がる。


 ぱん! と音がして、ドアに穴が開いた。

 ほとんど円のような穴。これはすごい腕だ。

 ぱらぱら、と木屑が落ちる。

 また、しーん、と静かになった。


「入りますよ」


 アルマダを見る。

 こくり、アルマダが剣に手を掛けて、ノブを回す。

 マサヒデが鞘でドアを押す。

 ゆっくり、ドアが少しだけ開く。


「入りなよ」


 マサヒデがドアを押して開けると、あの鬼の女が、部屋の真ん中で棒を構えて立っていた。

 素っ裸で・・・


「あ」


 あの獣のような殺気満々で、こっちを向いている。


「失礼しました。悪気はなかったので、お許し下さい」


 マサヒデは笠を下げ、目を逸した。

 後ろにいたアルマダもそっと下がる。

 マサヒデはそっとドアを閉めた。


「何だ! 一体何の用だ!」


 ドアに開いた穴から、鬼の女のがなる声が響く。


「すみません、お話があったんですが・・・またで」


「だったら今話せ! 入ってこい! ビビりやがったのか!」


「・・・あの、まず、何か着て下さいませんか。そしたら入ります」


「ちっ! 仕方ねえな! 待ってろ!」


 がさがさと音がする。

 マツが後ろから、マサヒデの袖をちょいちょい引っ張る。


「・・・マサヒデ様・・・あの・・・」


「あの人、素っ裸で・・・」


「ええ・・・?」


 マツは困惑した顔をしている。


「着たぞ! 入れ!」


 そっとドアを開けると、シャツと、下に膝くらいの長さの服を履いている。

 女はベッドに座って、「ふん」と不機嫌そうに腕を組んでいる。

 得物はベッドの上に置いてある。あの棒は鉄製か・・・


「座れよ」


 と言っても、椅子がひとつしかない。

 とりあえずマサヒデが正面に座り、アルマダは斜め後ろに。

 マツはドアの前に立ち、そっとドアを閉めた。


「で、話って何だよ」


 アルマダが話し出す。


「先日の試合の後、あなたにお話したと思うのですが。

 マサヒデさんの勇者祭のパーティーに入ってくれませんか、と。

 これまでご連絡がなかったので、こちらから来ました」


「んん・・・」


 女が眉を寄せる。


「いかがでしょうか」


「あー!」


 女が大声を上げる。

 組んだ腕を解いて、ぱちん! と手を合せて、女はマサヒデに頭を下げた。


「すまん! 忘れてた!」


 かく、とマサヒデの顔が下がる。

 アルマダは額に手を当て、はあー、と横を向く。

 マツも、ふう、と息を吐いて下を向いた。


「ゆ、許してくれ! うっかり忘れちゃっただけだから・・・

 その、悪気は・・・なかったんだ・・・」


 女は下を向いたまま、もじもじし出した。


「はあ、心配しましたよ。隠れて、マサヒデさんを襲ってくるんじゃないかって」


「そんなことするわけないだろ!」


 ばっと女が顔を上げて、一変して怒った顔でアルマダの方を向く。


「ふん! やるなら、ちゃんと正々堂々と勝負を申し込むよ」


 にや、と笑って、女はまた腕を組む。


「で。どうです。マサヒデさんのパーティーに入る気はありませんか」


「うーん・・・そうだなあ・・・」


 女はしばらく考え込んだ。

 んー、とうなったり、首を傾げたり。


「マサちゃんと一緒なら、楽しそうだけどなあ」


「マサちゃん・・・?」


 マツからぶわっと黒いオーラが吹き出し、部屋を包んだ。


「っ!」


 女がばっとベッドから跳び離れ、ぐっと棒を構えた。

 マツが鉄棒を睨むと、棒の先の方から、さらさらと砂のようになって落ちていく・・・


「マ、マツさん! やめて下さい!」


「はい・・・」


 マツのオーラが消え、女の棒は握っていた手のすぐ先まで消えていた。

 女は手元を見て、ごくっと喉を鳴らす。

 もう少しきてたら、この手も・・・


「す、すみません! 得物は弁償します!」


「マサヒデ様、戻しますから」


 さー、と音がして、砂になった部分が元に戻っていく。


