第9話 貴族の世界・1
ものすごい量の金貨を抱えたメイドが、後ろに3人。
とりあえず、向かいのマツの家に置いてもらうことにした。
からからからー・・・
「只今戻りました・・・」
「どちらへお運びしましょう」
「えと、あ、いえ。ここに置いておいてもらえれば」
「はい」
どん、どん、どん、と革袋が置かれる。
「それでは、トミヤス様。わざわざのご足労、ありがとうございました。我々はこれにて」
「あ、重いものを、女性に持たせてしまって、すみませんでした。
こちらこそ、わざわざありがとうございました」
「いえ。お役に立てて、光栄です。では、失礼致します」
メイド達は頭を下げて帰っていった。
「・・・」
この金、どうしたものか・・・
「おかえりなさいませ」
は! と顔を上げると、マツとカオルが頭を下げている。
「あ、只今戻りました」
「マサヒデ様、こちらは?」
「えーと・・・冒険者ギルドからの依頼料と、商人ギルドからのお礼と、町長からのお礼を頂いて・・・」
「あら」
「ど、どうしましょう・・・」
「ここでは邪魔ですし、とりあえず奥に置いておきましょうか」
よっこらしょ、と、マツがひとつ袋を抱える。
カオルも無言で袋を抱え、マツに着いて行く。
ここでは邪魔。とりあえず。
「・・・」
2人とも、金に慣れているのだ。
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訓練場から戻ったが、まだ昼前。
あとは、出かける前にギルドで湯を借りて、着替えて行くだけだ。
そろそろカオルさんと稽古をしようかな。
などと、縁側に座って考えていると、
「マサヒデ様」
「はい、なんでしょう?」
「香水を買いに行きますよ。私達が見立てますので」
「香水?」
「ああいった場には、香水をつけて参るものです。お持ちではないでしょう?」
「持ってませんけど・・・そうだったんですか。知りませんでした」
「では、早速参りましょう。うふふ。お出かけは初めてですね」
マツはうきうきしながら、小さな袋を2つ持ってきた。
「まあ、これだけあれば足りるでしょう。さ、カオルさんも外でお待ちですから」
言われるままに、外に出る。
マツは玄関に『只今外出中』と札を掛け、
「カオルさん、これだけあれば足りますよね?」
「十分でしょう。ですが、念のため、もう少し持って行っても良いかと」
「そうですね。では、少しお待ち下さい」
から、戸を開け、マツはすぐ戻ってきた。
「では参りましょうか」
と言って、マツはにこにこしながら腕を組んだ。
「ええ! マツさん、これで歩くんですか?」
「そうです」
「やめましょうよ、恥ずかしいですよ・・・」
「ダメです」
「人がたくさんいるじゃないですか。やめましょうよ。ほら、あの人、こっち見てるじゃないですか」
マサヒデは笠を下げて、顔を隠す。
マツは頬を膨らませる。
「初のお出かけなのに! マサヒデ様は妻のお願い、聞いてくれないんですか?」
「分かりましたよ・・・店は近いんですか」
「広場をあちらに通り抜け、服屋が並んでいる所です」
「ええ・・・広場を通るんですか・・・」
「うふふ」
カオルは後ろでその姿を見ながら、やれやれ、と軽く息をついた。
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店に着いた。
ここまでずっと、マツと腕を絡ませたまま歩いてきた。
これで助かった、と思ったが・・・
「・・・」
店の大きさ自体は大きなものではないが、鮮やかな塗り、柱には細やかな彫り。看板に『オリネオ香水店』と書いてあるが、その看板の枠には金箔が綺麗に貼られている。ガラスの貼られた向こうに、小さな瓶が間を空けて並び、聞いたことのない名前が書いてある。いかにも『高級です』と言った店構えだ。
ここに入るのか? マサヒデは足を止めてしまった。
「ここですか?」
「はい」
「入るんですか?」
「そうですよ。ここがお店なんですから」
「私、外で待ってても」
「マサヒデ様。こういう店にも慣れませんと」
「ええ・・・慣れなくてもいいですよ」
「いけません。
いいですか。マサヒデ様は先日の試合で、もう国中に知られてるんです。
旅先、いつどこでパーティーに誘いがあるか、分かりません。
断れないこともあるでしょうから、慣れておきませんと。
それにマサヒデ様は、もう国王陛下とも面識があるんですよ。
もし、お呼びが掛かったら、どうするんです」
「・・・」
「さあ、行きますよ」
ドアを開けると、からん、とドアベルの音がして、高級そうなスーツを着た女の店員が迎えに出てきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「本日は、どういったものをお探しで」
