フィリエルの答え 5

 リオンに事情を説明し、フィリエルはリオンとともにステファヌの使っている部屋に戻った。

 そして、イザリアにも声をかけて、ステファヌとルシールと三人を連れて王妃の部屋へ向かう。


「お姉様、そんなに歩き回って大丈夫なの? また寝込むことになっても知らないわよ。元気だけが取り柄のお姉様が寝込むような病気だもの、きっとすっごい強い病原菌なのよ」


 イザリアが心配そうな顔を向けてきたので、フィリエルは小さく笑った。我儘な妹だが、こういうところは可愛い。言っていることはあまり可愛くないが。


(元気だけってどういうことよ。他にあるでしょうが、もっと他にも!)


 ステファヌとルシールに視線を向けたが、二人とも全然フォローしてくれなかった。

 隣のリオンを見上げると、優しくエメラルド色の瞳を細められる。


「フィリエルは元気だよ」

(今絶対、猫のわたしを想像したわよね)


 部屋を荒らしお風呂を拒否り、走り回って、にゃあにゃあ騒いでいた猫を、リオンは絶対に想像したはずだ。恥ずかしい……。


(あ、あれは、猫の本能ってやつなのに……)


 まあ、多少調子に乗ってしまったことも、ないわけではないが。特にリオンの部屋を荒らしたときはテンション最高潮だったし。

 ステファヌたちは、リオンとフィリエルの様子を見て首を傾げている。

 おおかた、仲がいいのか悪いのかどっちなんだろうと考えているのかもしれない。

 王妃の部屋に到着すると、フィリエルは扉を開ける前に三人を振り返った。


「お兄様、お義姉様、イザリア、驚かないでくださいね」

「何にだ?」

「それから、この部屋で見たことは国に帰っても他言無用ですからね!」

「は?」


 ステファヌが怪訝そうな顔をするも、「いい?」と念を押すと頷き返したので、フィリエルは大きく息を吸って部屋の扉を開けた。


「ここに何が――」


 言いかけたステファヌが、ベッドの方に視線を向けてひゅっと息を呑む。


「え⁉」

「お姉様が二人⁉」


 ルシールとイザリアも驚愕してベッドに駆け寄った。


「フィリエル! どういうことだ⁉」


 フィリエルが扉を閉めていると、ステファヌがベッドに横になって瞬きだけを繰り返している人形を確かめ、勢いよく振り返った。


「ややこしい話なんだけど、まず、そこにいるのはわたしの人形です」

「はあ⁉」

「先日お兄様たちが見舞ったのも、その人形です」

「いや待て、だがあの時は喋って……というか今も瞬きをして……」


 混乱してしまったのか、ステファヌが何度も「はあ?」と言いながらフィリエル人形とフィリエルを見比べる。


「……陛下」

「ああ、そうだな。実際に見てもらった方が早い」


 リオンがフィリエル人形の右肩に触れた。


「おはようフィリエル」

「今は朝ではなく昼です」

「ああそうだな。こんちには」

「こんにちは」


 ひっ、とイザリアが悲鳴を上げた。


「な、な、な、なにこれ⁉」

「だから人形だってば」

「人形が瞬きして喋るの⁉」

「魔女のお手製だからね」


 すると、ステファヌ、ルシール、イザリアがバッとフィリエルを振り返った。


「魔女⁉」

「魔女ですか⁉」

「魔女ですって⁉」

(あーうん、こういう反応になるわよねえ)


 リオンとステファヌたちの部屋に戻る前に、ヴェリアにも、ヴェリアの正体を伏せてこの件に魔女が関わっていると説明する許可を得ている。

 ヴェリアは「いいけど、コルティア国が魔女を抱えているって変な勘違いされたら困ると思うよ」と言っていたので、ステファヌたちには重ねて固く口留めしておかなくてはならないが、今は説明が先だ。


「ちょっといろいろあって……、去年の冬頃から、猫になっててね。わたし」

「はあ⁉」

「リオン陛下が抱っこしてた猫がいたでしょ? あれがわたしだったんだけど……」

「あの生意気で凶暴な猫が⁉」


 イザリアが目を剥いたので、フィリエルはじろりと妹を睨んだ。


「そういえばイザリア、わたしに向かって不細工とか言ったわよね」

「あれはだって……え? ということは本当にあの猫がお姉様だったわけ⁉」

「だからそうだって言ってるでしょ?」


 ルシールは許容量オーバーになったらしい。ふらつきながら、ベッドに縁に腰を下ろした。

 ステファヌもあんぐりと口を開けたまま直立不動になってしまっている。


「……じゃあ、わたくしに猫パンチをしたし爪を立てたりしたのもお姉様?」


 フィリエルは、つい、と視線を逸らした。

 イザリアがキッと睨んできたので、そーっとリオンの背後に回り込む。

 イザリアの視線からリオンに守ってもらいつつ、フィリエルは続けた。


「で、さすがに猫になっているのがばれたらまずいと思って、知り合いの魔女に人形を作ってもらったのよ」

「お前、魔女の知り合いがいたのか」

「まあ、ちょっとした縁で? 猫になったのも魔女に魔法をかられた、というかかけてもらったというか、まあ、そんなところですし」

「なんだってそんな魔法をかけてもらう必要がある⁉」


 ステファヌが正気に戻ったようだ。

 もうしばらく放心していたらよかったのにと思いつつ、フィリエルは言い訳した。


「成り行きです!」

「どんな成り行きだ!」

「成り行きは成り行きなんです!」


 まさか人間やめたくて、などと言えるはずもない。

 そんなことを言えばステファヌの手によって強制帰国されそうだ。真実は絶対に話してはならない。


「でもパーティーには出席したよな」

「あの時は一時的に元に戻って、でもまた猫に戻ってしまったので……、まあ、そんなところです」

「どんなところだ!」


 この兄のことは嫌いではないのだが、いちいち突っ込んでくるのが面倒くさい。


(この辺で納得してくれればいいのに)


 むーっと眉を寄せると、リオンが苦笑しつつ後を引き継いでくれた。


「フィリエルは猫から人に戻るのが安定していなくて、やむなく人形に頼ることにしたんです。今は落ち着いているようなので、大丈夫だと思いますが」


 うんうん、とリオンの背中に半分隠れながら頷くと、ステファヌが両手で頭を抱えてうなだれた。


「そんな馬鹿な話があるか……」

「でも真実ですし。あ、わたしを帰国させたいなら、この人形を持って帰ってもいいですよ」

「こんな気持ち悪い人形いらん!」


 まあそうだろうな、とフィリエルは頷いた。ヴェリアは怒るだろうが、この人形はやっぱり気持ち悪い。精巧すぎて。

 兄たちを大混乱に陥れた自覚はあるが、とりあえずこれで解決かと、そっと息を吐き出したとき、じーっとフィリエルを睨んでいたイザリアが口を開いた。


「それはわかったけど、じゃあ、お姉様とリオン陛下の夫婦仲は、どういう状況なのかしら?」


 すると、ステファヌがはじかれた様に顔を上げる。


「そうだ、まだその問題が残っている。どうなんだフィリエル。お前は今の状況に満足しているのか? リオン陛下は、こう言っては何だが、お前を愛しているかと訊いても答えに詰まるような男だぞ‼」


 はい、どうやらリオンが「愛」がどうとかと言いはじめたのは、この馬鹿兄が元凶だったらしい。





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