「うえぁ!?」


 と女が変な声を上げ、棒を取り落とし、ごとん! と大きな音がして転がった。

 ごろごろと転がった棒が、転がりながら元に戻っていく。


「ご確認願いますか」


「え?」


「あなたの得物、ちゃんと元に戻っているか、ご確認願いますか」


「あ・・・ああ、分かった」


 女はそっと棒を拾い上げ、ぐっと握って、先からすすーっと手を滑らせる。


「・・・」


「問題ありませんか」


「ないよ・・・ない。何もない。元に戻ってる・・・」


「妻が驚かせてしまって、申し訳ありません」


「あ、ああ。いいよ。いきなりマサちゃんなんて呼んで、悪かったよ。無礼だったよね。ごめん」


「では、座って頂けますか。話を続けましょう」


 女はそっと棒をベッドに置いて、座った。


「で。どうでしょうか」


「え?」


「マサヒデさんと、勇者祭に行ってくれませんか?」


「あ、ああ。楽しそうだしさ、行きたいのは、やまやまなんだけどさ」


「何かあるんですか?」


 女は俯いた。


「試合の時にも言ったと思うけど、私ら、女しか生まれないからさ・・・

 男、探さないと。強い男・・・

 その人、妻なんだろ。あんたはもう、嫁がいるみたいだし」


 意外だ。

 嫁がいるなら、無理に引っ張って行くような真似はしないのか。

 結婚していようが、無理矢理にでも引っ張って行かれそうだ、と、勝手にそう思い込んでいた。

 後ろでアルマダとマツも顔を見合わせている。


「ごめんな。若いから、まだ嫁なんかいないと思ってたんだ。

 嫁さんがいるって知ってたら、試合、行かなかったよ」


「そうでしたか・・・あなたの目に適う者は、今までいたんですか」


「まあ、そりゃいたにはいたよ。いたけど、みんな結婚してたし。

 嫁から引っ剥がして、無理に連れてくなんて真似、出来ないだろ。

 私だって、そんなことされたら嫌だし」


 見た目や態度こそ粗暴だが、ちゃんと相手の事を考えている。

 やはり、獣ではないのだ。

 この女は、相手の立場に立って、物を考えている。


「だからさ、探さないと。今はまだ男もいるけどさ、もう少ないし。そいつらが死んじゃったら、ウチら、数も少ないし、すぐいなくなっちゃうから・・・」


「魔王様にはご相談はされたんですか?」


「うん」


「で、何と?」


「ちゃんと調べてもらったよ。魔術師もいっぱい来てさ。

 ウチらの村がある地域さ、なんか魔力がおかしくなってるんだって。

 そのせいで、ウチらの種族、もう女しか産まれないんだ。

 だから、ウチらみたいに強い男、探してるんだ」


「地域に、魔力の異常ですか・・・」


 マツが顎に手を当て、うーん、と唸る。


「? 特にあなた方の種族に対する、呪いのようなものではない?」


「そうだよ」


「なぜ引っ越ししないんですか?」


「引っ越し?」


 ぽーかんとした顔をして、女はマサヒデを見つめた。


「他の場所に引っ越せば、解決する話に聞こえますが」


「・・・」


「なにか、伝統とか種族の掟とか・・・

 そういったもので、町を離れられないのですか?」


 女はじーっとマサヒデを見つめた。

 そして・・・


「・・・マサちゃーん!」


 がばっ! と鬼の女がいきなり抱きついて来て、椅子から転げ落ちてしまった。

 女はマサヒデを抱きしめ、ごろごろ転がる。

 マツもアルマダも驚いて、その様子を見つめる。


「ちょっと!」


「あははははは! あははははは!」


「離して下さい! 痛い! 重い! 重い! うぐっ!」


「あははははは!」


 女は笑いながら、マサヒデを抱きしめ、ごろごろと部屋を転げ回った。



----------



「あんた天才だよ! 伝説になるよ! 今まで、誰もそんなこと思い付かなかったよ! すごいよ!」


 キラキラした目で、女が膝を両膝をついて、マサヒデを見つめる。


「あんたウチらの救世主だよ! 救われたよ! トミヤス流ってすごいよ!

