第20話 治癒師の鑑定


「とまあ、このように、ホルニコヴァさんは優れた治癒師。

 どうですか、マサヒデさん」


「驚きましたね・・・」


「・・・」


 マツは、治癒師を鋭い視線でじっと見ている。

 治癒師は縮こまり、細かく震えている。


「マツさん、そう睨まないで下さい。

 ホルニコヴァさんが驚いてるじゃないですか」


「はい。失礼しました」


 マツは目を戻し、カップを手に取った。


「さ、皆さん。まずは気を落ち着かせて。紅茶でも」


 皆がカップを手に取り、静かに一服。

 マツが声を掛けた。


「ホルニコヴァ様、と申しましたか」


「はい!」


 ばっと治癒師が顔を上げる。


「あの術を、どうやって身に付けましたか」


「あの、壊れた武具を魔術で直そうとしまして!」


「壊れた武具?」


「はい! 私の家は鍛冶屋でございまして!」


「それで?」


「治癒の魔術を何とか、こう・・・したら、それが出来るかと思いまして・・・」


「打ち直さずに?」


「はい!」


「どうして、打ち直さずに魔術で直そうと」


「あの、打ち直して完全に元通りに直るものではありませんので。

 どうしても弱くなったりしますから」


「なるほど。魔術ならそれが完全に直せるかもと?」


「はい」


「では、武具も元通りに直せるのですか?」


 治癒師は下を向いてしまった。


「・・・出来ませんでした」


「上手くいかなかったのですね」


「はい」


「では、こぼれた血まで戻っていったのは・・・

 あ、なるほど。壊れた武具の欠片などを元に戻そうとして、思い付いて?」


「はい」


「・・・その若さで、よく、このような術を身に付けることが出来ましたね・・・

 お見事、という他ありません」


 アルマダが縮こまっているホルニコヴァの肩に手をかける。


「マツさんは、人の国でも3本の指に入るほどの魔術師なんです。

 そのような方を唸らせるとは、あなたは胸を張っても良いんですよ」


「は、はい」


 下を向いた顔が、ちらちらとアルマダとマツを見ている。

 見た目と違って、意外と小心な人なのかもしれない。

 マツのあの気をこの狭い部屋でもろに受けたのだから、当然かもしれないが。


「どうですか、マサヒデさん。彼女なら、文句なしでしょう」


「素晴らしい腕前、感服しました」


「・・・」


 下から、覗き込むように治癒師がマサヒデを見る。


「さ、顔を上げて下さい」


 はっ! とマツがマサヒデを見る。

 これはいつもの・・・

 アルマダも「ふっ」と苦笑する。


「?」


 視線に気付いてマツを見ると、じとっとマサヒデを見ている。


「マツさん?」


「・・・」


「どうされました? 私は是非彼女を誘いたいと思いますが・・・」


 じー。


「何か?」


 マツはじとーっとマサヒデを見つめながら、


「いいえ、何も」


 そう言ったが、明らかに顔が不機嫌だ。

 マツ自身も驚いたほどの腕前なのに、なにか不満でもあるのだろうか。


「マツさん。彼女に何か不満があるのなら、はっきり仰って下さい。

 本人を目の前にして口にするのは、はばかられるでしょうが」


「いえ。彼女には不満はありません」


「では、一体何です?」


「ただ、マサヒデ様がまた言葉の綾を、と」


「くっ・・・くく、ははははは!」


 アルマダが声を上げて笑い出した。

 驚いて治癒師が顔を上げ、大笑いするアルマダの顔を見つめる。


「ははは! ホルニコヴァさん、すみません。

 マサヒデさんは、自分でも気付かないうちに、女性を口説いてしまう、という特技をお持ちなんですよ」


「は?」


「ちょっとアルマダさん。私はそんな・・・」


「ははは! 昨日の事をもう忘れてしまったんですか!

