第18話 タマゴの経過
「これはマツ様、来ましたね」
マツが医者の前に座る。
治癒師が椅子を持ってきてくれて、マツの横に置く。
マサヒデも、そこに座った。
「念の為に聞きますが、痛んだりとか、妙に魔力が吸い込まれていくとか、急に魔力が減ったとか、何か異常はありますか」
「いえ、特にないです」
「ふふ。では、タマゴを見てみましょうか。
お恥ずかしいでしょうが、お腹を見せてもらえますか」
マツがおずおずと帯を上げ、腹の所を開ける。
以前にも医者が使っていた、あの魔術の道具だ。
何か小さな画面が映っている。
「・・・よし」
医者が頷いて、こちらに画面を向け、指をさした。
「この丸い黒い所です。形で分かりますよね。これが、お二人のタマゴです」
「あ・・・これが、タマゴ・・・」
マツが口に両手を当てる。
「さ、見て下さい。今、マツ様のお腹の中で、育っています」
「ああ・・・」
「真ん中の所。鶏のタマゴでいう、黄身の部分。
ここが、ゆっくりと形づくって、赤ちゃんの形になっていきます」
「はい」
「良く見て下さい。この部分。何か出てますね。
完全な玉の形ではないですよね」
「あ・・・つまり・・・」
「はい。タマゴが産まれる時には、もう小っちゃな赤ちゃんになっています」
「赤ちゃんに」
「それから、さらに時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり、大きくなっていきます。
タマゴの中で、自然の魔力をゆっくりと吸い込みながら。
殻も一緒に、大きくなっていきます」
「どのくらい・・・」
「残念ですが、それは分かりません。
マツ様の血が濃ければ、もしかしたら100年以上。
トミヤス様の血が濃ければ、10年もかからないかも」
「100年以上、ですか・・・」
「注意しておきますが、魔力を吸って大きくなるからといって、絶対にタマゴに直接魔力を送るようなことをしないで下さい。殻が魔力に耐えられなくなると、割れてしまいます。十分育ってないと、赤子は亡くなってしまいます。殻が割れなくても、赤子の方が魔力に耐えられなければ、やはり亡くなってしまいます」
「はい。気を付けます」
「あくまで『直に魔力を送り込む』ようなことを禁止、というだけです。
家の中では魔術厳禁! などということはしなくても構いません。
普段通りに過ごして下さって結構です。
たとえマツ様が全力で魔術を使っても大丈夫でしょう。
それこそ、この町を丸ごと吹き飛ばすくらいの魔術を使っても平気です。
でも、そんなことはしないでくださいよ。ははは」
「わかりました」
うむ、と頷いて、医者がきりっと顔を引き締める。
「さて・・・ではマツ様。これから、大事なお話をします。
とても大事な話です。よく聞いて下さい」
「は、はい」
マツがぴっと背筋を正す。
「トミヤス様には以前お話しましたが・・・
今話した通り、トミヤス様がお子の顔を見ることは、叶わないかもしれません」
「・・・」
「はい・・・」
これはマサヒデは既にマツに話している。
だが、マツに話していないことが、まだある。
「それと、もうひとつあります。
マツ様のような長寿の種族の方の女性は、ほとんどが一生に一度しか子が出来ません。ものすごく運が良くて二度、と言った所です」
「ということは・・・つまり、もう、マサヒデ様との子は・・・」
「はい。まず出来ないかと」
「そんな・・・そんな!」
マツは顔を覆って泣き出してしまった。
マサヒデはマツの肩を抱く。
「マツさん。私はもう、覚悟は出来ています」
「マサヒデ様・・・」
「マツさん。あなたは、この一生に一度であろう機会を、私に与えてくれました」
「・・・」
「それが、私とあなたの子なんです」
「はい」
医者がぐっとマツに近付いて、真剣な顔で言った。
「よろしいですか。必ず、この子を守って下さい。命を賭して。
マツ様。あなたの一生のうち、あなたの子はこの子ひとり。
トミヤス様との子、ひとりだけ。
そう思って、必ず、守って下さい」
