第7話 一緒に食べて


 マサヒデの顔が真剣になった。

 今まで呆けていた表情は面影もない。


「絶対に聞いておかなければならないこととは、なんでしょうか」


 急に態度と勢いが変わったマサヒデに、カオルは少し困惑気味だ。


「はい。レイシクランの方々は、どういった種族の方々ですか」


「えーと、そうですね、人族の間では、よく吸血鬼と呼ばれる種族の方々です」


「吸血鬼? あの血を吸うっていう?」


「実際にはそんなことはございません。日を浴びると灰になるとか、血を吸われたら吸血鬼になってしまうとか、全部作り話です」


「作り話、ですか」


「はい。かの種族は、非常に珍しい、特殊な力がありますが、使うには、十分な気力体力が必要となりまして。

 たとえ使わずとも、他の種族よりも、多くの栄養を欲する身体になっております。

 ですので、自然と、食事などは滋養の多いものが主となります。

 今ほど食文化が進んでいなかった頃は、動物の生肝などを好んで食されたとか。 その話に尾ひれがついて、吸血鬼などと呼ばれるようになった、というわけで」


「なるほど」


「あ、そうですね、吸血鬼などと呼ばれるのは、あまり良い気分はされないかもしれません。これは気を付けないといけませんでした。うっかりしておりました」


「それで・・・寿命は、長いんでしょうか?」


「ええ。魔王様の一族ほど長くは」


 そこでカオルも「はっ」と気付いたようだ。


「ご主人様・・・」


 こくり、とマサヒデは頷いた。


「彼女は、承知でしょうか。今は、浮かれてそのことに気付いていない・・・そんなことも、ありえますよね」


「・・・」


「これは、とても大事なことです。

 マツさんは、それを承知で、覚悟して、私と夫婦になってくれました。

 しかし、今、彼女は、それを覚悟しているでしょうか」


 カオルは俯いてしまった。


「・・・それは、御本人に聞いてみませんと・・・」


 俯いたまま、カオルは答えた。


「くっ・・・」


 マサヒデも俯いてしまった。

 2人に重い雰囲気がのしかかる。

 言葉が出ない。


 少しして、マツがどたどたとドレスを持って奥から出てきた。


「カオルさん! このドレスなんかどうでしょう!」


 明るい笑顔でドレスを持ち上げて見せたマツだったが、2人が暗い顔で俯いているのを見て、あら、という顔をして、2人の側に座った。


「あの、お二人共、どうなさいました・・・」


「マツさん・・・レイシクランの方々って、寿命が長い一族なんですよね」


「ええ。それが」


 はっ、とマツも気付いた。

 マツも真剣な顔になった。


「・・・マサヒデ様」


「彼女・・・気付いているでしょうか・・・」


「・・・」


「私が、彼女よりも、遥かに早く・・・年老いてしまうって・・・」


 マツはマサヒデの手を取った。


「マサヒデ様。それは、今、ここで考えても仕方のないことです」


「分かっています。彼女に聞いてみなければ、分からない。

 でも、もし気付いていなかったら・・・

 聞かされて、初めて気付いたとしたら・・・」


「・・・」


「あの手紙を読めば、誰だって分かります。彼女が今、喜びに溢れているって。

 私が人族とあるというだけで・・・

 私は、彼女を喜びの絶頂から、悲しみのどん底に、叩き落としてしまう」


「ご主人様・・・」


「もし、そうであったら、私は、彼女に何と詫びれば良いのでしょう」


 マツは真面目な顔で、マサヒデに言葉をかけた。


「マサヒデ様。そんな事を気にしていたのですか。

 夫婦になろうとする者が、その程度の覚悟、出来ていないと思いますか。

 たとえ、今、気付いていなくても、出来ないと思いますか」


 マツは、マサヒデの手を両手で強く握った。


「そこで覚悟が出来ないような者であれば、私は、彼女を嫁に迎えることを許しません。そのような軽い気持ちで、夫婦になろうなどと! そんな者を、トミヤスに迎える訳にはいきません! たとえ私が許さずとも、そんな者であれば、きっと向こうから断ってきます」


