生誕祭 3

 もやもやする。

 いらいらする。

 この気持ちは、何だろうか。


 壁に背中を預けて、リオンはフィリエルとオーレリアンが楽しそうに踊っているのを見つめていた。

 フィリエルの手に、腰に、オーレリアンが触れている。

 酒を持って回って来た使用人から新しいワインを受け取ると、リオンはグラスの中身を一気に煽った。

 見つめあい、微笑みあい、軽やかにステップを踏む二人。

 フィリエルと踊っているのは、彼女に求婚した優しそうな王子だ。


(……フィリエルは、俺の、妻なのに)


 何故リオン以外の男と踊っているのだろう。

 もちろんわかっている。

 貴族や王族の社交にダンスは欠かせないし、他国の王子の誘いを無下に断るのはよろしくない。

 そして、妻がほかの男性からダンスに誘われたとき、笑顔で送り出してやるのが正しい行動だともわかっていた。


 わかっていたのだが――、さっき、休憩中を理由に、断ろうとした。

 フィリエルの華奢な体に、他の男が触れるのが、どうしようもなく嫌だったからだ。


(フィリエルはやっぱり、あの男の方がいいんじゃないだろうか……)


 シャンデリアの光を浴びて、フィリエルに艶やかな銀髪がキラキラと輝いている。

 綺麗な紫色の瞳が、自分以外の男を映して、そして微笑むのだ。


 チリ、と胸の奥が焼け付くように痛い。

 最近感じる、この、火傷のような胸の痛みはなんだろう。

 フィリエルは自分のものだと、無性に叫びたい。

 オーレリアンの手からフィリエルを奪い返して、腕の中に閉じ込めてしまいたかった。


 フィリエルは、十二歳の時からリオンが好きだと言った。

 その言葉に嘘はないと思うけれど、結婚してからずっと、リオンが彼女のその心を踏みにじって来たのは紛れもない事実だ。

 むしろ嫌われていない方がおかしいのではないかと思ってしまう。


(フィリエルは無理をしているんじゃないだろうか)


 王妃だから。リオンの妻だから。リオンの過去を知って、同情して、だからそばにいてくれるのではないだろうか。

 本当は、リオンを好きな感情は、もう消えてしまっているのではないだろうか。


 リオンは自分が欠陥を抱えていることを知っている。

 人が苦手で、信用できなくて、誰かを憎むことはわかるのに、誰かを好きになることがわからない。


 動物を見て愛おしいと思えても、誰かにその感情を覚えたことはなかった。

 弟であるエミルに対してさえ、なんとも思わない。

 エミルは純粋で愛らしい性格をしているのだとは理解している。だが、ただ、理解しているだけなのだ。弟を前に、可愛いとか、愛おしいとか、そのような感情は湧き起らない。


 唯一リオンの心が動くとするなら、フィリエルに対してだけだろう。

 けれどもフィリエルに対するその感情も、自分自身ではよくわからないのだ。

 フィリエルが猫だった時に感じていた愛おしいという気持ちと同じものが胸の内に宿ることもあるけれど、それは人の彼女に猫だった時の彼女を重ねて見ているからではないとどうして言えるだろう。


 フィリエルを人として愛おしいと思っているのかどうなのかも、リオンにはわからない。

 フィリエルに以前伝えたように、リオンは「愛」がわからない。

 いったい何をもって人は誰かを愛しているというのだろう。


 こんな欠陥を抱えたリオンの隣に、この先もずっとフィリエルはいつづけてくれるだろうか。

 やっぱりオーレリアンのような男がいいと思うのではないだろうか。

 リオンのような男ではなく、きちんと、フィリエルを愛してくれる男の方が――


 ダンスを終えて、フィリエルが笑顔で戻って来る。


(……いっそ閉じ込めてしまえればいいのに)


 猫をケージの中に閉じ込めるように、彼女のことも、いっそ。


 戻って来たフィリエルの腰を引き寄せて、リオンは、胸の中のどろどろとした何かに蓋をして微笑んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る