第8話 依頼料


 本日夕刻、ホテル『ブリ=サンク』にて。


 レイシクランの令嬢と会う日がやってきた。

 マナーとかいったものには不安が残るが、もう彼女と会うことに怖れはない。


 目が覚めたマサヒデは、水を浴びて、服を着替えた。


「おはようございます」


「あ、カオルさん。おはようございます」


「お出かけですか?」


「はい。ギルドにちょっと顔を出してきます」


「御用でしたら、私が行ってまいりますが」


「いえ。金を借りに行ってきますので、私が行きます」


「金ですか? マツ様にお借りしては」


「それも考えましたが、家にも泊めてもらい、食事まで出してもらって、ちと甘えすぎかな、と」


「はあ・・・それで、何にお使いになりますので? 必要な額も分かりませんと」


「今日の会合に、何も持っていかないのはまずいかなって思って」


「必要ないと思います」


「そうでしょうか? 菓子折りでも用意しようと思ったんですが」


「ブリ=サンクのレストランをご用意出来る方ですよ?

 酒も食事も菓子も、下手な物を持っていくと、逆に失礼かと」


「あ、そうか・・・我々で用意出来るものなど・・・」


「そうかと思います」


「でも、こういうのって気持ちが大事では」


「その気持が『なんだこれ』では」


「・・・そうですね・・・」


「まあ、まだ時間もありますし。

 金はもう良いですが、訓練場でも借りて、少し素振りでもしてきます」


「では、私も。よろしければ、少し稽古でもつけてもらえませんか?」


「あなたにですか? 必要ないと思いますが・・・」


「ついでに、冒険者の方々に稽古でもつけてあげるのはいかがでしょう。

 ギルドの方々も喜びましょう」


「ううむ・・・そうですね。じゃあ、それでいきましょうか」


「では、私も着替えて参りますので、少しお待ち頂けますか」


「はい」


 カオルは奥に引っ込んで、すぐ戻ってきた。

 使い込んだ感じの革鎧に、腰にさした剣。いかにも『冒険者』といった感じだ。

 全く違和感がない。


「・・・」


「本日は剣の稽古をお願いします。

 どうでしょうか。違和感など、ありませんでしょうか」


「・・・大丈夫だと思います・・・」


「あ、そうだ。カオルさん」


「なんでしょう」


「あなたの腕では、目立ちすぎてしまいませんか?

