第5話 銀髪の魔術師・2


「とまあ、今の我々の近況はこんな所です」


「・・・分かりました」


 マサヒデは肩をとしてしょんぼりとしている。

 顔は真っ青だ。


「では、次に治癒師の方を紹介・・・と行きたい所ですが、少し待ってもらいましょう。いつ、あの鬼の方が来るか分かりません。急いでマツ様に事情を話し、お願いに行きましょう。サダマキさんのご紹介もしたいですし」


 アルマダが立ち上がった。


「マサヒデさん。行きますよ」


 俯いているマサヒデに、アルマダが声を掛ける。


「はい・・・」


 マサヒデも、俯いたまま、ゆっくり立ち上がった。



----------



 からからー、と戸を開け、3人は魔術師協会に入る。


「失礼致します。マツ様、いらっしゃいますか」


「はーい」


 ぱたぱたとマツが奥から出てくる。


「これはハワード様。いらっしゃいませ」


「今日は急ぎのお願いがありまして。お時間、よろしいでしょうか」


「はい。お上がり下さいませ」


 3人は上がって、いつもの縁側の部屋に入った。

 しばらくして、マツが茶を持ってくる。

 そこで異常に気付いたのか、マツが「ん?」という顔をした。


 メイドだ。


 ギルドは目の前だから、一緒に来ることもあるだろう。

 だが、メイドが座って待っている。

 いつもなら「茶は私が」とくる所だが・・・


 はっ! とそこでマツは気付いた。


「どうぞ」


 3人の前に茶が置かれる。


「すみません。本来なら、まずこちらの方のご紹介をしたい所ですが、一刻を争う要件なので」


「あら、そんなにお急ぎなんですか。私に力になれるかどうか」


「マツ様にしか出来ない事です。ですが、あまり気分の良くないことかと」


「まずは、お聞かせ願いますか」


 アルマダが説明を始める。

 あの鬼の女のことだ。


 マサヒデを種馬として狙っている、ということ。

 メンバーにしてもしなくても、危険であるということ。

 そこで、条件を出す、ということ。

 聞き入れなかった場合の為、マツに魔王の姫として、彼女に条件を飲ませたい、ということ・・・


「・・・」


 マツは眉を寄せた。

 明らかに顔をしかめる、という表情ではなかったが、やはりそんなことはしたくないのだろう。


「申し訳ありません。マツ様には、身分を笠に着て、強引に条件を飲ませるようなことをして頂きますが・・・」


「その役目、お断りしますと、どうなりますか」


 マサヒデが、アルマダの代わりに言葉を続ける。


「彼女が条件を飲んでくれれば、問題ありません。

 ですが、飲んでもらえないとなると・・・先の説明通り、危険があります。

 あの力で暴れられれば、必ず被害が出る。我々だけでなく、関係ない方々にも。

 たとえ私を諦め、この先、別の方を見つけたとしても、同じように・・・必ずどこかで・・・」


 マサヒデは自分の大小に目を向け、マツに向き直った。


「その時は、私が斬ります」


 ちりーん。風鈴が鳴った。


 マツが庭に目を向ける。

 しばしの沈黙の後。

 マツはマサヒデに向き直り、手を付いて頭を下げた。


「その役目、喜んでお引き受け致します。必ず、私が彼女を説得致します」


「ありがとうございます」


 マサヒデも手を付いて、マツに頭を下げた。


「マツ様。嫌な役目を引き受けて頂き、ありがとうございます」


 アルマダも頭を下げた。


「それでは、次は嬉しいお知らせを。マサヒデさんのパーティーに、新しい方が加わってくれました」


 カオルが手を付いて、マツに頭を下げた。


「カオル=サダマキです。旅の間、ご主人の家臣として、仕えさせていただきます。

 奥方様も、どうか家臣として、お使い下さいますと、ありがたく存じます。

 ご迷惑をお掛け致しますが、どうかよろしくお願い致します」


「マツ=トミヤスでございます。主人をよろしくお願い致します」


 2人が頭を上げた。


「サダマキ様、つかぬことをお聞き致しますが、昨日の忍の方ですね」


「はい。カオルと呼び捨てて頂いて結構です」


「呼び捨てなどと。じゃあ、カオルさん。

 里から許しを得ている、とお聞きしましたが」


「はい。私は養成所の仮教員です。

 今回は最終試験ということで、お供させて頂きたく」


「なるほど。養成所の方でしたら、襲われるようなこともありませんね」


 さすがは王族、といったところか。

 マツは、マサヒデやアルマダが心配していた、この辺の事情に詳しいようだ。


「は。そちらはご心配なく。

 試験ですので、養成所の試験官の監視もついております。

 まず、どこかの忍が手を出してくるとは思えませんが、絶対ではありませんので・・・万一それらの者が、お二方に手をかけるような真似をした場合、試験官も護衛として動きます」


