フィリエルの答え 4

(お兄様もお父様も、ふざけてるのかしら?)


 ステファヌの話を聞いて、フィリエルのこめかみに青筋が立った。

 隣のルシールは笑顔を消し、じっとりとステファヌを睨みつけている。


「お、お前も会ったことがあるだろう? オーレリアン殿下に……」


 ベリオーズ国のオーレリアン王子なら、確かに何度か会ったことがある。フィリエルより二つ年下の、可愛らしい感じの王子だったと記憶しているが、あれから何年も経っているので顔立ちは変わっているかもしれない。

 ベリオーズ国はロマリエ国とは仲がいいが、コルティア国とはそれほど国交もなく、あっても大臣が行き来するくらいなので、リオンと結婚してからはオーレリアン王子と会ったことはなかった。


「ありますけど、もう六年もお会いしていない方から縁談が届いたと言われても。第一、あの時お断りしましたし、わたしはもう嫁いでおります」


 嫁いだ王女に縁談を持ってくるのは非常識ではあるまいか。


「オーレリアン殿下は、コルティア国に嫁いだお前の状況を知っていて、なんというか、このままにはしておけないと義憤に駆られているらしい」

(いや、余計なお世話だし)


 この口ぶりでは、ステファヌたちもリオンとフィリエルの関係性に気づいていたようだ。一生懸命隠していたつもりだが、どこでばれたのだろう。


「父上も、お前を幸せにしてくれるならオーレリアン殿下と再婚させた方がいいのではと言っているし」

(はい、余計なお世話二つ目!)


 どいつもこいつも、フィリエルの意思は無視なのだろうか。

 もちろん、心配かけたのは悪いとは思っている。フィリエルが素直に現状を打ち明けて相談していたら、もしかしたらまた違った結果になっていたかもしれない。


(でもやっぱり余計なお世話!)


 少なくともフィリエルは、人間をやめることは考えたけれど、離縁して誰かと再婚しようなんてこれっぽっちも考えたことはない。

 それにせっかくリオンがフィリエルに心を許してくれはじめたところなのに、ここで引っ掻き回されてはたまったものではなかった。


「それにイザリアも、お前の扱いを聞いてリオン陛下に激怒していたから、自分が代わりに嫁いでリオン陛下を、その……徹底的にしつけ治すとか言ってたし」

(余計なお世話その三!)


 イザリアにめちゃくちゃされたら、せっかく改善しはじめたリオンの人嫌いが悪化しそうな予感しかしない。

 あの妹が、フィリエルのために怒ったというのは少々くすぐったい気もするが、それとこれとは話は別なのだ。

 ムカムカしていると、ルシールが隣で額を押さえていた。


「わたくしの目には、パーティーの時のリオン陛下はフィリエル様をとても気遣っていらっしゃるように見えましたけれど?」

「だが次の日の見舞いではあの通りだったぞ!」

(あー……)


 もしかしなくてもアレが原因か、とフィリエルは頭を抱えたくなった。

 フィリエル人形は寝ている機能だけでよかった。いつバレるかと冷や冷やしていたし、リオンも人形を気遣う必要があるなんてこれっぽっちも思わなかっただろうから、あれは仕方がないのだ!

 ルシールが頬に手を当てた。


「まあ、あれは確かに……わたくしにも思うところはありましたけど。イザリア様もお姉様より猫が大事なのかと激怒していましたし……」


 だらだらとフィリエルは冷や汗をかいた。

 フィリエルがヴェリアに泣きついて人形を作らせたせいで、状況が悪化したらしい。


(あれ? じゃあもしかしなくても、お兄様が暴走したのはわたしのせい?)


 パーティーの段階では、リオンのフィリエルを気遣う様子にステファヌは一応の納得をしていたらしい。

 けれど見舞いで「やっぱり納得できない!」となった、と。


(わたしのせいだわー……)


 そしてイザリアが猫フィリエルを敵視するはずだ。猫が可愛がられて姉がないがしろにされていると感じて猫を敵視するとか意味がわからない気もするが、イザリアならやる。


(これ、白状した方がいいやつかなあ……)


 このままでは兄たちのリオンへの評価は底辺のままだ。

 リオンと別れてオーレリアン王子と再婚するなんて絶対にお断りなので、なんとしても兄たちを納得させて帰らせなくてはならない。


(そうしないと今度はお父様が出張ってきそうだし……)


 そうなればもっとややこしいことになる。


(うちの家族、なんでこう暴走体質なのかしら?)


 人間をやめて猫になるという最大級の暴走をやらかしたフィリエルは、自分のことをまるっと棚の上に放り上げて嘆いた。


「ともかく、リオン陛下はお前への気遣いが感じられない。今なら私が押し通してやるから、国に帰ってこい。父上も会いたがっている」


 ちらりとルシールを見ると苦笑された。

 ルシールも、フィリエルの意思を尊重するべきだとは思っているようだが、フィリエルがリオンと離縁することには反対していないらしい。


「お兄様、ちょっとだけ待ってもらってもいいですか。三十分ほどで戻ります」


 何かあれば相談しろと言われたのだ、フィリエルが勝手に、兄たちをフィリエル人形に会わせるわけにはいかない。


 フィリエルは首をひねるステファヌたちを置いて、急いでリオンの執務室へ向かった。





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