「・・・」


「さあ、マサヒデ様。顔を上げて下さい。

 こんなことで詫びるなどと。

 夫婦になろうと言うのならば、この程度の覚悟、出来て当然の事です」


「・・・はい」


「マサヒデ様は、お優しすぎます。こんな心配、余計なお世話ですよ。

 さ、カオルさん。あなたも顔を上げて下さい」


「はい」


 マツはぱっと元の笑顔に戻った。


「さあ! 明日の準備をしましょう! カオルさん! ドレスを見て下さいますか!」


「奥方様・・・!」


 ばたばたと、マツはドレスを持って奥に駆けて行った。

 潤んだ目で、カオルはマツに着いて奥へ向かった。

 その姿を見て、マサヒデの心も決まった。


 もう、何と呼ばれようと構わない。

 彼女が自分を受け入れてくれるなら、必ず、彼女も幸せにしてみせる。


 父に反対されるなら、父とも。

 もし魔王様に反対されるなら、魔王様とも、戦う。


 魔王様の姫を娶り、たった1週間で別の女を口説いた男。

 後ろ指をさされるような男の妻になった2人には、迷惑を掛けてしまうけれど。


 2人の前で誓おう。

 きっと、それ以上に2人を幸せにしてみせる。



----------



 マツのドレス選びに時間がかかってしまい、夕餉は遅くなった。

 きゃあきゃあ言いながら、2人はドレスを選んでいた。

 そんなカオルの声を聞いて、やはりカオルも普通の女性なんだな、と思った。


 夕餉はマツが作りたいと言ったので、膳の用意だけをカオルに任せることにした。


「お食事をお持ちしました」


 カオルが2人の前に膳を置く。

 マツは「いただきます」と食べ始めたが・・・

 はて。膳が足りない。


「カオルさんは?」


「私ですか?」


「一緒に食べないんですか?」


「は?」


 マツも何を言ってるんだ? と、箸を加えて不思議そうな顔をしている。


「私はここで控えておりますので。お代わりなどありましたら、申し付け下さい」


「? なぜです? 冷めちゃうじゃないですか」


 あ、そうか、と、マツはカオルの方を向き、


「ああ、マサヒデ様は家臣を持った事がありませんから・・・」


「そうでしたか」


 カオルも納得した顔をしている。


「どういうことでしょう?」


「会合や、宴席など、呼ばれた場合などは別ですが・・・普段、主と家臣とが一緒に食べることはないかと」


「そうなんですか?」


「はい」


 マサヒデは顔を傾げて、


「ふーん・・・じゃあ、呼びますから、一緒に食べて下さい」


「何かお話でしょうか?」


「いえ。特に」


 マツもカオルも、はあ? という顔をしている。


「人が一杯なら仕方ありませんけど、十分座れるじゃないですか。一緒に食べましょう」


「ご命令とあらば」


「命令? 一緒に食べるの、嫌なんですか?」


「いえ、そんなことは」


「じゃあ、一緒に食べましょうよ。3人いるんですから。1人で食べるの、寂しいじゃないですか」


「・・・」


 マツもカオルも、不思議そうな顔でマサヒデを見ている。


「? どうしたんですか? 二人共」


「・・・」


「さあ、カオルさんも早く膳を持ってきて下さい」


「はい」


 カオルは膳を持ってきて、部屋の隅に座った。


「なんでそんな隅に?」


「は」


「こっちに座って下さいよ」


 おずおずと、2人の側に座るカオル。

 不思議そうな顔で、マサヒデを見るマツ。


「うーん」


 マサヒデは首をひねって、2人に言った。


「あのですね、カオルさん。あなた、家臣と言っても、それは試験の為にそういう体なだけでしょう」


「まあ、そうです」


「だったら、うーん・・・試験ですから、客の前とか外では仕方ないですけどね。

 我々だけなら、普通に仲間とか、友人とか、そういう感じでいて下さい。

 じゃ、これ、命令です。命令ですから、試験には問題ないですよね」


 マサヒデはそう言って箸を取り、食べ始めた。


「マツさん。いいですよね?」


 マツとカオルは輝いた目で、マサヒデを見つめた。


「マサヒデ様!」


「は、はい? どうしました、急に」


「私、あなたの妻になれて、幸せです!」


「は? ああ、ありがとうございます」


「ご主人様・・・!」


「どうしたんですか、二人共」


「奥方様! 私、ご主人様が自然に女性を口説かれてしまう理由が、今、分かりました!」


「ええ!?」


「うふふ。カオルさんも、口説かれないようにして下さいね」


「ふふ。気を付けます」


「言葉遣いには気を付けますよ・・・変なことは言わなかったでしょう」


「マサヒデ様。今、私達、とても幸せです!」


「ご主人様を選んで、やはり間違いありませんでした!」


 マサヒデは分からずに、すねた顔をして箸をすすめる。

 マツとカオルは、幸せそうににこにこしながら食べている。

 今夜の魔術師協会は、幸せに包まれている。

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