第6話 銀髪の魔術師・3
「ははは! マサヒデさん、明日が楽しみですね!
一体、どんな方なんでしょうね。
もちろん、私は立会人として、参加させてもらえるんですよね?」
「マサヒデ様、私も立会人に! 早くお会いしたいです」
「ホテル『ブリ=サンク』といえば、この国でも有名なホテルなんですよ。
特にレストランが有名なんです。
田舎町にありながら、この地方の新鮮な食材を使った料理は、絶品だとか。
是非ともご相伴に預かりたいものですね」
「わあ! ブリ=サンクってそんなホテルだったんですか?
私、ずっとこの町にいましたけど、ほとんど外食はしませんでしたので、知りませんでした! 明日が楽しみです!」
「マツ様は行けませんよ。立会人に第一夫人だなんて、緊張させてしまいますよ。
それに、あちらは、まだマツ様のことをご存知ないんですよ。
折角の席が台無しになってしまいますよ」
「大丈夫ですよ! レイシクランの方々でしたら、何度もパーティーでお会いしてますし! 彼女とはまだ会ったことはありませんけど、どうせ家族になったら、身分も明かすんです。だったら、早い方が良いじゃありませんか。それに、レストランも行ってみたいんです!」
「ははは! マツさんはレストランが目的ですか!」
「もう、ハワード様ったら! そうじゃありません!」
「あ、そうだ。相手はレイシクラン家のご令嬢です。
さすがに、国王陛下にも魔王様にも、ご報告しないといけませんよね。
これには魔王様も驚くでしょうか」
「うふふ。あの父上の驚く顔なんて、想像も出来ませんね。
もしかしたら、驚いて飛んで来たりして」
「ええ? 魔王様って飛べるんですか?」
「あら、ハワード様は知らなかったんですか?
お父様は空を飛べますよ。私は飛べませんけど。
あ、でも風の魔術で飛べますね。うふふ」
「ははは! マサヒデさん、魔王様に早く会えそうですね!
これでは、あと数日で祭が終わってしまいますよ? ははは!」
「ほほほ、ハワード様ってば。報告は決まってからでも良いではありませんか」
「そうですね。マサヒデさん、ちゃんと報告の草案を考えておいて下さいね」
「もう、ハワード様。あまりマサヒデ様をいじめないであげて下さいよ。うふふ」
そんな2人を見て、カオルも思わず笑顔を浮かべてしまう。
2人が談笑している隣で、マサヒデは床に突っ伏したままだった。
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夕刻。
アルマダは「明日の準備をします、治癒師はまた今度」と言って、出て行った。
マツもうきうきしながら「服を準備致します」と言って、奥に引っ込んで、がたがたやっている。
カオルはマツから金を受け取り、マサヒデの服に使う布を買いに行った。
生地さえあれば、紋服はマツとカオルの2人がかりなら、すぐに作れるという。
「・・・」
マサヒデは、縁側に座って、ぼー、と考えながら、湯呑を両手で持って、日暮れの空を眺めていた。
父上と母上に、なんと報告しようか。
マツの様子から、魔王様は、お怒りにはならないと思う。多分・・・
国王陛下は、またお笑いになるだろうか。
「ふう・・・」
夢のようだ。
夢であってほしい。
カラスが空を飛んでいく。
「お茶、冷めたな・・・」
くい、と冷めた茶を飲んで、急須を持って立ち上がった時、からからー、と戸を開ける音がした。
「只今戻りました」
カオルの声だ。
「あ、おかえりなさい」
カオルは、大きな油紙に包まれた荷物を両手で抱えていた。
あれが紋服の生地なのだろう。
両手で荷物を抱えて歩いているというのに、相変わらず音も気配もしない。
「ご主人様、お待たせ致しました。
見れば寸法は分かりますが、念のため、測らせて頂きますか」
「はい」
「両手を左右に広げて頂いて・・・」
言われるまま、カオルに寸法を測ってもらう。
カオルは懐紙に寸法を書き込んで、
「ありがとうございました。トミヤス家の紋は、三角三ツトで間違いありませんね?」
「はい」
「新しいお茶を淹れてまいりましょう。お待ち下さいませ」
「はい」
マサヒデはまた縁側に座った。
こうしてぼーっとしている間に、あの銀髪の娘との会合が近付いているのだ。
あの娘も、今、心を踊らせて、マツのように服を選んでいるのだろうか・・・
「お待たせ致しました」
「うわあ!」
気配なく、後ろから急須が差し出された。
「ご、ご主人様? どうかなさいましたか!?」
「カオルさん! 気配を消して近付くのはやめて下さい!」