 冒険者の方々には悪いですけど、腕が違いすぎる。

 『こんな人いたか?』って目立っちゃいますよ」


「そうでしょうか?」


「そうです。かと言って、押さえたら稽古になりませんし」


「では、お帰りになられたら、ここの庭で軽くでも・・・」


 奥にいるマツに声を声をかけ、軽く打ち合わせをして、2人はギルドに向かう。

 先日の試合の時ほどではないが、相変わらず朝から人は多い。

 人混みをかき分けて、2人はギルドへ入った。


「おはようございます」


 受付嬢に声を掛ける。

 マサヒデを見る目がキラキラ光っている。


「あ! トミヤス様! おはようございます!」


「ふふ、今日も元気ですね」


「訓練場をお借りしたいのですが」


「訓練場ですか?」


「はい。軽く素振りなどしたいと思いまして」


 絶妙なタイミングで、カオルが声を掛ける。


「トミヤス様! 訓練場をお借りするのなら、是非とも我々に稽古をおつけ下さいませんか!」


「え」


「どうか、お願いします!」


 完璧すぎる。

 カオルの大きな声を聞いて、ロビーにいた面々も少しずつ集まってきた。


「私もお願いします!」「私も!」


「稽古はいいですけど・・・訓練場はお借り出来ますか?」


「はい! 問題ないと思います! 少々お待ち下さい!」


 受付嬢はぱたぱたと走って行って、すぐ戻ってきた。


「大丈夫です! 好きにお使い下さい!」


「ありがとうございます。では、遠慮なく」



----------



 道着に着替えて訓練場に入ると、もう試合の時のようではなく、長椅子や的、武器棚などが置いてある。

 少し広い所に向かい「この辺でいいかな」と足を止める。

 振り返ると、いつの間にかカオルはいなくなっている。


「それでは皆さん、ここら辺で」


「はい!」


「まずは皆さんの腕を見てみたい。順番に来て下さい」


 試合の時と違って、今日は竹刀にした。

 治癒師が控えているわけでもないし、彼らも仕事があるだろうし。

 もし大きな怪我でもしてしまったら大変だ。

 一応、告げておく。


「一応、言っておきます。

 私は竹刀ですが、別に皆さんを見下しているわけではありません。

 あなた方は冒険者として仕事がある。

 もし大きな怪我でもされては、私もギルドも困るからです。

 私は仕事をしていませんから、いくら怪我をしても平気です。

 遠慮なく、掛かってきて下さい」


「お気遣い、感謝します!」


「では」


「行きます!」


 1人目。

 切り下げを軽く流して、胴。

 ぱん! と大きな音。


「ただ見ているだけではなく、どうすれば入るか考えながら見ていて下さい。

 あなたも、自分のどこが悪かったか、次はどうすれば入るか、しっかり自分の手を思い出して下さい。

 むやみに掛かってくるだけではいけません」


「ぐ・・・はい・・・」


「では、次の方」


「はい!」


 鋭い突き。

 これほどは道場でも少ない。

 つい、と半身になって避けて、小手を打つ。


「次の方」


「はい!」


 ばっと間合いに入って、ぐっと身を下げた。

 足薙ぎか? と思って少し下がると、砂を投げてくる。


(お)


 と顔を避けると、足を薙いでくる。

 足を上げて避け、落としながら面。


 これぞ実戦。さすが冒険者だ。

 道場では使われないような技も、平気で使ってくる。

 稽古をして良かった。



----------



 夢中になって稽古を続けていると、冒険者の面々もへたばってきてしまった。


「では、ここまでにしましょう。皆さん、ありがとうございました。

 トミヤス流も実戦主義を謳っていますが、所詮は道場稽古です。

 道場ではとても見られない動きも多く、こちらも勉強になりました」


「ありがとうございました!」


 冒険者たちが礼をして、稽古は終わった。


 着替えて廊下に出ると、メイドが声を掛けてきた。


「トミヤス様。お時間よろしいですか」


「はい。なんでしょうか?」


「オオタ様が、依頼料のお支払いをしたいと」


「依頼料? 何の依頼でしたっけ?」


「はい。先の試合、ギルドからトミヤス様への依頼となっておりますので」


「ああ、そういえば・・・」


 オオタが頭を下げて、こちらからの依頼を請けてもらえますか、と言っていたのを思い出した。


「ご案内致します」


「お願いします」


 しずしずと歩くメイドに着いて行き、2階奥の「執務室」と札の掛かった部屋。

 とんとん、とメイドがノックすると、中から野太いオオタの声。


「失礼致します」


「なんだ」


「トミヤス様をお連れ致しました」


「おお! お入り頂け!」


 かちゃ、とメイドがドアを開けると、満面の笑みを浮かべたオオタが出迎えてくれた。


「トミヤス様! ご足労いただき、ありがとうございました!」


「いえ、とんでもない」


「申し訳ありません。こちらも事後処理で忙しく、あまり時間がありませんので、早速ですが」


 オオタの机の横には、山積みになった書類が置いてある。

 試合のせいで、色々と処理しなければならない事があるのだな、申し訳ないことを、と考えていると・・・

 きい、と、オオタが後ろにある、首くらいの高さの大きな金庫を開け、どん! と大きな革袋を置いた。


「さ、まずはこちら、我ら冒険者ギルドからの依頼料でございます!」


「え」


 また大きな革袋を取り出し、どん!


「さ、こちら! 商人ギルドからのお礼が届いております!」


「・・・」


 もうひとつ。どん!


「こちらは町長からのお礼と!」


「・・・」


 とても、持ちきれる料ではない。

 恐る恐る袋を開いてみると、金貨がぎっしり詰まっている・・・

 マサヒデは、目がくらくらしてしまった。


「こ、これは・・・」


「先日のトミヤス様の試合で、それはもう、ものすごい儲けが出ましてな! さ、お受け取り下さい!」


「いや、いやいや、いくらなんでも・・・」


「大変申し訳ありませんが、我らにはこれが精一杯でして・・・

 どうか、これでお許し下さいませんか」


「い、いや、お許しだなんて」


「おお、そうだ。ちと1人で運ぶには重すぎますな。

 おい。あと2人呼んでこい。1人ひとつずつ運べ」


「承知致しました」


「・・・」


 すぐにメイドが来て、1人ずつ革袋を持ち上げて抱える。


「すみません、先程申し上げた通り、本日は大変忙しく・・・まともな挨拶も出来ず、申し訳ありませんが」


「はあ」


「よし、お前たち。トミヤス様に着いていけ。くれぐれも慎重にな」


「はい」「はい」「はい」


「おお、そういえば」


 オオタが近付いて、小声で話し掛けた。


(トミヤス様。レイシクランのご令嬢とのお話、聞きましたぞ)


 ぎく、とマサヒデは固まってしまった。


(マツ様を娶ったばかりだというのに、やりますな)


 たらたらと汗を流すマサヒデを見て、オオタはにやにやしながら顔を離し、机に戻った。


「では、また改めてご挨拶を! トミヤス様、その時は是非『お話』を聞かせて下さい! 楽しみにしておりますぞ! はははは!」

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