「そうなった場合、祭は失格となりませんか?」


「今回は養成所の正式な試験でございますので、もしそのようなことがあっても、失格とはなりません。祭の審判を務める方々にも、通達済みでございます」


「分かりました。それと、これは個人的なお願いなのですが」


「はい」


「私の身分につきましては、お忘れ頂きたく」


「はい。ご主人様からもお聞き致しました。

 私を監視している試験官も聞いておりますでしょうが、たってのお願い。

 たとえ国王陛下から尋ねられたとしても、口には致しません」


「ありがとうございます。ふふ、陛下はご存知ですけど」


「この命、必ずや」


「まあ。命などと。ただのお願いです。それでは・・・」


 からからから。

 戸を開ける音。


「あら。お客様」


「失礼致します。おいででございましょうか」


 聞いたことのない、男の声だ。


「すみません、失礼しますね」


 マツが立ち上がろうとした所で、カオルが止めた。


「奥方様、私が」


 さっとカオルが立ち上がり、早足で出て行った。


「まあ・・・」


「完全に、役になりきってますね・・・あれも、忍の技術、なんでしょうか・・・」


「じゃあ、しばらくはメイドでいてもらいましょうか。料理人なんかも良いかもしれませんね」


「ははは」


 そこに、カオルが戻ってきた。


「ご主人様、あの、先程お話の方から、使いの方が参りました」


「鬼の方ですか」


「いえ。レイシクラン家から・・・」


 一瞬、マツから黒いオーラが出る。

 アルマダの目つきが冷たいものになる。

 マサヒデの顔色がすー、と青ざめる。


 カオルはマツのオーラにぴく! と身を固め、


「・・・ご主人様に、こちらを、と」


 す、と手紙を差し出した。


「・・・お返事を頂きたい、とのことで、お待ち頂いております」


 厚く、手触りの良い、綺麗な赤の封筒。

 触らずとも、見ただけで、これは身分の高い者が使うものだ、と分かる。

 封筒から、ほのかに花のような香りがする。


 印の押された蝋封。

 マツが印を見て、


「・・・間違いありませんね。レイシクランの印です」


 受け取ったマサヒデは前かがみになり、手は震えている。


「さ、マサヒデさん。開けて下さい。読みましょう」


 ごく、と喉を鳴らしてアルマダを見つめるマサヒデ。

 そのマサヒデを、冷たい目で見下ろすアルマダ。

 光のない目で、じっとマサヒデを見つめるマツ。

 顔にこそ出していないが、明らかに先程のマツの雰囲気に怯えているカオル。


 3人の目が、マサヒデを見つめている。


 マサヒデは、すー! と思い切り息を吸い込み、腹に力を入れて、封を開けた。

 手紙を開くと、ふわりと花のような香りが漂う。


「さ、マサヒデ様。読んで下さい」


「・・・はい」


『マサヒデ=トミヤス様へ。


 この手紙で名乗らぬことを、お許し下さい。

 マサヒデ様の仰ったよう、次に会った時、互いの顔を見て。

 その時、私の名をお聞かせしたく思います。


 マサヒデ様が手を取って言葉をかけて下さいました時、私の心は、震えました。

 マサヒデ様が立ち去った後、あなたの背を思い出し、嬉しさに身が震えました。


 名も知らぬ女であった私を、マサヒデ様は認めて下さいました。

 それを思うと、私は嬉しくて、今も涙が止まりません。


 今まで生きてきた中で、これほど嬉しく思ったことはありません。

 この手紙を書いている今も、まるで夢を見ているようです。

 この喜び、私の拙い筆では、とても表せるものではありません。

 それでも、ほんの少しでも伝われば、と、この手紙を書きました。


 私のような者に声を掛けて下さいました事、終生、宝として心に刻みます。

 マサヒデ様のお申し出に、お応えしたいと思います。


 明日、夕刻。

 ホテル、ブリ=サンクのレストランにて、お待ちしております。


 ご都合の悪い場合は、使いにその旨をお伝え下さい。


 私の名を、聞いて下さい。

 私の気持ちを、受け取って下さい。

 マサヒデ様と再び会えるまで、私はいつまでもお待ちしております。


 この手紙と、この気持ちが、あなたに届きますように』


 水を打ったように静まり返った。

 何度読み返して見ても、愛を受け取った女の手紙だ。

 ぷるぷるとマサヒデの手が震える。


「・・・」


「ご主人様。使いの方がお返事を待っておられます」


「頑張って下さいね」


「マサヒデ様。紋服の準備はお任せ下さい」


 アルマダとマツの顔は、手紙を読む前と、打って変わって笑顔になっている。

 マサヒデの顔だけは、蒼白なまま・・・


「・・・カオルさん。明日、夕刻、参ります、と・・・使いの方に・・・」


「かしこまりました」


 カオルが頭を下げて出て行った。

 少しして、玄関の閉まる音。


「ああ!」


 マサヒデは頭を抱え、突っ伏してしまった。


 もう決まってしまった!

 魔王の姫を娶りながら、そのたった数日後には、別の娘を口説いた男として生きていくのだ!


 両親にどう報告したら!

 魔王様にどう説明するのか!

 国王陛下にどう話したら良いのだ!


 そのマサヒデを、アルマダとマツがにこにこと見つめている。

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