「申し訳ございません。これが癖というか、普通になってしまっておりまして・・・確かに、我らのような者でなければ、これは普通ではございませんね。私も、これではまだまだ・・・直します」
「い、いや、そういう職ですから仕方ないですね。私が慣れます。
それに、カオルさんの気配を察するくらい、出来なければ。
私もまだまだ三流ですね」
カオルの眉がぴく、とした。
「私は三流の方に負けたのですか」
「いえ、そういうことを言ってるんじゃないですよ。
それに、試合は正面きっての戦いだったじゃないですか」
カオルは口の端を少しだけ上げて、小さな笑顔を見せた。
「冗談です」
「ふう・・・初めてここに来た時を思い出しましたよ・・・」
「何かあったのですか?」
「ええ。マツさんが今のカオルさんのように、全く気配なく現れて・・・
あの時は、心底から驚きました。驚いて、刀を抜いてしまった程です。
ふふふ、アルマダさんなんか、マツさんのことを幽霊じゃないか、なんて」
静かにカオルが茶を注ぐ。
「・・・あの時は、マツさんを娶ることになるなんて、思いもしませんでした・・・」
湯呑が差し出され、マサヒデは受け取る。
ずず、とすすって、一息ついた。
カオルと話していて、ふわついていた気分が、少し落ち着いた気がする。
「カオルさんと話して、少し落ち着きました」
「忍と話して落ち着く、という方は珍しいと思いますが」
「そういうの、よして下さい。あなたはもう私達の仲間なんですから」
「気を付けます」
そうだ。
マツはまだ会ったことはないと言っていたが、カオルなら、彼女の事を知っているかもしれない。
「カオルさんは、彼女をことをご存知なんですか」
「直に会ったことはありませんが、まあ多少は」
「知ってる事だけでいいですから、教えてもらえませんか?」
「・・・」
「どうしました?」
「命とあらばお答えしますが・・・」
「何か話しづらいことでも?」
「いえ、手紙にあったではありませんか。『次に会った時に、名を』と」
「ああ・・・」
「名も、人となりも、聞いてはおりますが・・・
明日お会いになって、ご主人様の目で直に確かめるのが良いかと存じます」
「たしかに、そうです。そうですね」
「それが良いかと」
「あ、でも『レイシクラン』という家については教えてもらえますか。
細かくはいいですけど、例えば、触れたらいけないような話題とかあったら」
「うーん・・・貴族と言えば、大小関わらず、どこも何かしらあるものですが・・・触れてはいけない話、ですか」
「ええ。うっかり失礼なことを聞いてしまってはいけませんし」
「特に、普通に話題に出るようなものは、思い当たりませんね。
礼儀さえちゃんとしてれば、問題ないと思いますが」
「礼儀ですか・・・私、いわゆる食事作法とかいったものは全くですけど、大丈夫でしょうか」
「大丈夫ではありませんか? あちらも、ご主人様は平民であるということは、ご承知でしょうし」
「じゃあ、普通に話せば大丈夫ですかね」
「ええ。私との試合の時のような、堂々とした、あの自然体。それで良いかと。
しかし、ご主人様、言葉遣いには気を付けて下さいませ。
うっかり侍女など口説かれませぬよう」
「う!」
「ふふふ。冗談です」
「カオルさんまで・・・忍って、冷徹で寡黙な想像をしてましたけど、そうでもないんですね」
「それは偏見です。我々にだって、心も感情もあるのです。
あのご令嬢からのお手紙には、私も・・・」
カオルはふっと笑って、夕暮れの空を見上げた。
「私も、あのように、気持ちを伝えたくなるような男性に・・・出会えるでしょうか・・・」
遠い目で、カオルは小さな声で呟いた。
カオルさんだって、と口にしかけて、マサヒデは言葉を飲んだ。
彼女達は、結婚できたとしても、忍として仕事を続ける義務がある。
たとえ夫婦になれたとしても、自分がどんな仕事をしてるかは話せない。
他国に潜入するような仕事になれば、何年も会えないようなことになるはずだ。
人知れず始末される危険もある。それを知らずに、帰りを待つ家族・・・
仕事として、好きでもない相手と結婚することもあるだろう。
彼女には、恋愛すら許されないのだ。
夕日に照らされたカオルの笑顔は、美しかったが、寂しく見えた。
きっとマツも、マサヒデと結婚する前は、こうやって・・・
はっ! とマサヒデは気付いた。
「カオルさん。確認しないといけない事が、ひとつだけありました。
絶対に、先に聞いておかなければならない事です」
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