悪役貴族

「これは拗らすに決まっているわ」


 僕が中国で死に、また別に転生してか既に早いことで五年。

 この五年間で自分に関することをなんとなくは理解することが出来た。

 どうやら僕は前世でプレイしていたゲームの世界へと転生していたようだ。

 世界観の的にも、そして何よりも僕という存在からもそれは間違いないだろう。


 自分が転生したのはゲームに登場するキャラの一人なのだ。

 まぁ、僕が転生したのは主人公でも、ヒロインでも、モブでもなく悪役。

 主人公の前に立ちふさがり、激闘の果てに殺される悪役貴族たるノア・ルリックなのだが。


「まぁ、そこは問題ない」


 自分が死亡するルートは既にわかっているのだ。

 ならば、そのルートを辿らないようにすればいいだけのこと。過剰に恐れる必要も焦る必要もない。


「問題は家族、何だよなぁ」


 どういうわけかわからないが、自分の両親はこちらに対して自分の息子として愛情を向けてくるのではなく畏怖と信仰心に近いものを向けてくるのだ。

 目下の問題としてはここだろう。

 自分という存在がどういう立ち位置にあるのか、未だにわからない。

 ノア・ルリックは極悪な貴族として登場し、そのまま主人公との激闘の果てに倒されるのだ。

 そのバックボーンとしてはわからないことだらけだ。

 

 両親から愛情ではなく、畏怖と信仰心を向けられば否が応にもその精神が歪み、悪役に相応しい存在へと成長するだろうなということは何となくわかるものの、僕にわかるのはそこまでだ。


「徹底的に僕が情報へと触れるの嫌がるしなぁ」


 両親。いや、両親だけではなく己が出会う騎士から使用人まで全員がこちらを恐れて遜ってくるくせに、こちらの要求に関してはのらりくらりとした態度で突っぱねてくるのだ。

 実に忌々しい。


「はぁー」


 おかげで僕は魔力で遊ぶことしか出来ない。

 ちなみに魔力とはこの世界にある特別な力であり、これを使えば炎を出したり、世界の理を変えたりなどのド派手な魔法は使えないが、その代わりに身体を強化することが可能である。

 新幹線くらい早く走ることも、素手で岩を砕くことも容易である。


「よっと」


 他にも、魔力そのものを顕現化させて物を作ることも可能だ。

 これに関してはかなり便利だ。魔力でマジックハンドを作り、ベッドでゴロゴロしたまま物を取れたりするのだ。

 これは画期的だろう。


「……ぁ?」


 僕が特にやることもなく自室のベッドで顕現化させていた魔力を操作してスカイツリーを作っていたところ、部屋に入るための扉が開けられる音と何かが落ちることが聞こえてくる。


「何さ」


 それを受けて僕が体を起こして視線を扉の方に送ってみれば、そこにいるのは一人のメイドだ。

 扉を開けた態勢のまま固まっている彼女の真下には元々持っていたであろうお盆に、割れてしまったティーセットが散らばっている。


「……うわぁ、それ。高い奴だろうに」


 僕のために用意されたであろうティーセットも、中に入っていた紅茶も高級品だろう。

 それを地面にぶちまけるなどかなりもったいないことを……。


「お、お坊ちゃま」


「ん?」


 そんなことを考える僕に対して、体を震わせながら驚愕の表情を浮かべるメイドが己の名を呼ぶ。


「す、既に、魔力の顕現化を使えるのです、か?」


「ん?あぁ、もちろん……もしかして、これ。かなりの高等技術なのか?」


 僕は適当に顕現させている魔力を手元で遊びながら、メイドの言葉に軽く答えるのだった。

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