第21話 鬼女・1


 ラディのワイン鑑定家のような、マサヒデの刀の鑑定が終わった。


「それでは、ラディさん。

 あなたを加えるのに、いくつか確認しておきたい事があるんですけど」


「はい」


「あなたは、ここのギルドの方ですか?」


「いえ」


「では、病院でお仕事を?」


「はい」


「この町の病院でしょうか」


「はい」


「長旅になると思いますが、その事、病院へは伝えてありますか?」


「はい」


「ここへ来た、ということは、許しはもらってるんですよね」


「はい」


「しばらく家は空けることになりますけど」


「はい」


「あと、お金の問題ですが、まとめ払いで先に払っておきたい。途中で追加はあまり」


 オオタからどさりと渡された金貨の詰まった袋。

 あの中から、今のうちに払っておく事は出来る。

 しかし、旅が始まれば減っていくばかり。

 雇い賃は、今、先払いで払っておくべきだ。


 もうトモヤと2人ではない。

 既にカオルを連れて行く事は決まっているし、クレールもまず参加。

 カオルの給金に関しては問題ないが、経費は増える。

 途中で何があるか分からないから、払えるうちに払っておかねば。


「このくらいで」


 すっとラディが小さな紙を差し出す。

 金貨250枚。

 マサヒデの香水2本分だ。

 ・・・つまり、銘刀2本分。


 だが、今なら十分払える。


「分かりました。あなたの腕なら、安いくらいですね」


「あの、ちょっとお待ち下さい」


 マツが声を掛ける。


「私、魔術を教えております。

 今は生徒はおりませんが、ラディ様に良い魔術をお教えします。

 それで、まけて頂きませんか。いかがでしょう」


「魔術」


「はい」


 そう言って、マツはぐいっと茶を飲み込み「ごめんなさいね」とメイドに声をかける。

 そして、いきなりカップを思い切り皿に叩きつけた。

 がちゃん! と音が響いて、割れた皿とカップが飛び散る。


「うわ! いきなり何するんですか!」


 アルマダとラディも、顔を手で覆って身を反らしている。


「まあまあ。さあ、ラディ様。ご覧になって」


 そう言って、マツが少し破片を集めた後、すっと手をかざす。

 破片が集まって、元の皿とカップが戻る。

 マサヒデとアルマダが立ち会った時、折れたマサヒデの木刀を直した術だ。


「さ、ご覧になって。もちろん、この術、カップだけじゃなくて、剣にも使えるんですが」


 そう言って、カップをラディに差し出す。


「・・・」


 震える手で、ラディがカップを受け取る。

 そっと、カップを回したり中を覗いたり・・・


「さ、そのカップにお茶を入れて下さいな」


 驚いたメイドが、恐る恐るカップに茶を注ぐ。

 漏れなどなく、全く元の状態だ。


「これは・・・!」


 ぷるぷるとカップを持つ手が震える。


「どうでしょう。あなたの求めていた術は、このような物では?」


 ば! とラディが勢いよくマツに顔を向けた。

 ラディは震える手でカップをそっと置いて、がば! と手を付いて頭を下げた。


「師匠!」


「うふふ。師匠だなんて。どうかしら、まけてもらえませんか」


「私の方が払います! 是非お弟子に!」


「じゃあ、私にはあなたの治癒の魔術を教えてもらいませんか?

