第7話 すれ違い



 カタカタ。カタカタ。

 ジョンは集中していた。基幹プログラムの記述のためだ。

「……」

 カタカタカタカタ。

 ジョンはキーボードを素早く叩く。開発現場は言葉が少なくなりがちで、ジョンもやはり言葉を発しなかった。周りの社員もほとんどそうだった。そんな中、サラはコミュニケーションを大事にしていて、いつでも爽やかに会話をするのであった。

「ジョン、どれくらい進んだ?」

「半分も進んでないよ。それに衛星との相互データ処理をどうするか悩んでいる」

「自動学習プログラムを応用したら? この前、オープンソースで使えそうな記述があったわ」

「やってみる。助かるよ」

「どういたしまして。アドレスをメールで送るわね」

「ありがとう」

「リラックスしながらやってね。これは完成に数年はかかるんだから」

「わかってるよ」

 カタカタカタカタカタカタ。

 ジョンはコーヒーを口にした。いつの間にか冷めたコーヒーはただただ不味かった。ジョンは席を立ち、新しいコーヒーを入れるために給湯室に向かった。

 給湯室では怒号が飛び交っていた。

「10日連続出勤だ! もう限界だ、辞めてやる!」

「徹夜はないんだ! もう少し頑張ったらどうだ!?」

 ビズとジョンの後輩が言い争っている。

「だからと言って10日連続で出勤は嫌だ! こっちにも用事があるんですよ!」

「この仕事より大事な用事か? だったらそれを仕事にするんだな!」

「わかりました! 俺はこんな会社辞めますよ!!」

 給湯室から出ていった後輩はジョンとすれ違いざまに「チッ」と舌打ちをした。それがジョンに向けてのものなのかビズに向けてのものなのか、わからない。ただイライラしていることだけが伝わった。ジョンはその後輩になんの言葉もかけられず、黙ってその姿を目で追っていた。

 次に出てきたのはビズ。イライラしながらタバコを吸っていた。

「社内、禁煙ですよ」

「ああ、ジョン。悪いな」

「チョコレートでもどうです」

「そうだな、頂くよ」

 ビズはチョコレートを口に放り込むとボリボリと噛み砕いた。

「ジョン、進んでるか?」

「スローペースです」

「ベンチャー企業がこの業界に参入してきた。おそらくわが社が有利だろうが、追い抜かれないように、気を引き締めて取り組んでくれ」

「それでこんなに激務なんですね」

「それもあるのだが、上からの圧力もあってね。社長が政府関係者から業務の加速を要請されたという噂が上層部で広まっているのだ。ただの噂であって欲しいが」

「そうですね」

 ジョンとビズが話していると秘書がやって来て「会議に遅れますよ」と言った。ビズは時計を確認し、足早にその場を後にした。

 給湯室に入り、新しいコーヒーをカップに入れたジョンは、その場で少し休憩をした。


 “人はロボット社会を受け入れてはならない”


 ロボットが普及することで幸せになる人もいるだろう。逆に不幸になる人もいるだろう。人はいったいどこに向かっているのだろう。

「バランスが大事なのかもな……」

 ジョンは深く考えをめぐらせた。



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