 きっと鬼族で、後世まで語られるよ! 鬼の救世主マサヒデ=トミヤスって!」


「はあ、そうですか」


 引っ越しすれば解決、ということを、誰も思い付かなかったとは。

 やっぱり、頭の中は獣なんだろうか・・・


「行く行く! 行くよ! 私も行く! 連れてってよ!

 救世主と旅が出来るなんて、最高だよ! もう夢物語だよ!

 すごいよー、もうすごいよー、ああー、どんな旅になるんだよ!

 ああ、もう私たまんないよ!」


「・・・ありがとうございます・・・」


 笑いながら部屋を転がり、ベッドに飛びび込んでぼんぼん枕を叩く鬼の女。


「あの、いいですか」


 女は「がば!」と枕から顔を上げて、輝く瞳でマサヒデを見つめる。


「なになに! 何でも聞いてよ!」


「お名前をまだ聞いてなかったので」


 ぴく、と女の動きが止まった。


「名前」


「はい」


 女は下を向いて、小さな声で呟いた。


「・・・シズク・・・」


「シズクさん、ですね」


「ああー!」


 シズクは「ぼすん!」と顔を枕に埋めた。


「分かってるよ! どうせ似合わないとか思ってるんだろ!

 いいよ! 救世主だから許してやるよ! 何とでも言えよ!」


「きれいな名前じゃないですか」


「名前だけとか言いたいんだろ! 分かってるよ!」


「そんなこと思ってませんよ」


「ふん!」


「あなたが今まで何と言われてきたかは分かりません。

 けど、私は素敵だと思いますよ」


 あ! とマツが後ろからマサヒデをすごい目で見つめる。

 アルマダも苦笑して、マサヒデを見る。


「・・・」


「一見粗暴に見えますけど、あなたはちゃんと人の事を考えられる、優しい人だ。

 綺麗な心を持ってます。だから、シズク、似合ってますよ」


 ぎり! とマツが歯ぎしりをしたが、アルマダが肩に手を置いた。


「・・・そう?」


「そうです。だから、機嫌を直して下さい。一緒に来てくれますよね」


「分かった・・・」


「じゃあ、荷物をまとめたら、一度、魔術師協会に来てもらえますか。

 冒険者ギルドの向かいの建物です。私はそこに寝泊まりさせてもらっています」


「うん・・・行くよ・・・」


「じゃあ、私達は行きます」


「うん。後で行く」


 枕に顔を埋めたままのシズク。

 マサヒデ達は部屋を出た。



----------



「マサヒデ様」


「はい」


「・・・上手くいって、良かったですね!」


 マツの顔が不機嫌だ。


「? はい」


「ふん!」


「どうしたんです? 急に」


「・・・」


「ああ、シズクさんの機嫌を取ったのが、気に入らないんですね?」


「取りすぎじゃありませんか!?」


「そうでしたか?」


「そうです!」


 ぎしぎしと階段を降りると、待っていた3人はカウンターで飲んでいた。

 アルマダが驚いて走り寄る。


「サクマさん! あなた! 何飲んでるんです!」


「水です」「水だ」「水です」


「・・・なら構いません」


 そう言って、ふう、と息をつき、アルマダはカウンターにぱちん、と銀貨を1枚置いた。


「これは3人の水代」


 金貨を1枚。ぱちん。


「騒いだ迷惑代」


 金貨をもう1枚。ぱちん。


「あの女性の宿泊費」


 そして袋から金貨を一掴み出し、じゃら、とカウンターに置いた。


「これは、穴を開けたドアの修理代」


 殺気を乗せながら、ぎらりと睨みをきかせる。


「足りない分は、ツケにしてもらえますか」


 震えながらバーテンはこくこくと頷いた。


「帰りましょう」


 カウンターに座っていた3人が立ち上がった。

 静かな安宿。

 建付けの悪いドアを「ぎい」と開き、怯える客達を後に、一行は宿を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る