 私も、あなたの弟子になりとうございます。

 それで、とんとんという事で」


「そのような!」


 マサヒデが頭を床につけたラディに声を掛けた。


「マツさん。とんとんはいけませんよ。

 ラディさんにも、生活があるんです。旅の間は、安定した収入などありません。

 この町にいるうちに、きちんと雇い賃は先払いしておきたいと思います」


 そう言って、マサヒデは250と書かれた数字を249、と書き直し、マツの方を向いた。

 マツはにっこり笑って、こくん、と頷いた。

 マサヒデも笑顔を返し、土下座しているラディの手を取って、紙を乗せた。


「・・・」


「さて。私はこのくらいが妥当かと思いますが、いかがでしょうか」


「マサヒデさん! いや! マサヒデ様!」


 ラディはマサヒデの手を取って、おいおいと泣き出した。


「さん、で結構ですよ」



----------



 ラディが落ち着いた所で、マサヒデはアルマダに鬼娘の事を話すことにした。


「アルマダさん、あの鬼の女性のことですけど」


「ああ・・・あの」


「居場所を掴みました」


 ちらり、とカオルの方に顔を向ける。

 こくん、とアルマダも頷く。


「まだこの町にいます。まるで隠れるように、宿からも一歩も出ずに」


 アルマダがぴりっとした顔になる。


「・・・危険ですね」


「はい。まだ、ギルドにも連絡がない。隠れるように。となると・・・」


「闇討ちされる可能性が大きい」


「そこで、この後、こちらから出向こうと思います」


「危険ではありませんか」


「町中で襲われるようなことになるより、被害は少ないと思いますが、どうでしょうか」


「確かに、そうですね」


「力を貸してくれませんか。彼女との話し合いは、私とマツさんで。

 もし、場が荒れた場合は・・・アルマダさんとカオルさんで、避難誘導などを」


「構いませんとも。サクマさん、あなたも着いてきてもらえますか」


「は」


 マサヒデはラディの方を向き、


「ラディさん。あなたにも来てもらいたい。危険な交渉になります。

 怪我人が出るかもしれない。その場合に備えて」


「はい」


 ついさっきまで泣いていた赤い目が、きりっとした。

 危険に、真正面から入っていく。


「ラディさん。確認しますが、まだ雇い賃は払っていませんので、降りていただいても構いませんよ」


「行きます」


「ありがとうございます。あなたがいれば、心強い」


 マサヒデが立ち上がる。


「では、皆さん。行きましょうか。道案内は、カオルさんが」


「任せな」



----------



 ギルドを出て広場を通り過ぎ、しばらく歩いて、路地に入った。


 少し歩くと、見慣れた町とは違う雰囲気。

 壁にもたれかかった、酒瓶を抱いた痩せた男。

 ゴミの山から駆け出すネズミ。


「・・・」


 これも、普段は見えない、この町の顔のひとつなのだ。

 少し奥の方から、人の声が聞こえてくる。

 ぴちゃ、とマサヒデが小さな水たまりを踏んだ所で、カオルが足を止めた。


「ここだよ」


 小さな看板が掛かっているが、汚れで書いてある文字が読めない。

 中から、げらげら笑う声。わめく男の声。

 がちゃん、と音がして、何かが倒れる音。


「では」


 ためらいなく、マサヒデが建付けが悪くなったドアを「ぎい」と開けると、声が静まった。

 客が全員、こちらを見ている。


 一歩中に入ると、酔っ払いが驚いた顔でマサヒデに指をさして大声を出した。


「お、おい! こいつ! こないだの試合のやつだ! トミヤスだ!」


 マサヒデが酔っ払いに目を向けると「すみません!」と叫んで、酔っ払いは奥の方に走って座り込んだ。構わず、マサヒデはカウンターの男の方へ向かう。


「な、何かお飲みに」


「いえ。人を探しております。魔族の、鬼のような、小さい角のある女性です」


「さて。見おぼ」


 アルマダが金貨を数枚、ちゃりん、と投げ置いた。

 1枚が落ち、カウンターの奥を転がって行く。

 ちん、と音がして、金貨が止まる。


「・・・」


 アルマダが、もう一度尋ねる。


「よく思い出して下さい。

 小さい角のある鬼のような女性。青黒い肌。背が高く、ガタイの良い方です」


「2階の、階段を上がって右の方、3番目の部屋です。厄介事は勘弁ですよ」


「どうも」


 マサヒデは振り向いて、アルマダ、カオル、ラディ、サクマに声を掛ける。


「では、私とマツさんで行ってきます」


「マサヒデさん。私も行きます。あなた、交渉事はそう得意ではないでしょう。

 間違えて、また口説いてしまいますよ」


 冗談を言って笑っているが、目は笑っていない。


「アルマダさん。あなたには」


「『始まったら』私はすぐにこちらへ降ります」


「・・・分かりました」


 3人はぎし、と音を鳴らして、階段を上がって行った。

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