 ホルニコヴァさん、マツさんも、あなたに不満があるわけではないんです。

 あなたが口説かれないかと心配してるんですよ! ははははは!」


「やめて下さい。まるで私が節操なく女性を口説いてるみたいじゃないですか」


「結果、そうなってるじゃないですか!」


 マツがじっとりとマサヒデを見つめる。

 そのマツの様子を見て、また笑い出すアルマダ。


「ふふふ、では、マサヒデさんのパーティーに参加は決定ですね。

 マツさんもカオルさんも、不満はありませんよね?」


「・・・はい・・・」


「アンタがいいなら良いよ」


 カオルがはすっぱな言葉で答える。

 マツが顔を戻し、カップを取る。


「ところで、えっと・・・ら、ラディ・・・スラ、ほ、ホルニコば?」


「ラディと呼んで下さい」


「すみません。では、ラディさん。

 ラディさんは、武器の目利きも出来ると聞きました」


「少し」


「私の物を、見てもらえますか」


 マサヒデが刀を置いて、懐紙を数枚差し出した。


「では」


 ラディが懐紙を口先でつまんで、すーっとマサヒデの刀を抜く。

 静かに鞘を置いて、刀を上げる。


 たったそれだけの動きで、部屋の空気が変わった。


「・・・」


 垂直にぴたりと刀を立て、じっと見つめる。

 ゆっくりと、先から柄まで見て、今度は先から柄まで。

 すう、と手を回し、反対側も同じように見る。


 しばらくして、口先でつまんでいた懐紙を取り、丸めた。


「・・・厚い直刃。反りは少ないが・・・」


 少し言葉を止めて、じっと見る。


「少ないが、この反り方は斬れる」


 マサヒデが寝刃を合せた刃に、丸めた懐紙を当て、す、と動かした。

 懐紙をじっと見つめる。


「ん・・・」


 こくり、と頷いて、マサヒデの方を向いた。


「トミヤス様」


「マサヒデ、と呼んで下さい」


「マサヒデさん」


「それで構いません」


「長いですね」


「はい」


「これを、いつもお腰に」


「ええ、そうです」


 ラディはまた、じっと刀を見つめる。


「・・・銘を、見せてもらっても」


「構いません」


 ラディはローブの袖から、目釘抜を取り出した。

 刀の目利きがあるかも、と聞いて用意してきたのだろう。


 こんこん、と目釘を軽く叩き、抜く。

 すっと目釘を置いて、手首をとんとん、と叩くと、刃が浮いてきた。


 ローブの袖を軽く振った後、くるっと回して手に巻く。

 手の油がつかないようにしているのだろう。

 袖を回した手で、浮いたはばきを持ち、すっと茎(なかご)を柄から抜く。

 静かに、はばきをテーブルの上に置く。

 慣れた手付きだ。


 ラディは茎をじっと見つめ、くる、と手を回し、反対側も確認する。


「銘が・・・ない」


「父上から、無銘だが悪くはないから持っていけ、と頂戴しました」


「銘がないとは・・・」


 眉を寄せ、じっと刀を見つめる。

 刀を横にして、ぴたりと止め、茎から先の方まで、じっと見つめている。

 しばらくして、懐紙で茎をすっと拭いた。


 今度は先程と反対の動きできれいに茎を柄に納め、目釘を入れる。

 軽く懐紙を根本から先まですーと滑らせ、すっと鞘に納め、静かにテーブルの上に置いた。


「眼福でした」


 と、ラディが手を付いて頭を下げた。

 息が詰まるような部屋の空気が、元に戻った。

 誰かが、ふう、と息をつく。


「いかがでしょうか」


「お父上は、これを『悪くはない』などと、仰られたのですか」


「はい」


「これほどの物は滅多に見られません。銘がないのが不思議です。

 無銘なのは・・・おそらく、元は奉納用に打たれたものではないかと」


 寺社に奉納する刀剣は、基本的に銘を入れずに打つ。

 それが何らかの理由で奉納されず、父の手元に来た、と。


「なるほど。それで無銘では、と」


「はい。

 厚く、反りの少ない直刃、二重のはばき。

 誰の作までかは分かりかねますが、南方の派に多く見られる特徴です」


「ほう、南方の作」


 ラディは納められた刀に目を向ける。


「一見、ぶ厚く、ただ無骨な実戦向き、とでも言いましょうか。

 確かに、地味な作りに見えます。

 しかし、一つ一つを見れば、そう見えるだけ。この刀は美しい。

 この、ぶ厚さ、長さ、反りの少なさ、直刃の刃紋。

 どれを取っても、地味で、ただただ実戦的、という作り。

 ですが、その全てが、ぴたりと毛ほどの隙もなく収まっている。

 この刀には、確かな美しさがあります」


 今までと打って変わって、饒舌だ。

 少し顔が上気して、頬に赤みが差している。

 父が自分で手入れしていた物だから、良い物であるとは分かっていた。

 だが、この無口な女がこれほど興奮するほどの物か。


 興奮して急に口が回りだしたラディの様子を、皆が呆気にとられて見ている。


「それほどですか」


「言うなれば、言うなれば・・・

 皆が泥だらけ、血まみれの戦場のど真ん中、ただ一騎、汚れも傷もなく、堂々と立っている騎士・・・

 そのような美しさを感じました。感銘です。

 ありがとうございました」


 そう言って、もう一度ラディが頭を下げた。

 皆が顔を見合わせた後、不思議そうにラディを見つめる。

 治癒師ではなく、鑑定家として生計を立てた方が良いのでは・・・?

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