「男性用の、パーティー用の香水をいくつか見繕ってもらえますか。
うん、そうですね、王宮の式典につけて行っても大丈夫くらいなものを」
「王宮の・・・?」
その時、は! と笠に隠れたマサヒデに、店員が気付いた。
「あの、お間違いでしたら、大変失礼ですけど・・・
トミヤス様であらせられますか?」
「はい。マサヒデ=トミヤスです」
「これは、わざわざ当店にお運び頂いて、ありがとうございます」
店員がすっと頭を下げた。
「先日の試合は、私も見させて頂きました。お見事でございました。
あの試合、国王陛下もご覧であったとか。
もしや、今回は陛下の招聘でございますか?」
「いえ、ちょっと大きな貴族の方にお招きを頂きまして。マサヒデ様は初めて香水を買いますけど、折角の機会ですし、良いものを準備したいと思っております」
「かしこまりました。当店で最高のものをお持ちします」
店員は早足で奥に引っ込んで行った。
「さ、マサヒデ様。店員さんが戻るまで、少し見ていきましょう。
私も、良いものがあれば買いたいですし」
「はあ」
マツとカオルは、棚に置いてあるサンプルの匂いを手で顔に運ぶようにして、香りを確認している。2人は次々と棚を回っている。
マサヒデも試しに置いてあるものを嗅いでみたが、良し悪しがさっぱり分からない。
「マツ様。こちらなどいかがでしょう」
「そうですねえ・・・うーん、もう少し柔らかい感じが欲しいですかね」
「では、こちらなどどうでしょうか」
2人は楽しそうだが、マサヒデには分からない世界だ。
見て回っている2人を見ながら、待っていると、店員がいくつかの小さな塗りの箱を持ってきた。
金細工で山水が細工してある箱まである。
箱だけで、ものすごい値段がしそうだ。
「マツ様、来ましたよ!」
「わあ、楽しみ!」
2人がぱたぱた駆け寄ってきて、箱を見ている。
「香りを見てもよろしいですか?」
「はい、お好きなだけお試し下さいませ」
マツはぱかっと遠慮なく箱を開ける。
こんな高そうな箱を普通に・・・マサヒデにはとても出来ない真似だ。
中には、袱紗(ふくさ)のような、さらさらした感じの布に包まれた小瓶。
二人は小瓶の蓋を開けては「うーん」と首を捻らせ、次の箱、次の瓶・・・
と何度か繰り返し、顔を合せた。
「今回はこれですね」
「ええ。これです」
と頷き合う。
「さ、マサヒデ様。どうぞお試し下さい」
顔を近付けて匂いを確かめてみるが、さっぱり分からない。
何か、薄い柑橘類のような・・・甘い匂いも少し混ざっているような・・・
何やら爽やかな感じだ、というのは分かるが、全然分からない。
「?」
2人が「どうだ」という顔でマサヒデを見ている。
「うーん・・・すみません、私には、これが良いものなのか、さっぱり・・・」
「これにしましょう! これは良いものです!」
「ご主人様にお似合いの香りでございます!」
「はあ」
「では店員さん。こちらにします。おいくらでしょう」
「金貨で120枚ですが、折角トミヤス様にお運び頂いたのです。110枚でいかがでしょうか」
金貨120枚!?
銘刀を買っても釣りが出る値段ではないか!
「わあ! そんなに安く? ありがとうございます。では、えーと、この袋で100で、あと、1、2・・・」
「ちょ、ちょっと! マツさん!」
「はい?」
慌ててマツを引っ張って、
(マツさん! 金貨120枚って! 香水ってこんなに高いんですか!?)
「うーん、まあ、普通じゃないですか? この町では品揃えもそんなに・・・まあ、仕方ないですね」
普通!?
仕方ない!?
「折角まけてくれたんですから、買いましょうよ。お似合いですよ」
(ええ!?)
「お金なら、さっき依頼料をもらったから良いじゃないですか」
「・・・」
マツはマサヒデの手をすっと袖から離し、店員の所へ歩いて行った。
「大変失礼しました。マサヒデ様が初めての香水で、興奮してしまって」
「それはそれは。喜んでもらえて、私も嬉しゅうございます」
「こっちの袋が100と、これで10枚、と。袋の方、確認願います。
間違いがありましたら、魔術師協会の方へご連絡下さい」
「では、お包み致しますね。少々お待ち下さいませ」
「はい」
マツもカオルも、全く普段通りだ。
これが貴族の世界、というものなのか。
しかし、これはまだ準備段階。まだ、ほんのつま先くらいなのだ。
本番は一体、どんな世界になるのか・・・
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