「はい! 必ず!」
医者は元の体勢に戻り、こく、と頷いて、にこっと笑った。
「その気持ちがあれば大丈夫です。
では、診察は以上です。早ければ、一週間後にでも産まれるかもしれません。
少しでも異常を感じたら、いつでも来て下さい」
「ありがとうございました」
2人は深く頭を下げた。
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食堂。
2人が席に座ると、女冒険者がマサヒデの隣に座った。
「経過はどうでしたか」
カオルだ。
「順調です。早ければ来週にでもと」
「それはよろしゅうございました。
この試験の期間中だけになってしまいますが、私もしかとお守り致します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
メイドが注文を聞きに来る。
「私は日替わり定食で」
「私もそれでお願いします」
「んー、じゃ私も日替わりでいいや」
カオルの口調が完全に変わる。
「承りました。少々お待ち下さいませ」
メイドが去ると、カオルの口調が戻る。
「ご主人様。例の鬼の女のことですが」
「む・・・何かありましたか」
「まだこの町にいます。寝床を掴みました。
試合での様子とは随分違い、まるで隠れるように、静かにしています。
食事も宿で、外に出ていません。部屋からもほとんど出ていないようです」
「ふむ。隠れるように、ですか」
「ギルドへもまだ連絡はないようですし、これは警戒をした方が良いかと。
闇討ちされるかもしれません」
「・・・町中で襲われれば、必ず被害が出る。それは避けたいですね」
「やはり、今のうちに始末しておきますか?」
「・・・」
ギルドにも、魔術師協会、つまりマツの家にも、まだ連絡がない。
隠れるようにしている・・・となると、闇討ちの可能性は大きい。
もし、町中で飛びかかって来るようなことがあったら、大変なことになる。
その時の被害を考えれば、カオルに始末してもらう、という手も悪くは・・・
(それはダメだ)
マサヒデは頭を振る。
もし町中で狙われたら、必ず被害が出る。
それでも、暗殺するようなことはしたくない。
しかし、マサヒデ1人の我儘で、町を危険に晒すことになるかもしれない・・・
「・・・寝床は、掴んであるんですね」
「はい」
マツが不安そうな顔で、マサヒデを見つめる。
腕を組んで、天井を見つめる。
「・・・」
少し考えて、ふう、と息をついた。
マサヒデの腹は決まった。
「ならば、こちらから出向きましょう」
「ご主人様、それは」
手を上げてカオルを遮る。
「危険は承知の上です。マツさん。一緒に行ってくれますか」
「はい」
「出来るだけ、早い方が良いでしょう。治癒師の方の紹介が終わったら、すぐに」
「必ずお守り致します」
「ありがとうございます。しかし・・・斬らねばならない時は」
「・・・はい。承知しております」
「カオルさん。気を使わせてしまって、申し訳ありません。
難しいお願いですが、あなたには、私よりも、周囲の方の安全を。
避難誘導などを優先して行ってもらいたい」
「しかし!」
「大丈夫です。もう、彼女が私に勝てることはない。
心配なのは、周りの被害だけなんです」
マサヒデの目が変わった。
据わったとかいう、ギラついたものではない。殺気もない。
むしろ静かな目だが、マツもカオルも、冷たいものを感じた。
が、その目は一瞬で戻った。
「マツさん。嫌な役目をお願いしますが、よろしくお願いします」
「はい」
そこにメイドが食事を持ってきた。
「日替わり定食でございます」
3人の前に、食事が置かれる。
「さ、いただきましょうか。
治癒師の方、どんな人でしょうか。楽しみですね」
マサヒデの雰囲気は元に戻っている。
マツとカオルは、先程のマサヒデの一瞬の冷たさが頭から離れず、口が重くなってしまった。
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