第3話 回想
大変だったプログラムの大規模修正が終わり、ジョンはコーヒーを口にした。
「ふぅ、やれやれ」
デスクの上のマリーの写真を見つめる。
「エリーの写真を加えないとな」
ジョンは微笑みながらマリーの写真を手でなぞる。
徹夜で仕事をしてきたせいか、眠気が急に襲ってきた。コーヒーをまた飲んでみるが、眠気は治まるどころかますます強くなった。
「眠い」
ジョンは椅子の背もたれに背中を預け、ゆっくりまぶたを閉じた。
Zzz。
数時間後に目を覚ましたジョンは「座り心地の良い椅子で良かった」と呟いた。この椅子はマリーが愛用していたもので、マリーがこの会社を辞めるときに「まだ使えるから」と譲り受けたものだ。背もたれにはマリーのサインが書かれている。「まり by マリー」と書かれ、マリーのユニークさが現れている。日本人で西の都出身のマリーはこの国で名前を覚えてもらうため、愛称を用いたのだ。彼女の本当の名前は倉間まり(くらままり)である。
ジョンが初めてマリーに会ったのは5年前、2085年のことだった。そのときのことをジョンは鮮明に覚えている。仕事1日目で彼女は彼に「あなた、使えないわ。帰っていいわよ」と一蹴するのであった。それが酷く記憶に残っている。後日彼女が言うには「やる気を高めるためよ」とのことらしい。そう言われてもジョンのキズは癒えなかった。あのときのジョンは自分を低く評価し、自信を失っていた。
時にサラは同僚としてジョンを励まし続けた。「あなたの仕事は問題ないわ」「時には息抜きでもしてみたら」と常に彼に寄り添っていた。彼は彼女の励ましに勇気付けられ、今の仕事を続けることができた。
ジョンは先輩のマリーとの関係に悩むごとに、サラに頼っていた。このままいけばサラと結婚したに違いなかった。しかし、決定的なことが起こった。ジョンがマリーに初めて会った日から3年後のこと。ジョンの担当した業務用機械のプログラムに不具合が見つかったが、それをマリーが代わりに責任を取ったのだ。その不具合は重大で、相手は莫大な負債を抱えてしまった。ジョンひとりの責任では事態は収拾しなかったのだ。マリーは先輩であり上司であったために責任を取って会社を辞めた。「当然のことよ」と退社の日にマリーはジョンに言った。「他の私の上司に責任を転嫁することもできたはずです。なぜです」とジョンは訊いたが、マリーは「あなたは大切な私の後輩よ」と一言述べるだけだった。「私だってあなたは大切な先輩です」とジョンの言葉は力なく小さな声となって、体の外に出ていった。思い出すと、仕事はいつもマリーに助けられていた。マリーの去り際、ジョンは彼女の背中を見つめ、恋が芽生えたのを感じた。責任感や包容力に惹かれていたのだろう。
椅子に座りながら昔のことを考えていたジョン。背伸びをして、立ち上がる。
「マリーとエリーに会いに行こう」
ジョンはマリーとエリーのいる病院へと足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます