王太后への挨拶 2
「リリ、お風呂慣れてきたね」
「にゃあ!」
(慣れてない!)
ちゃぽーん、とバスタブの中でリオンの腕に抱かれてじっとしていたフィリエルは、抗議を込めて鳴いたが、リオンには返事をしているとしか受け取られなかったらしい。
よしよしと頭を撫でられて釈然としないものを感じながらも、確かに、以前よりは慣れたのかもしれないと思いなおす。――主に、リオンの裸に。
ぽたりぽたりと髪の毛の先から雫を滴らせるリオンの顔を見上げる。
お風呂中のリオンは妙にセクシーだ。
体が温まるからだろうか、とろんと溶けたような柔らかいエメラルド色の瞳が、楽しそうに細められている。
「にゃあ!」
(猫と一緒の入浴だと休まらないでしょ? わたし、そろそろ外に出ますから……)
「お風呂、気持ちいい? リリ」
ダメだ、通じていない。
ごくたまに意思疎通が図れているような気がするときもあるのだが、さすがにそう都合よくフィリエルの猫語を理解してくれるはずもない。
(早く上がりたいな~)
リオンに抱っこされるのはいいのだが、お風呂はやっぱり嫌だ。
毛が濡れるのが嫌なのだ。
それから、溺れそうで怖い。
リオンは絶対にバスタブの中でフィリエルを離さないとわかっているからまだ安心していられるが、足もつかないバスタブに放り出されたと思うとぞっとする。
「そうそう、リリ。俺は今度、母に会いに離宮に行くんだけど、リリも一緒に行く?」
(来た!)
そろそろだと思っていたが、ついに来たとフィリエルははじかれた様に顔を上げた。
リオンの顔を見上げると、どこか頼りなさげな顔で笑っている。
「というより、リリが一緒の方が嬉しいな。母に会うのはどうも……苦手でね」
冷え切った母子関係だとは思っていたが、リオンが母親について話すのははじめてのことだ。
フィリエルが人間だったころは会話らしい会話がなかったから当然だが、彼が自分の心の内を離してくれるのはちょっと新鮮である。
「なあ!」
(どうして苦手なんですか?)
訊ねたが、伝わらなかったらしい。
「そう、ついてきてくれる?」
ついて行くとは言っていないが、もちろんついて行く気だったので異論はない。だが、もう少し王太后について聞きたかった。
(うー、もどかしい!)
ヴェリアのように、リオンにも猫語が伝わればいいのに。
そうすれば、毒のことも話せるし、リオンに警戒を促すことだってできる。
(でもそれができないから、わたしが陛下を守らなきゃ!)
王太后がリオンの命を狙っているのか、違うのか、それだけでも知っておきたい。
(人間のままだったら伝えられるのに! あ、でも、陛下がわたしの言葉を信じてくれるかどうかはわからないわよね……)
人でも猫でも、伝わらないのは同じだったかもしれない。
「にゃー!」
「ふふ、大丈夫だよ。リリがそばにいれば、何も怖くないからね」
リオンのその言葉に、フィリエルはふと、彼は王太后に会うのが「怖い」のだろうかと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます