第19話 治癒師と腕
小会議室のドアをノックすると、既にアルマダが来ていた。
「マサヒデです」
「どうぞ」
部屋に入ると、ドアの横に騎士のサクマが立っている。
「お疲れ様です」
「は」
と答えて、サクマが頭を下げる。
随分と緊張しているようだが・・・
治癒師はまだ来ていないようだが、これほど緊張してしまうような人物か。
アルマダはいつもと変わらない。
「治癒師の方は、もう到着する予定です」
「そうですか。楽しみですね」
アルマダが胡乱な顔でカオルを見る。
今日はいつものメイド姿と違い、女冒険者だ。
「そちらは・・・カオルさん?」
「そうだよ」
「驚きましたね。全く違う。昨日のドレス姿にも驚きましたが」
「悪かったね」
あれ? という顔でアルマダがカオルを見る。
いつもと態度が違う。
「カオルさん?」
ちらり、とカオルがサクマの方を見る。
ああ、とアルマダが頷いた。
「いえ。良いものを見せて頂きました。
ふふふ、あの格好でホテルまで走って行ったんですか?」
「それが、どうかした?」
「よくバレませんでしたね? ふふふ」
「ふん」
レイシクランの忍にはバレていたが。
痛い所を突かれて、カオルの眉が寄った。
「お茶を頼みましょうか。サクマさん。メイドの方を呼んで頂けますか」
「は。少々お待ち下さい」
サクマが出て行って間もなく、メイドがワゴンを押して入ってきた。
皆の前に、カップが置かれる。
「ありがとうございます。すぐにもう一人来ますので、居てもらえますか」
「承知致しました」
カップに口をつけた所で、ドアがノックされた。
「ハワード様。ホルニコヴァ様をお連れしました」
「入ってもらって下さい」
がちゃり。
背の高い女が、頭をくいっと下げて入ってきた。頭がドアより高い。
茶色の髪を後ろで束ね、眼鏡をかけている。
確かに大きいが、治癒専門なのだろう。
ゆったりしたローブを着ているので、実際は分からないが、冒険者達のようなごついガタイではなさそうだ。
マツのような怖ろしいオーラを発しているわけでもない。
背が高いので、少し威圧感もあるが、サクマが緊張するほどの者だろうか。
「こちらが、治癒師のラディスラヴァ=ホルニコヴァさんです。
今回、マサヒデさんのパーティーに加わってもらいます」
「よろしくお願いします」
女が頭を下げる。
「マサヒデ=トミヤスです。今回は私の組に入って頂き、ありがとうございます」
「いえ」
「マツ=トミヤスです。マサヒデ様の妻でございます」
「はい」
「カオル=サダマキ。トミヤスさんの所で働いてる」
「はい」
「あの、今回は希望して参加してくれたそうですけど・・・」
「はい」
「・・・」
あまりにそっけない。
本当に希望して入ってくれたのか?
会話が続かない・・・
「ふふふ。では、マサヒデさん。早速、彼女の腕を見てもらいましょうか。
きっと驚きますよ。では、ホルニコヴァさん。お願いしますね」
「はい」
「じゃ、サクマさん。お願いします」
アルマダが立ち、横に腕を伸ばし、袖を上げる。
続いて、サクマがしゃっと剣を抜いた。
まさか・・・
メイドが「え!」と声を出し、部屋の隅の壁に背をつける。
「では、いきます!」
「はい。そう固くならずに。剣が鈍ります」
「・・・むん!」
サクマの剣が振り下ろされた。
瞬間、がん! きいん! と音がして、剣が止められる。
マサヒデの剣の鞘と、カオルの剣が、サクマの剣を止めている。
続いて、マツが驚いてばっと立ち上がる。
「・・・アルマダさん。どういうつもりなんです」
マサヒデは振り向かず、サクマを向いたまま、アルマダに声を掛ける。
マツの身体から、すごい勢いで真っ黒なオーラが立ち上り、部屋が恐怖に包み込まれる。
カオルは今にもサクマに飛び掛かりそうな目でサクマを睨む。
「う・・・」
サクマがたじろいで、剣を上げた。
治癒師はマツに目を向け「ひっ」と小さな声を上げ、固まってしまった。
壁にくっついたメイドが、はーっ、はーっ、と声もなく荒い息を上げている。
「言ったでしょう。彼女の腕を見てもらうって。
『私の腕』も、ですかね。ははは」
アルマダの調子はいつもと変わらない。
「・・・あなたの腕を斬り落として、治すのを見てもらうってことですか」
「そうですが。何か」
「・・・」
「大丈夫ですよ。安心して下さい。傷跡もなく、ホルニコヴァさんは治すことが出来ます」
「・・・」
「そんな怖い顔をしないで下さい。前に一度見せてもらって、確認してますから。
本当にホルニコヴァさんは出来ます。さあ、お二人共、剣を引いて」
マサヒデがゆっくり剣を引き、続いてカオルもゆっくりと剣を引く。
「さ、サクマさん。お願いします。マツ様も抑えて下さい。
ホルニコヴァさんも、そう固くならずに。治癒に失敗しないで下さいよ」
「・・・は」
「・・・はい」
ホルニコヴァも、顔の汗を袖で拭って、アルマダの方に顔を向ける。
サクマが怯えた顔で、マサヒデ達をちらちら見ながら、剣を上げる。
「サクマさん」
「は」
「私が」
「・・・」
「アルマダさん。構いませんね」
「そうですね。マサヒデさんなら、きれいに落としてくれるでしょう。
じゃ、お願いします」
「・・・では」
マサヒデの剣が居合抜きで抜かれた。
きらり。閃きが見えた。
剣先が天井を向いている。
ごん、とアルマダの腕が天井に当たり、落ちる。
切り口から、血がだらだらと流れ出した。
「・・・ホルニコヴァさん」
アルマダの顔が苦痛に歪み、呟くような声で治癒師に声を掛ける。
はっ、と治癒師が駆け寄り、アルマダの腕に手を当てると・・・
「あっ!?」
流れ出た血が、切り口に戻っていく。
落ちた腕がすっと飛んできて、くっつく。
隙間から、血が入りながら、すー、と傷跡が閉じて・・・
「・・・ふう、どうですか。彼女の腕は」
もう、傷跡が見えない。
アルマダが手を閉じたり開いたりして、軽く振る。
声も出ない。
部屋は静まり返ってしまった。
マサヒデもカオルもマツも、目を見開いてアルマダの腕を見る。
「さあ、見て下さい」
アルマダの腕が、マサヒデに差し出される。
マサヒデもカオルも、顔を近付けてじっと見るが、全く傷跡もない。
メイドも隅から前に乗り出したような格好で、アルマダの腕を見ている。
「・・・」
「この通り、動かすのも全く問題ありません」
アルマダが手を閉じたり開いたりしてみる。
「・・・」
手を引いて、アルマダが剣を抜き、軽く素振りをする。
「ほらね。どうでしょう」
剣を戻し、にこにこと笑顔を向ける。
「・・・」
「さ、マツさんも見てみて下さい。あなたなら、この治癒の術がどれほどすごいか、良く分かるでしょう?」
アルマダがマツに手を差し出す
「・・・」
マツも言葉なく、じっとアルマダの腕を見つめ、手を差し出して、指先でつんつん、と触った。
指で斬られた辺りをそっとなで、続いて手を当てて、腕を撫でくりまわす。
「・・・これは・・・」
ばっ! とマツが治癒師に振り向きいた。
治癒師がぎく! 上体を反らし、一歩引く。
「あなた、この術をどこで?」
「わ、私が」
「あなたが、自分で?」
「はい・・・はい・・・」
「・・・そう・・・」
マツはゆっくりとアルマダの腕に手を伸ばし、もう一度、そっと触った。
「さ、座りましょう。お茶が冷めましたね。お願いします」
「は、はい」
メイドが慌てて茶を入れ替える。
「皆さん、驚かせてしまって、申し訳ありません。実際に見てもらうのが一番だと思いまして」
アルマダと治癒師が並んで座る。
マサヒデとマツが並んで座る。
マサヒデの後ろにカオル。
部屋の隅にサクマ、反対側の隅にメイド。
「驚きましたよ」
「・・・ええ、驚きました・・・」
マツがじっと治癒師を見つめている。
治癒師がマツの視線を逸し、大きな身体を縮こめて、青い顔でがちがちになっている。
アルマダだけが、にこにこ笑っている。
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