オーレリアン王子 4
フィリエルがベリオーズ国の第三王子オーレリアンと微笑みあうのを見て、ちりっと焦げ付くような痛みが胸に走った。
よくわからないが、ムカムカとしたものが胃の底の当たりからこみあげてくる。
フィリエルより二つ年下のオーレリアン王子は、精悍な顔つきの二十一歳の青年だ。リオンより五つ年下。それなのに、雰囲気は堂々と落ち着きがあって、自分と違って自信にあふれているような気がした。
リオンは、表情を取り繕うことには長けているけれど、自分の気持ちもよくわからないような、情けない男だというのに。
(フィリエルも、オーレリアン殿下と結婚していたほうが幸せだったんだろうな)
オーレリアンが相手だったら、リオンのように、結婚して五年も放置したりはしなかっただろうし、フィリエルも人間をやめて猫になりたいなんて思わなかっただろう。
きっとオーレリアンなら、フィリエルを大切に守って、傷つけたりはしなかっただろう。
フィリエルはリオンを選んでくれたけれど、オーレリアンに再開した今、その選択を後悔したりしないだろうか。
(ステファヌ殿下と三人でお茶、か)
昔のように、と言ったオーレリアンの言葉にまた胸が焦げ付く。
フィリエルとオーレリアンの間には、リオンの知らない時間があるのだ。
ムカムカして、イライラして、顔に笑顔を張り付けているので精いっぱいだった。
「あの、陛下?」
「……なんですか、王妃」
話しかけられて、イライラしたままつい冷たく返してしまったら、フィリエルの肩がびくりと震えた。
途端に、胸の中に痛みと後悔が広がる。
(フィリエルにこんな顔をさせたいわけじゃない……)
傷つけたくない。
笑っていてほしい。
それなのに、自分でも持て余す理解の及ばないどろどろとした感情をフィリエルに向けてしまった。
「ごめん」
謝って、つないでいる彼女の手のぬくもりに意識を向ける。
小さな手だ。
リオンの大きな手にすっぽりと包まれて、少し力を入れれば砕けてしまいそうなほど繊細で華奢な手。
およそ一年前。
フィリエルが消えたと知った時は、申し訳ないが、何も感じなかった。
面倒くさいことになったとは思ったけれど、怒りも悲しみも何も浮かんでこなかった。
まさか逃げられるとは想像していなかったが、愛人を抱えてもいいと言ったし、形ばかりの夫に嫌気が差したのだろう。
王妃という立場の人間がいなくなると困るが、折を見て対策を考えればいい。
そんな風に思っていた。
その程度だった。
だというのに――、オーレリアンと微笑みを交わすフィリエルを見ただけで、嫌だなと思ってしまった。
俺以外に笑顔を向けるな。
俺以外を見るな。
彼女は俺のものだ。
俺だけを見ろ。
とぐろを巻いたようなどろどろとした感情とともに、そんな言葉が喉元までせりあがって来た。
こんなどす黒い感情を、リオンは知らない。
絶望し母を憎んだときとも違う、よくわからない感情だ。
こんな醜い感情を見せれば、フィリエルを怯えさせてしまうだろう。
だめだ抑え込めと、必死になって感情を封印して、大きく息を吸い込んだ。
たくさん傷つけた。
だからもう傷つけたくない。
これからは、フィリエルを大切にして、彼女の心を守って生きていくのだ。
だから絶対に、こんなどす黒い感情を向けてはいけない。
「フィリエル」
「はい?」
呼びかければ、隣の妻は微笑んでくれる。
そのことにホッとしつつ、「何でもない」と喉元まで出かかった言葉を抑え込んだ。
――君は俺が好きだろうか。
自分の気持ちもわからない自分に、そんなことを訊ねる資格はない。
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