オーレリアン王子 3

 フィリエルのベッドの端っこがそんなに寝心地がよかったのか、生誕祭を迎えるころには、リオンの顔色はすっかり良くなっていた。


「ようこそお越しくださいました、オーレリアン殿下」


 フィリエルはリオンとともに、他国からの来賓を迎えるために城の玄関にいた。

 生誕祭を明日に控えて、招待客が集まりはじめたのだ。

 他国の賓客は城の客室に泊まってもらうことになっている。

 さすがに部屋までの案内はできないが、遠いところからわざわざ足を運んでもらったのだからせめて出迎えるべきだと、事前に聞いていたそれぞれの到着時刻に合わせて玄関に出ていたフィリエルは、ついにやって来たオーレリアンに内心緊張しながら顔に笑みを張り付けた。


 結婚前に会ったきりなので、オーレリアンとはおよそ六年ぶりである。

 最後に会ったのはオーレリアンが十五歳のときで、当時の彼は人形のように可愛らしい王子だったのだが、さすがに六年の歳月で雰囲気が変わったようだった。


(身長、かなり伸びたのね……)


 リオンも背が高い方だが、リオンよりオーレリアンの方が少しばかり高そうだ。

 十五歳の時はフィリエルと大差なかったのに、この六年でぐんと伸びたらしい。

 あの当時肩のところで切りそろえられていた金色の髪は、長く伸ばされて、首の後ろで一つにまとめられていた。

 顔の輪郭はシャープになり、可愛らしさは鳴りを潜め、精悍な顔つきになっていた。

 綺麗な青い瞳だけが、昔と変わらず柔らかい光を宿している。


「お久しぶりです、フィリエル王女……いえ、王妃、でしたね。失礼しました」

「こちらこそお久しぶりです。オーレリアン殿下は、少し雰囲気が変わられましたね」

「そうですか? 自分ではよくわからないですが、背は伸びましたね」


 にこりと微笑みあっていると、隣のリオンがさりげなくフィリエルと手を繋いで来た。

 ちょっと驚いて横を見ると、リオンが口端に笑みを乗せてオーレリアンに視線を向けている。


「積もる話もあるでしょうが、まずは長旅の疲れを癒してください。お部屋を用意しております。あちらの女官がご案内いたしますので」


 フィリエルはぱちぱちと目をしばたたいた。

 オーレリアンが到着する前にも何人かの賓客の出迎えをしたけれど、それまではもう少し玄関で話し込んだりしていた。急かすように部屋を案内させるリオンは、なんというか、彼らしくないような気がする。


「お気遣いありがとうございます、リオン陛下。フィリエル王妃、もしよろしければ、あとでお茶を飲みながらお話でもいかがでしょう。ステファヌ殿下もいらっしゃると聞いておりますので、昔のように、三人で」

「え、ええ……」


 何故だろう。

 空気がピリッとひりついている気がする。

 リオンは彫像のような笑顔のままだし、オーレリアンも笑ってはいるのだが目が笑っていないような気がした。


 おろおろしていると、オーレリアンが「それではあとで」と一礼して女官について階段を上っていく。

 この後も何人かが到着する予定なのでこのまま玄関で待つつもりだが、どことなくリオンが苛立っている気がして、フィリエルは彼の顔を下からのぞき込んだ。

 手はまだつながれたままだ。


「あの、陛下?」

「……なんですか、王妃」


 口調が、猫になる前のものに戻っていて、フィリエルは小さく震えた。

 何か、リオンの気分を害するようなことをしてしまったのだろうか。

 きゅっと唇をかむと、リオンがハッと息を呑んで、困ったように眉を下げる。


「ごめん」


 何に対しての、ごめん、だろうか。

 わからないけれど、手は相変わらずつながれたままで、リオンがフィリエルを拒絶しているわけではないとわかる。


(こういうとき、陛下が何を考えているのか、わかればいいのに……)


 夫婦として向き合いはじめて日が浅いフィリエルには、リオンの表情から彼の心をうかがい知ることはできない。


(いつか、わかるようになるといいな)


 フィリエルはそう思いながら、リオンの手をきゅっと握り返した。





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