一人の夜 2

 翌朝、フィリエルはさっそくヴェリアに泣きつきに行った。


「ヴェリアヴェリアー! 寝相をよくする薬といびきをかかない薬と寝言を言わなくなる薬と歯ぎしりをしなくなる薬を作ってー!」

「意味がわかんないよ、どういうことなのか先に説明しな」


 獣医の部屋に飛び込むなり、うわーんと泣き出したフィリエルに、ヴェリアは食べかけのパンを口の中に押し込んで怪訝そうな顔をした。

 フィリエルが必死になって昨日のことを説明すると、ヴェリアが「ああ……」と額を押さえる。


「あんたは本当に馬鹿だね」

「そんなこと言ったって寝ている間のことなんてわかんないわよ!」

「そうじゃなくて……」


 何かを言いかけたヴェリアは「いや、夫婦間の問題に口出すもんじゃないね」と首を横に振る。


「とにかく、寝相だなんだは陛下が文句言ってないんだから問題ないはずだよ。それにね、そんなに都合のいい薬はないよ。魔女は便利屋じゃないんだよ」

「でもヴェリア、塔の中ではいつも何か薬作ってたじゃないの」

「あれは単なる小金稼ぎの風邪薬だよ! あんた、いったいどんな想像していたんだい……」

(風邪薬だったんだ……)


 てっきり口には出せないような怪しい薬を作っているのかと思っていた。


「どうしてもって言うなら気絶したように眠らせる薬ならあるよ? でもね、そういうのは毒と紙一重で、少なからず体に負担があるもんだ。やめておくんだね」


 ヴェリアが言うのならばそうなのだろう。


「でも、わたしと一緒に寝なくなったら顔色が治るってことは、わたしの責任だよね」

「まあある意味ね」

「じゃあどうしたらいいの⁉」

「そういうのは時間が解決するだろうさ」


 ヴェリアは実に面倒くさそうである。

 ちっとも真剣に聞いてくれないヴェリアに、フィリエルはむうっと口をとがらせる。


「ヴェリア、最近冷たい」

「あんたがくだらない話ばっかりするからだよ。いいかい、あたしに男と女の話をされても困るんだよ。そういうもんは二人で何とかするもんだ。それにね、あんたは陛下と一緒に寝るだ寝ないだの問題で悩むよりほかにすることがあるだろう? 生誕祭の準備はどうしたんだい」

「ちゃんと進んでるわよ! 飾り付けも決めたし、来賓の部屋の準備もほとんど終わってるし、手土産とかも決めたし…………ただ」

「ただ?」

「個人的に渡す陛下へのプレゼントが決まらないの……」


 リオンの生誕祭は毎年開かれていたし、フィリエルも王妃として出席していた。

 けれど、フィリエルはリオンにプレゼントを渡したことがない。

 結婚した年にプレゼントは何が必要かと、それとなく人を介して訊ねてもらったことがあったが、リオンからは一言「いらない」と返って来たからだ。


(でも、今年は渡したいし……)


 リオンは何を上げれば喜んでくれるだろうか。

 もじもじと指をいじりながら「何がいいと思う?」とヴェリアに訊ねると、ため息が返って来た。ひどい。


「もうのろけはお腹いっぱいだよ」

「真剣に悩んでるのに!」

「そうであっても世間一般にはのろけっていうんだよ。はいはい、幸せな悩みでよかったねえ。でもねえ、プレゼントの前に、あんた、オーレリアン殿下への対策は考えてるのかい?」


 フィリエルは、つい、と視線を逸らした。





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